女傭兵の依頼②
「私の依頼は城に囚われたエレナ姫を救い出し、処刑されることを防ぐ事だ。報酬は金貨100枚」
その言葉には決意が込められているが、フィーデの目にはどこか懇願するような感じがあった。
(やはり、そういう話か)
「それはつまり、この国と喧嘩をしろってことか?」
隣国の姫を処刑する、しかも催しということは公開処刑だろう。そうなれば、エレギオ国の威信がかかってくる。それを邪魔するってことはこの国に喧嘩をふっかけるということになるのだ。
「.......」
「仕事のリスクに対して報酬が合ってないな」
「金貨100枚では不十分なのか?」
「俺はこの間、仕事を金貨10枚で受けた。だから、金貨100枚は割とすぐ稼げる、命をかけるだけの価値はない」
「どうか、頼む!もう時間もない、他にすべがない。姫様はまだ17、亡くなられるのにはまだ早すぎるんだ!この通りだ...」
深々と頭を下げるフィーデは、このまま俺が無視して部屋を出たとしてもそのまま頭を下げ続けるように思えた。金貨100枚を集める事はそう簡単ではない、よほどの事情があるんだろう。
しかし、頭を下げてお願いすることは俺にとってむしろ逆効果だ。この世界が頭を下げるだけで願いが叶う甘い世界なら俺はこんな風にはなっちゃいない、なんの対価も無しに懇願する行為は俺の人生そのものを否定することになるんだ。
「俺は騎士じゃない、傭兵だ。この意味が分かるか?」
「......金貨150枚」
「500だ」
「ご..」
フィーデは絶句して、絶望が顔に出ていた。2週間であと400枚を集めるのは絶対に無理だ。
報酬が十分であればどんな困難な依頼もこなす、そういったモットーを売りにしてる以上仕事を断る方法はこれだった。
しばらくの間、部屋には沈黙が流れたがグレスは何もせずジッと目の前に座る女を見つめていた。どれくらい経ったか分からなかったが、これ以上は徒事だろうと、グレスが席を立ち、扉に手をかけたところでフィーデは口を開いた。
「あと400枚を払う」
何を言うのかと思ったが、そんな事なのか。
「どんな馬鹿でも、今のアンタが金貨400枚をすぐに集められないことは分かると思うぞ」
「.....女としての私はとうの昔に捨てたが、この体を売れば金貨を集められる。足りなければ奴隷として自分を売る覚悟もある」
今度は俺が言葉を失った。
「.....一介の傭兵がなんでそこまでする?」
「私に取ってエレナ姫は全て。この体、命、捧げて助けられるなら喜んでそうする」
どうやら、俺はフィーデの覚悟を見誤っていたらしい。扉から手を離すと、席に戻り話を促した。
「まだ聞かなきゃならない話があるみたいだな」
私はかつて、パルバス国の騎士だった。13の時にエレナ姫の護衛としてお仕えしてからずっとお側にいて、本当の家族よりも長い時間を一緒に過ごしてきた。
姫様の母君は身分の低いうえに、王にとっては望まぬ子だったからか、姫様は王族から避けられていた。私もまた、女であり若くして騎士になったことで周りから妬まれ、嫌われていた。私達2人はこの世界で唯一心を許すことができる間柄で、本当の姉妹のように仲睦まじく暮らしていた。私にとっての幸せはこのまま平和に暮らしていくことだった。
けれど、エレギオ王国との戦争に負けて全てが変わった。王族の人質を要求されてすぐ、エレナ様が敵国に送られることとなった。私は全てを捨てて姫様を守るつもりだった、2人でどこか遠くへ逃げてひっそりと暮らしたかった。そして、私ならそれが出来ると思った。
「姫様、私と共にこの国から逃げましょう。このまま、敵国に送られればきっと酷い目に遭います!殺される事だってあるかもしれない!」
「ありがとう....フィーデ。でも、このままでいいわ。これが私の運命なの、ちっぽけな私達が抗っても最後はきっと同じよ」
「まだ何も決まってはいません!諦めるにはまだ早すぎます!」
「....分かって欲しいのフィーデ、私のせいで貴方に無理をして欲しくない。これからは誰かの為じゃなく、あなた自身の為に生きて。それが私から貴方への最後の命よ」
「そんな....」
「大丈夫。貴方と過ごした日々の思い出がある限り、私は平気よ」
それから間も無く、反発を恐れられたのか、私は騎士としての身分を剥奪されて国外追放となった。何もすることができない、何も守れない、自分の無力をひたすら悔やんだ。
ずっと騎士として生きてきた私にできる仕事は限られていて、追放されてからは傭兵としての生活を送る以外に道は無かった。幸い、私の剣技は通用して、生き残りながら金を稼ぐ事が出来た。
それから半年ほど経って、パルバスの王が従属を破り、エレギオと敵対してる国との同盟を結んだと噂で聞いた。まず間違いなく姫様は殺されるだろう、そう思ったら居ても立っても居られずエレギオンに赴いた。
けれど、1人では何もできない事は痛感していた。
その時、戦場で聞いたある傭兵の話を思い出した。その人物が駆けて、戦う姿は悪魔そのもので、一人で数千の兵士を相手にして戦争の行方すら変えてしまったという。しかも、仲介をしている商人が言うには、金さえ積めば誰だってどんな事だって依頼できるらしい。
この人ならこの状況を変えてくれる、そう思って私は賭けられる全てを持ってここへとやってきた。
「これが嘘偽りのない私の過去だ。どうか私に力を貸して欲しい」
グレスはこの依頼が自分の人生のターニングポイントとなることを自覚していた。金貨500枚で引き受けるにはやはりリスクの方が高いが、フィーデの話を信じるなら金貨500枚以上の価値を報酬として得られるかもしれない。
「一つ条件がある」
「なんだ?」
「不足した金貨400枚は、この依頼が終わってから俺の下で働いて返してくれ。つまり金貨400枚でお前を買う、これが条件だ」
この依頼が成功したら、おそらく姫さんはフィーデと一緒に生きていくだろう。そうなれば女傭兵だけでなく王族の血を引いた姫を手にすることができる。王族の姫は重要なカードの一つになる、となれば金貨500枚と合わせて国と喧嘩するだけの十分な価値を得られる。
「それは願ってもない条件だ、体を売るよりずっといい」
「契約成立だな」
2人は立ち上がって握手を交わすと、これから待ち受ける困難に確かな覚悟を決めるのだった。