【百四十一 姿が変わっても】
准胝観音は手をぱんぱんと叩いて土を落とし、「疾!」と唱える。
すると、骨壷を埋めた場所を中心にして白い光が大地のひびを縫うように走り、二、三回ゆっくりと瞬いたのちに消えた。
それを見た猪八戒はガックリと肩を落として膝をついた。
「八戒、そんなに落ち込むことはないだろう?」
「落ち込むなって?!どうして!卯ニ姐のものはもう何も残っていないんだぞ!」
雌雄一対の翡翠の指輪は、格好をつけて高翠蘭にあげてしまった。
今更返してくれだなんて言えない。
地面に額をつけて号泣する猪八戒を見て、孫悟空も玉龍も彼が気の毒になった。
「うわぁ……オジさんかわいそう」
「……だな」
准胝観音はため息をついて、身をかがめ、猪八戒の肩に手を置いた。
「妾はここにいるではないか。そうだろう?」
「……」
猪八戒は鼻水と涙で汚れた顔をあげた。
「……それともやはり、お前はこの姿の妾は嫌か?」
悲しそうに目を伏せる准胝観音に、猪八戒は慌てた。
「そ、そんなわけ……!」
「先程はどんな姿の妾でも良いと言ったのに……やはり……」
そう言って、准胝観音は九対の腕を隠すように肩にかけた布を引き寄せた。
「ごめん!ごめん卯ニ姐!オレそんなつもりじゃ……」
「嘘をつけ。妾のことを卯ニ姐と呼んだではないか」
「え……っ、あっ」
指摘されて気付いた猪八戒が思わず口を手で押さえると、准胝観音は恨みがましく、じとりと猪八戒を見上げ、すぐに視線を逸らしてしまった。
「オレ、卯ニ姐が准胝観音だって言われて、混乱して……どんな姿でもオレがあなたを思う気持ちに偽りはない、信じて欲しい……!」
必死に言う猪八戒に、准胝観音は視線を戻した。
「本当に……信じて良いのか?」
問いかけに猪八戒はこくこくと頷く。
「ならば妾の骨などもう要らぬな?」
「要らない!あなたが世界のどこかにいてくれるなら、生きていてくれているのなら……!」
猪八戒の言葉に准胝観音は微笑んだ。
「では妾の名を呼んでみよ。准胝観音と」
「じ、准胝観音!」
准胝観音は猪八戒に近づいた。
「よいか、妾はもう卯ニ姐ではなく、今は准胝観音としてお前たちを見守っている。覚えておけ」
「わかった!准胝観音!!」
「よし」
准胝観音の名を自分の中に刻み込もうと、猪八戒はぶつぶつと呟き、それを満足げに准胝観音は眺めている。
「ねーゴクウ、飴のお代わりってもらえるかな?」
「さあな。欲しいなら聞いてみればいいだろ」
目の前で繰り広げられている茶番劇を、あまりの疲労でからかう気力も湧かない孫悟空と玉龍は、頬杖をつきながら口の中でもう小さくなった飴を噛み砕いた。
ぶつぶつ呟く猪八戒を放っておき、准胝観音は孫悟空と玉龍に向き直った。
「この場所の他にも、瘴気が強まってきている場所がある。すまないが天竺に行く前にそちらへ寄ってはもらえぬか?おそらく観音菩薩の弟子が対処に当たっているはずだが、おそらくあれには荷が重かろう」
「それってどこなの?」
「流沙河だ」




