【百三十六 後始末】
「ハッ、斉天大聖と名乗っていた割には小心者だな」
准胝観音は孫悟空の様子を鼻で笑い、右手に持っていた跋折羅金剛杵でそのモヤを叩いた。
「き、消えた?!」
すると、黒いモヤは霧散し、溶けるように消えてしまう。
「やはりな……」
准胝観音は低い声で唸るように呟いた。
「なあ、さっきのはなんなんだよ」
孫悟空が困惑して訊ねるが、准胝観音は沈黙し、険しい表情であたりを見回した。
「思ったよりも深く染み込んでいる。早く対処せねばならぬな」
「なあ、おいって!」
「わからぬのか?あれは瘴気よ。あの化け物の執念と怨念が土地に染み込んで深く根付こうとしている」
「まさか……!だってあれはルハードが浄化したって……」
「だから、その浄化が不十分だったのだよ。思っていたよりも大地が乾燥していて深く染み込んでしまっていたのだろう」
准胝観音の悔しそうな言葉に、孫悟空は炎で清められたはずの地面を眺めた。
「それよりも孫悟空よ。妾がアレを切った今のでやり方が分かっただろう。これから始末をつけるぞ」
「えっ、ええっ、いまからか?」
驚く孫悟空に、准胝観音は「あたりまえだろう」と呆れたように肩をすくめた。
「すべて終わればお前のお師匠様の体は返してやる。時間がない。それ孫悟空、構えよ」
「わ、わーったよ!」
准胝観音に叱咤され、孫悟空は慌てて如意金箍棒を構えた。
ちょうどその頃、猪八戒と玉龍は高翠蘭を送り届けた後の帰途に居た。
「おシショー様たち待ちくたびれてるかなあ」
悠々と夜空をかけながら玉龍が呟く。
「大丈夫だろ。孫悟空もいるし」
「それにしても、スイランさんから路銀もたくさんもらっちゃって、助かったよね」
「ああ……」
卯ニ姐の調合した薬類や、乾燥させた薬草を高商会に引き取ってもらったのだが、高翠蘭はそれを買い取ると申し出てくれたのだ。
というか、もとより高翠蘭はそのつもりだったようで。
「卯ニ姐の薬はよく効きますからね。それにこれが最後でもう手に入らないと言えば、おそらくかなりの金額で売れるでしょう。我が高商会は、損どころかかなりの儲けですよ」
と、そしてその売り上げを旅の足しにするようにと、ほんの少し色をつけて支払ってくれたのだ。
「ん、あれ?なんだろ……」
「どうした」
玉龍の困惑した声に猪八戒は立ち上がり、玉龍の背から身をのり出した。
「な、なんだ?!」
見えたのは、雲桟堂のそばにある森から立ち昇る、禍々しいモヤのようなもの。
だがそれはすぐに、一瞬の光によって消された。
だが消えたと思ったら今度は別のところにそのモヤが発生し、同じく一瞬の光に消える。
そんな光景が、夜闇の下何度も繰り返されていて、玉龍と猪八戒は顔を見合わせ首を傾げた。
「とにかく急ごう。何か大変なことが起きている」
「うん……!」
二人が心配するのは玄奘のこと。
何かに巻き込まれているのではないだろうか。
マルティヤ・クヴァーラとの激戦後の孫悟空は玄奘を守れているのか。
胸騒ぎを感じた玉龍は空を翔る速度を上げ、猪八戒は振り落とされないようにその立髪を掴んだ。




