【十四、釈迦如来の一番弟子と二番弟子】
「あなたは一体、どうやってここへ……?」
玄奘はあたりを見回してから目の前の青年に恐る恐る尋ねた。
この部屋には今、鍵がかかっていて玄奘が開けなければ入ることはできないはずだ。
それに先程の観音像が光り輝いていた現象と、観音像そっくりの目の前の青年。
この部屋で今、何が起こっているのだろう。
「金蟬子、また見えることができて、師兄は嬉しいですよ」
長身の青年は身をかがめ、玄奘の頬に手を伸ばして嬉しそうに言う。
先ほど観音菩薩像に供えたのと同じ伽羅の香りがふわりと香って、玄奘は自分を親しげに見る青年を見上げることしかできずにいた。
彼がとても親しげに言う「金蟬子」という名に、玄奘は心当たりが全くない。
だがどう考えてもこの場には青年と玄奘しかいない。
そして、青年の視線は玄奘の方を向いている。
ならば考えるまでもない。
「金蟬子とは私のことですか?」
怪訝な顔をして尋ねると、青年は頷く。
玄奘は首を振った。
「私は金蟬子ではありません。玄奘です」
「いいえ君は金蟬子です。釈迦の一番弟子の、この私の弟弟子だった……」
その言葉に玄奘はハッとしてその場に平伏した。
「お釈迦さまの一番弟子とは……まさか、あなた様は観音菩薩様なのですか?」
「……そうだと言ったらどうしますか?」
自らを観音菩薩だと肯定した青年から問われ、玄奘は戸惑った。
「正直……そんな他人の時代だったころの話をされても困ります。あなたが何と言おうと今の私は玄奘ですから」
その答えに観音菩薩は懐かしそうに笑い、やれやれと肩をすくめた。
「あなたもなかなか頑固ですね。そこがまた金蟬子らしい……まあ今はそんなことどうでもいいのですが」
どうでもいいのか、と玄奘は脱力した。
観音菩薩は話を変えるように、こほんと咳払いをした。
「昨日の、君の法会を見させてもらいました。今の君なら……いいえ君にこそ、如来の望みである西方への取経の旅に出る僧に相応しい」
「西方、ですか」
「そう。ここからずっと西の目的地は天竺、大雷音寺です」
「て、天竺?!あの天竺ですか?!?!」
玄奘は興奮して目を輝かせる。
仏教が生まれた地であり、そこの多くの寺には未だ唐に届いていない様々な経典などがあるだろう。
釈迦如来がまだ人であった頃、様々な場所での逸話が語り継がれた場所もあるだろう。
「ブッダが悟りを開いたと言う菩提樹、まだあるでしょうか……」
玄奘は、行きたいと思っていた場所に想いを馳せブツブツと呟いている。
その様子に観音菩薩はやはり、と懐かしさに目を細めた。




