女傭兵の依頼①
太陽が沈んでかなり経つというのにこの街は驚くほど明るく、賑やかで、街を行く人々はこの世知辛い世の中に生きていることを忘れ多いに人生を楽しんでいるように見える。それに比べて、街から見て北の方に建っている城はところどころ松明の明かりが見える以外は暗く、街の明るさとは対照的にどんよりとしている。あそこにはこの国の王が住んでいるだろうに、建物の大きさの割に威厳というものが感じられない。
グレスは着なれた黒のマントは羽織らず、街に溶け込むために何処にでもいる人の格好で道を歩いていた。今回の依頼主は会う場所に酒場を指定してきたのだが、後ろめたい何かを持っていないように思える。後ろめたい何かがある依頼主は、酒場ではなく裏の路地とかいつでも逃げられる暗い場所を好んで指定してくるのだ。目的の酒場は繁華街の真ん中に位置しており、予想通り人通りが多く、黒のマントは着てこなくて正解だったなと思う。
店に入ると外よりもより賑やかで、仕事を終えた男達が集まって飲んでいる。何人かの客と給仕を除けば男ばかりで依頼主らしき女は見当たらない。カウンターへと足を運ぶと、店主らしき男が無愛想にガラスを拭いていて、俺を一瞥すると素気なく喋りかけてきた。
「いらっしゃい」
「待ち合わせなんだが...女が来てないか?」
「それなら奥に行かな」
給仕に案内された店の奥には個室がいくつかあり、その一つの部屋に行くように言われた。依頼主が女だと聞いて警戒心を持っていなかったので、俺は丸腰で来ていた。妙な緊張感が体に走るのを自覚しながら俺は部屋へと足を踏み入れた。部屋の中は薄暗く、中に誰かが座っているのは気配で分かったが、顔まではしっかりと見えない。
「お前が、鮮血の悪魔と言われてる傭兵か?」
肩に届くくらいに短く切り揃えられた黒髪、露出している腕やお腹、足は筋骨隆々として、鋭い気配を放つその人物は女には見えなかった。自分のあだ名が出なければ、すぐにでも部屋を間違えた詫びを言って出て行っただろう。
目の前にいる人物が武人の類である事、そして横に槍らしき物を携えてるのに気づいたグレスは臨戦態勢になった。
「....だとしたら?」
「そう、警戒しないでくれ。私は依頼をしに来ただけだよ」
「依頼主は女だと聞いてるんだが?」
一瞬の間をおいて、その人物は大笑いし始めた。
「なにがおかしい?」
「いやなに、かの有名な猛者でも私を見た時の反応は他のものと全く同じなのかと思うと可笑しくて」
そこで初めて、俺は目の前の人物が豊かな胸をしている事に気がついた、確かに女だ。予想した人物像と違って面食らったが、状況から考えて依頼人に間違いないらしい。
「失礼した。俺はグレス、あんたの依頼を受けにきた」
「私はフィーデ。あなたと同じ、傭兵だ」
フィーデという傭兵を俺は知らなかったが、向こうは俺を知っていた。顔は凛々しく整っており、スタイルの良さを合わせれば美しさで人の目を引いただろうに、実際には女戦士という表現が似合う人物であった。そもそも依頼しなくとも彼女なら自分で解決できるように思えるが、同業である俺に一体どんな依頼なんだろうか。
そう思っているとフィーデと名のった女はゆっくりと、どこか怒りを込めて話を始めた。
「今から2週間後にこの街である催しがあるんだが、知っているか?」
「....いや、知らない。」
「そうか....」
自分で話を振ってきた割には、なかなか先の話をしなかった。テーブルに置いてある飲み物を飲みながら待っていると、フィーデは目を閉じて、そっと息を吐きながら、苦しそうに声を出した。
「...エレナという姫が処刑されるんだ」
エレナという名だったのは今初めて知っていたが、この国には訳ありの姫がいるのは知っていたので恐らくはその人だろう。
俺の記憶が正しければ、6ヶ月ほど前にこの国エレギオは隣の国、パルバスに攻め込んで従属させていた。エレギオの王は従属の証として、パルバス国王族の誰かを送ってくるように命令した。そしてそれは従属を破った時に代償を払う人質を送れという意味も持っていた。
そして、パルバス王は自分の娘の1人をエレギオに送った。
半年の間、丁重に扱ってきた隣国の姫をここに来て処刑するという事は、エレギオ国にとって望ましくないことをパルバスがしたという事だろう。
そして、報酬が破格である事、処刑について話す時のそぶり、そういったことを加味すると、恐らくこの女の依頼は...
「私の依頼は城に囚われたエレナ姫を救い出し、処刑されることを防ぐ事だ。」