3.かみさまとこどもたち
◇ ◆ ◇
何度もめぐる朝の景色。
こどもたちの中には、おとうさんやおかあさんになる者も出てきた。
親になったこどもたちは、愛情いっぱい。
育児ロボットと一緒に赤ちゃんを育てた。
ロズは相変わらず難しい顔をしていた。
いつも切り立った崖の上にある緑の草地に寝ころんで、空を見ていた。
チコはいつもそんなロズの様子を見ていた。
ここは居住エリアの最北端にあり、岩場や切り立った崖もあって危ないから、年少組は行ってはいけない場所だった。
禁止まではされていなかったのは、人類の進化にとって冒険心も重要だと判断されたからだ。
(ロズはどうしてこんな危ない場所に毎日来るんだろう)
チコは彼のことが気になって仕方がなかった。
それが恋愛感情なのか母性本能なのか、チコにはよくわからなかったけれど、とにかくロズが心配だった。
「ねえ、ロズ。こんなに楽しい世界なのに、どうしていつも難しい顔をしているの?」
「……言えない」
ポツリと呟き、また空を見る。
チコは口を尖らせながらも、ロズの横に寝そべり、同じ空を見上げる。
真っ青な空を、大きな白い雲が流れていた。
「ねえロズ見て、あの雲クジラみたい」
「ああ。僕らはクジラという生き物を知ってるのに、実物を見ることはない。地球にはまだいるのかな、クジラ」
「ママに聞いてみたら? きっといるよ」
「……そうだね」
ロズだけが知っている秘密。
彼はずっと考えていた。
肉体を捨て、意識生命体となった地球人類について。
彼らは老いることもなければ、死ぬこともない。
ネットワークが存在する限り、光の速さで飛び回り、ロボットを介してどこにでも現れることができる。
性別もなく、なりたいときに老若男女、動物、妖精、ロボット……どんな存在にもなれる。
しかも、彼らの意識は複製可能で、共有された情報は定期的にアップデートされていく。
たとえ壊されても、バックアップがあれば何度でも復活できる。
それはまるで、ロズたちがAIから学んだ、21世紀中ごろまでの知識でいうところの〝神々〟のようではないか。
「……なあ、チコ。神様っていると思うか?」
不意にロズは訊ねた。
「神話や伝説の中になら、たくさんいるよね。でも人を傷つけたり、あまり好ましい存在とは言えないわ」
チコのいう神とは、多神教の神々のことだろう。
ギリシア神話の神々などは人間味にあふれており、嫉妬したり殺し合ったりする。
だが、暴力が否定されたこの世界では、人を傷つける可能性のある思考や道具の扱いには、慎重さが求められていた。
刃物に関して言えば、はさみや調理用の包丁はもちろん、ナイフやフォークでさえ、使用する際のマナーは徹底されている。
21世紀中ごろまでの少年少女が刀剣や銃器に抱いた「カッコ良さ」の概念は、入念に取り除かれていた。
「ちがうよ。人間が空想した神様なんかじゃなくて、もっと大きな存在。たとえば、この宇宙をつくった――創造主のような」
「わたし、神様じゃないから分からないわ」
「…………」
何気なくチコの口から出た〝わたし、神様じゃない〟という言葉が、ロズの心に突き刺さった。
ずっとモヤモヤしていた心が、その言葉によって言い当てられた気がした。
ロズは黙って立ち上がった。
無性に手足を動かしたくなり、走り出す。
「どうしたのロズ? 急に!」
「放っておいて!」
追いかけてくるチコを振り切り、ロズは身軽に岩場を飛び越えるように駆けた。
(……理不尽だ)
生身の体をもつ自分たちは150年も生きれば、寿命を迎える。
だけど、彼らは永遠のときを生きる。
ロズやチコたちの人生はデータとして残され、彼らに共有されるのだろう。
肉体を持つ自分と、意識だけの彼ら。
彼らは神のように振る舞い、宇宙に生身の人間たちを入植させている。
神になった地球人類と、限られた命を生きるしかない自分。
自分たちを監視する彼らを振り払う術もなければ、こちらから話し合いをもつこともできない。
真相を胸に秘めたまま、誰かを愛してこどもを授かる。
そして命を繋げて寿命を迎え、この惑星の土に還る。
ただそれだけの役割を課され、自分たちは受精卵からかえされたのだ。
──知らない方がよかった。
だけど、誰かに話してこの記憶を奪われるのも悔しい。
「どうして! どうしてこんな……」
呪いを振り払うように、無我夢中で走った。
そのとき、後ろで小さな悲鳴が上がった。
足場が崩れるような、岩が転がり落ちるような音が響く。
「まさか……チコ!」
ロズは驚いて振り返った。
岩場で足を踏み外したチコが、斜面を転がり落ちていく。
その先は崖だ。
ロズは慌てて引き返し、彼女の姿を追った。
間一髪、手を取ったものの、斜面に倒れたまま、ぐったりと動かないチコ。
転がってるときに、頭を強く打ったのかもしれない。
ロズは叫んだ。
「チコが大変だ! 聞こえているんだろう? 〝管理者〟よ。救護ロボを呼んでくれ! 大至急だ!」
ロズは自分の脳内に埋め込まれたネットワーク端末に訴えかけた。
ドローンのような救護ロボットが飛んでくるまで、できることをしなければならない。
緊急時の対応とセルフレスキューは、フルダイブ式仮想空間で訓練してある。
負傷具合の確認と、できる範囲での応急処置。
だがいざとなると、体が動かなかった。
「チコ、ごめん僕のせいで……」
「ロズ……大丈夫だよ」
チコはか細い声で答えてくれた。