【百二十一 羂索陣起動】
ところは変わり雲桟堂の前。
ふと、木々がざわめいた。
冬なのに生暖かい風が吹き、ルハードは顔色を変えて猪八戒を見た。
同時に孫悟空の分身から何かを聞いた猪八戒はルハードと視線が合うと、緊張した顔で頷いた。
「キます!!」
ルハードが言った途端、突風が巻き起こった。
孫悟空の分身もそれぞれ武器を構え空を見上げた。
ザワザワと葉を失った冬の木々が枝を擦り合わせて音を立てる。
「お師匠さん、祭壇に!」
「はい!」
猪八戒に呼ばれて玄奘は祭壇の前に出る。
「八戒さん、私は……?」
「お嬢さんは中にいてください。何があっても絶対に出てきてはなりませんよ」
「でも、私も仇を……!」
戦闘技能を持たない高翠蘭は正直言って足手纏いだ。
そしてそれは本人にもよくわかっている。
けれども猪八戒は首を縦にはふらなかった。
「今はダメです。オレがいいというまで絶対に中から出ないでください。いいですね」
「八戒さん……!」
そして猪八戒は扉を閉め、閂をした。
『そこまで厳重にする必要が?』
ルハードはその物々しさに驚いたが、猪八戒は『足りないくらいだ』とルハードの国の言葉で答えた。
『お嬢さんをみたら、化け物は何をしでかすかわからないんでね。ルハード、あんたはここでお嬢さんを守っていてくれ』
『……わかりました』
俯いて返事をしたルハードの肩をたたき、猪八戒は祭壇の前に座る玄奘の隣に立った。
玄奘は着物の袖の内側で印を組んで待機している。
再びゴウっと生暖かい突風が巻き起こった。
祭壇に飾られた五色の旗がばたばたと揺れる。
開けた土地の中央にあるのは高翠蘭の服を着せたカカシだ。
「コウスイラン!!こんなところにいたのか!ついに見つけたぞ!!」
吠えるような声がして、ズシンとした地響きと共に化け物が着地すると大地が揺れた。
現れたシャフリアルはすでに魔物の姿になっていた。
人面の獅子の体に蠍の尾。禍々しく毒気のある気配を纏っていて、腐臭もする獣だ。
「お師匠さん、いまです!お願いします!!」
猪八戒が合図を出した。
「ノウマク……サラバタタ……ギャテイ……ビャク……」
玄奘が唱え始める。
すると、あたりに張り巡らされた五色の糸が光を放ち長さを狭めていく。
「このトキヲまっていた。スイラン……ああスイラン……!!」
シャフリアルは周囲の糸には気づかず、カカシを高翠蘭と思って語り続けている。
「今こそお前をクラウ!!」
ぐぱあと開かれた、三列の牙が並ぶ口。
期待に滴る毒の唾液がカカシに触れて煙を上げた。
「ウンタラタ……カン……マン!!」
その時、真言を一遍唱え終えた玄奘はシャン、と九重の錫杖の音を響かせた。
すると光る五色の紐はシャフリアルをキツく締め上げた。
「な、ナニ?!」
四肢を拘束されたシャフリアルは、カカシごと宙に浮いたように縛り上げられている。
五色の退魔の紐はメキメキという音をたて、シャフリアルに食い込んでいく。
そしてバキッバキッと激しい音をたててカカシは粉砕されていく。
「スイラン?!」
そのことで高翠蘭は偽物だと気づいたようだがもう遅い。
「ノウマクサラバタタギャテイビャクサラバボッケイビャクサラバタタラタセンダンマカロシャダケンギャキギャキサラバビキナンウンタラタカンマンノウマクサラバタタギャテイ……」
玄奘がくりかえし唱えるたびに、紐は拘束の力を強めていき、やがて業火を放ち始めた。
「ギャアアアアアアアアア!!!!!」
シャフリアルは炎を振り払いたいが、締め付けられたままではままならない。
雲桟堂のあたりには落雷のような絶叫が響いた。
その大きな音に、玄奘が詠唱を止めてしまうのではと猪八戒は危うんだが、そんな心配は不要だった。




