【百三十八 瘴気の残りカス殲滅作戦】
そのままぐいっと胸元に引き寄せられ、小柄な准胝観音は猪八戒の腕の中にすっぽりとおさまる。
「相変わらず無茶するね……!」
准胝観音は戸惑った様子で猪八戒をチラリと見て「すまない」と早口に言った。
「別に、今更だしいいけどさ……っ!」
そして、猪八戒はそのまま准胝観音と共に羂索を一気に引き上げた。
ずるりと地中から這い出してきた、禍々しい瘴気の塊はまだ形が定まらないらしく、陽炎のようにゆらゆらと大地の上で蠢いている。
「ぎゃーっ!何これ!な、なんなの?!」
玉龍はあまりの気持ち悪さに蒼白になって叫んだ。
「マルティヤ・クヴァーラの残りカスの瘴気か」
見当をつけた猪八戒が言うと、准胝観音は頷いた。
「残りカスって……こんな大きいのに?!」
全然カスじゃないじゃん!と玉龍は頭をかかえた。
「あんなに大変だったのにまだ戦わないといけないの?!」
玉龍の言葉に准胝観音は肩をすくめた。
「そういうことだ。疲れているところすまないが、お前たちも手を貸せ。この土地の浄化を完全なものにする」
准胝観音がいうよりも早く、猪八戒はすでに釘鈀を取り出して構えていた。
「またアンタと会えるなんて、コイツには感謝しないとかな?」
「……軽口を叩く暇はないぞ。集中しろ」
そんなことを言っている准胝観音だが、実のところ猪八戒たちが現れたことにはだいぶ安堵していた。
「おい、龍の子よ」
「え?ボクのこと?」
「お前以外に龍がいるのか?時間がないんだ、間抜けなことを聞くな」
准胝観音に言われ、玉龍は膨れっ面になる。
「お前は龍に戻り妾を空高く運べ」
「えっ?」
「早く」
「は、はいっ!」
准胝観音は変化した玉龍の頭の上に立つと、今度は猪八戒と孫悟空に指示を出す。
「仔豚、お前はそこの猿と共にこの塊を打ち上げよ」
「わかった」
猪八戒と共に孫悟空が頷く。
「これは妾が天上にて焼き尽くそう。行くぞ!」
准胝観音の号令で、玉龍は勢いよく夜空に向けて駆け上がった。
「よし悟空、打ち上げるぞ」
あっという間に見えなくなった玉龍たちの姿を見上げていた猪八戒が言う。
釘鈀を隙間に差し込み、梃子のようにして隙間を作る。
「そら!」
それを孫悟空が浮かし、すかさず猪八戒も釘鈀をもちかえた。
「せーの!」
そして二人で息を合わせて浮き上がる塊を打ち上げた。
「くっ!」
「なんだこの重さは……っ!」
あまりの重さに如意金箍棒と釘鈀の柄がしなる。
だが如意金箍棒も釘鈀も神仙が作った代物。ちょっとやそっとでは折れないはず。
孫悟空と猪八戒はもっとちからをこめ、大地に足を踏み締め、塊をさらに押し上げる。
ドッという轟音を上げ、瘴気のカスは夜空へと放たれた。
「玉龍よ、熱いかも知れぬが耐えておくれよ」
上空で止まった玉龍の頭部で矢をつがえ、迫り来る瘴気の塊に向けて照準を合わせながらいう。
「……燃え尽き爆ぜよ!」
准胝観音が唱えると鏃に青い炎が宿った。
「疾!」
放たれた青い炎の矢は、塊の中央に突き立った。
その瞬間。
ゴォッ!
塊は青い炎に包まれたのだった。




