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深沙の想い白骸に連ねて往く西遊記!  作者: 小日向星海
第三章 玄奘と観音菩薩
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【十五、釈迦如来と金蟬子】

金蟬子こんぜんし、またここにいたのですね。如来の説法を聞かなくていいのですか?」


 観音菩薩は、極楽浄土にある池の傍で、岩に腰掛け鏡のように静かな水面を眺める金蟬子を見つけて声をかけた。


 その金蟬子は観音菩薩に気がつくと、きまりが悪そうな顔をして岩から降りた。


 そして顎のあたりまで伸びた柔らかな髪を揺らし、金蟬子は観音菩薩の元へ駆けだす。


 幼児姿の金蟬子がまとう衣服は、明王や菩薩に仕える童子たちと同じものだ。


 その幼い見た目に反して金蟬子は観音菩薩に次ぐ釈迦如来の二番弟子だが、未だに菩薩にはなれていない。


 今日のように釈迦如来の説法をきかずにサボることが多いので、なかなか菩薩として認められないのだ。


「だって釈迦如来様の説法聞いてるだけじゃ誰も救えないじゃないですか」


 近くに駆け寄り見上げて言う金蟬子の頭を撫でて、観音菩薩は微笑んだ。


衆生しゅうじょうが何に困っているのか、彼らを救うには何が必要なのか、金蟬子は知りたいのです」


 金蟬子が覗き込んでいた池は、望めば人の世界を見せてくれる池だ。


 彼は人の世界を知ろうと時折そこを覗き込んでいるのを観音菩薩は知っていた。


「はやる気持ちはわかりますが、あなた自身が釈迦如来の意を理解できなければ誰も救えないのですよ」


「そうは言っても……釈迦如来様のお声が気持ち良すぎて眠くなっちゃうんです。観音師兄たちはどうやって眠くならないようにしているのですか?」


 金蟬子の無邪気な問いに、観音菩薩は考え込むように上を向いた。


 が、観音菩薩はすぐに金蟬子に視線を戻して言う。


 とても真面目な顔で。


「いや、如来の説法はそもそも眠くなりませんからね」


「それが金蟬子はできないから聞いているのですが……」


 金蟬子はじっとりと観音菩薩を見て言う。


 観音菩薩は苦笑いをして金蟬子と目線を合わせるよう屈んだ。


「あなたは夜更かしをしすぎなのですよ。勤勉で真面目なのは良いことですが」


 金蟬子がいろいろな経典を読み漁っているのを観音菩薩は知っていた。


 経典の中で語られていること、釈迦如来が人であった時何を体験しどう思ったのか。


 それを知りたい金蟬子が膨大な数の経典に答えを見つけようとしているのを。


「だって釈迦如来様も観音師兄も他の皆さまも、元は衆生だったからお話がわかるかもしれないけれど……金蟬子は違います。金蟬子も人の間で生きて、自分の目で見て考えたいのです」


 観音菩薩はどう声をかけたらいいか分からずにいたが、そこへ説法を終えた釈迦如来がやってくるのに気づいて、頭を下げてから一歩後ろへ下がった。


「金蟬子」


「釈迦如来様!」


 釈迦如来はふっくらした優しい面差しで金蟬子の前で身をかがめ、彼の手を握った。


「あなたのその考えは素晴らしい。ぜひそのようにしてみなさい」


 釈迦如来の言葉に観音菩薩は驚いた。


「では金蟬子を人の世界へ……よろしいのですか?」


 観音菩薩の問いかけに釈迦如来は頷いた。


「この子には私の説法を聞くよりも、その身で実際に経験する方が合っているようです。さあ金蟬子よ、再びここへ戻る時のために衆生の中でたくさん学んできなさい」


「釈迦如来様……ハイっ!」


「釈迦如来様、人の世界は生老病死、愛別離苦、怨憎会苦……四苦八苦と言った多くの苦難が待ち受けています。あの子にそれが耐えられるでしょうか」


 金蟬子を不安げに見つめて言う観音菩薩に、釈迦如来は微笑み頷いた。


「金蟬子なら大丈夫。いつか、きっと大役を果たしてくれることでしょう」


「……」


 観音菩薩はまだ少し心配だったが、それもまた学びと思い、笑顔で顔を上げた。


「行っておいで、金蟬子。この師兄も見守っていますからね」


「ありがとうございます!では行ってきます、釈迦如来様、観音師兄!」


 こうして金蟬子は池へ飛び込み人に転生したのだった。

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