【百二十九 マルティヤ・クヴァーラ討伐戦③】
「大丈夫か、オッサン!」
土に埋もれた猪八戒を、孫悟空が引っ張りだした。
「ああ、悪いな……」
猪八戒は膝に手をついてなんとか立ち上がったが、様子がおかしい。
孫悟空が引く手を握る猪八戒の手には全く力が入っておらず、立っているのもやっとのよう。
「オジさん、今手当を……」
如意宝珠を持って近寄ろうとした玉龍を、猪八戒が止めた。
「来るな!お前はそこでお師匠さんを守ってろ!」
強い口調で言うものの、その声に力はない。
「え、でも、オジサンの耳……それに顔色も……!」
「ダメだ、それ以上近づくな!」
あまりに厳しい猪八戒の物言いに、孫悟空は訝しんだ。
「お前も……あまり、土に触るんじゃねえぞ」
「この土……!」
荒い呼吸でそう言う猪八戒の言葉にハッとして、孫悟空は猪八戒の肩にかかったままの土の匂いを嗅いでみた。
微かに混じる、マルティヤ・クヴァーラから放出される毒と同じ酸っぱいような腐った匂い。
身体中から滴る血液が混ざる土で、マルティヤ・クヴァーラは猪八戒を埋めようとしたのだ。
「悟空?」
「お師匠様も来ないでください。この土、毒が混ざっています!!」
「ゴクウまで何さ!オジさんがどうなってもいいの?」
孫悟空もまた、猪八戒と同じように自分たちに駆け寄ろうとしていた玄奘たちに厳しい声で言った。
玄奘は足を止めたが、玉龍は頰を膨らませて抗議する。
「玉龍、私たちはここで。八戒なら大丈夫です」
「おシショーさんまで!」
玄奘に止められ、納得いかないと玉龍は腕を組んで大きなため息をついた。
石猿の孫悟空に毒は効かないが、毒混じりの土をもろ被りした猪八戒はただでは済まないはずだ。
それに玄奘や玉龍も、近づけばその影響を受けないとも言い切れない。
「おいオッサン、気をしっかり持てよ!」
「へっ、この程度、西王母の拷問に比べたら屁でもねえよ……っ!」
青ざめた顔をして、満身創痍の猪八戒はむせるたびに血を吐きながらも強がりをいう。
「グルル……お前だケは、おマエだけハ絶対ニ道連れにスル!!!!お前が一番ジャマ!許さない!ユルサナイ!!」
最後の力を振り絞り、マルティヤ・クヴァーラが後ろ足で立ち、両腕を大きく振り上げた。
「こっちだってなあ、許さねえよ!お前は愛する妻と親友の仇なんだ!オレはお前を許さねえ!」
「なにすんだよおい、オッサン?!」
猪八戒は孫悟空を突き飛ばし、釘鈀でマルティヤ・クヴァーラの両手を受け止めた。
「うぉおおおお!」
「グガアアアア!!」
お互い一歩も下がらない。
毒で弱った猪八戒と、全身傷だらけのマルティヤ・クヴァーラ。
体格差はあるが、似たような状態で、押し合いは拮抗している。
「くっ!」
猪八戒は腕が痺れてきてしまい、力が抜けそうになるが、歯を食いしばって釘鈀をつか掴む手に力を入れた。
だがその隙をマルティヤ・クヴァーラは見逃さなかった。
「オワリダ、潰れろ!」
ニタリと勝ちを確信したマルティヤ・クヴァーラが、両腕に力を込めたその時。
『そうはさせない!』
ルハードの声がしたと思ったら、一瞬のうちにマルティヤ・クヴァーラは鏢のついた縄にがんじがらめにされていた。
「これは……卯ニ姐の宝貝、封魔打尽網?なぜ、ここに……?」
『師匠の体と名誉を返してもらう!──神の御名の元に……!!』
猪八戒がつぶやいたと同時に、ルハードは空飛ぶ絨毯から飛び降り、曲刀をマルティヤ・クヴァーラの太い首に振り下ろした。
──ゴトリ。
断末魔の悲鳴を上げることもなく、人面の怪物の首が毒に塗れた土の上に転がった。




