【百四十八、猪八戒VS虎先鋒】
猪八戒は焦っていた。
玉龍は気絶したまま動かないし、孫悟空は目を負傷して何も見えない。
今まともに戦えるのは自分だけ。
早く虎先鋒を倒して黄風大王を追わなければ玄奘の身が危ない。
「……おかしいな」
振り下ろした釘鈀には、確かに虎先鋒を打った感触があったのに、その先には何もない。
振り下ろした釘鈀の下にあったのはペラペラの虎皮だ。
「疾!金蟬脱穀の術!」
「な、なんだこれ?!」
「せい!」
風に吹かれ、釘鈀の下からするりと出て来た虎皮に気を取られていると、猪八戒の背後に回り込んだ虎先鋒が槍を突き出した。
「おっと!」
猪八戒はそれをギリギリでかわすと、今度は振り向きざまに釘鈀を打ち上げ、虎先鋒のその顎を砕こうとした。
ガッと、鈍い音が聞こえた。
釘鈀を握る猪八戒は確かに手応えを感じた。
なのに。
再び虎先鋒は皮を脱ぎその攻撃から逃れていた。
「お前は虎の妖怪だろ?!脱皮なんて蛇みたいなことしやがって!」
何度攻撃しても皮を脱いで逃れてしまう虎先鋒に、猪八戒は次第に消耗していった。
(こんなところで手こずってられねぇのに……っ!)
猪八戒に比べると、小柄で痩せている虎先鋒は動きも素早い。
「見たところお前は豚の妖怪ッスね!豚はこの虎が美味しくいただいてやるッスよ!」
「そうはトン(豚)屋が卸さねえよ!」
猪八戒は、お、これ上手い洒落になったんじゃねーの?!なんて思いつつ、突き出して来た虎先鋒の槍を避け、それを握っていた手をグッとつかんだ。
「は、離せっ!」
武器を手放すわけにはいかないから、虎先鋒は皮を脱いで逃げられない。
「歯ァ食いしばれよ……っ!」
猪八戒はニヤリと笑うと、そのままぐるぐると旋回する。
「う、うっぷ……」
虎先鋒は青い顔をして目を回してしまった。
「オラ、天蓬元帥様をなめんじゃねーぞ!」
そしてそのまま虎先鋒を放り投げ、釘鈀で打った。
小気味良い音を立てて、虎先鋒は真っ暗な雲の向こうへ飛んでいった。
猪八戒は如意金箍棒を振り回す孫悟空の元へ行き、それを止めて落ち着かせた。
「落ち着け悟空。あの虎はオレがもう倒したから」
「そうか……でもそれよりもお師匠様を追いかけないと!」
傷ついて光を失った目から血を流しながら、孫悟空は觔斗雲を呼び出した。
急いで觔斗雲に乗ろうと右往左往する孫悟空を、猪八戒が慌てて羽交い締めにして止めた。
「そんな目でどこを探そうってんだよ!玉龍ちゃんは気絶してるから如意宝珠も使えねーし、とにかくまずは気付薬を使って……ん?」
猪八戒が玉龍の方を向くと、そこには見慣れない女性がいた。
その女性自身が輝いているような、不思議な雰囲気を纏っている。
女性は玉龍のそばに屈んで何かをしているようだった。
猪八戒は慌てて玉龍の元に向かった。
まださっきの虎先鋒の仲間がいたのかと焦ったのだが。
「お、おいアンタ、そこで何してるんだ!」
「う……ん……?」
猪八戒が女性に声をかけたと同時に、玉龍が目を開けた。
「気が付きましたか?」
「おねーさん、誰?」
女性は玉龍に微笑み、立ち上がって猪八戒の方を振り向いた。




