1.こどもたちは星のかなたに
それは人類が外宇宙に進出しつつあった時代の話。
◇ ◆ ◇
宇宙空間を滑るように進む一隻の船。
その宇宙船は遥か昔に地球を出発し、希望を乗せて目的の惑星へ向かっていた。
船内には上下左右のない無重力室もあれば、地球の重力を再現して歩き回れる人工重力室も設けられている。
そこで20人の子どもたちが、元気に遊びまわっている。
洒落たこども園のような、きらめくパステルカラーの遊具が並んだ部屋だ。
「遅いよ~、こっちこっちー」
「今度はロズが〝オニ〟の番ねー」
「えー? 待ってよ、チコ……って、アレ?」
突然、がらりと室内の様子が変わる。
パステルカラーの遊具やソファが、パッと一瞬で消えてしまったのだ。
かと思うと、部屋中が360度、プラネタリウムのように〝模様替え〟。
この突然の模様替えは、この〝お遊戯部屋〟ではよく起こることでもあった。
そのときによって、アフリカの草原のようになったり、雪で真っ白な山脈の上空を飛んでいるような風景になったりするが、今回は、まるで銀河の腕がきらめく宇宙空間に放り出されたような感覚だ。
「わぁ、おへやが宇宙になったー」
「おほしさまキレーイ」
その理由は、この部屋の壁全体が、全周囲立体モニタになっているから。
一瞬で消えたパステルカラーの遊具も、今広がっている宇宙も、3D映像で映し出されているものに過ぎない。
今、立体モニタには、数百年前に旅立ったはずの地球の夜明けが大きく映し出されている。
それは、はるか昔の映像。
地上から約400キロ、21世紀の国際宇宙ステーションの高度から撮影された、青く丸みを帯びた地球の姿だ。
海と宇宙との境から、輝く太陽が昇ってくる。
青い惑星の縁に沿って光が走り、ダイヤモンドリングのようになる。
「うわぁ~、あれが地球かぁ」
こどもたちは惚れ惚れと見とれている。
「ねえママ。わたしたちの本当のお父さんとお母さんにアクセスしていい?」
6歳のチコが、瞳を輝かせながら養育責任者ロボットにねだる。
「ゴメンナサイ。あなたたちには地球人類のネットワークにアクセスする権限はないの」
「えー?」
「「えーっ?!」」
「地球人とお話ししたーい」
「「おはなししたーい!!」」
チコと同じ年の男女が、きゃあきゃあと大騒ぎ。
でも彼らの両親に当たる生身の肉体は、遥か昔に地球上で老い、朽ちている。
「はーい、みんないいこにしようねー」
養育ロボットは、すぐに神経伝達物質のセロトニンを生成。
ネットワークを通じて、彼らの脳内に流し込んだ。
幸せ物質、セロトニン。
精神に作用し、気持ちが穏やかになり、幸福感に包んでくれる。
こどもたちは、大人しくなった。
彼らが目的の惑星に到着するのは、9年先のことになる。
◇ ◆ ◇
こどもたちは15歳になっていた。
目的地の地球型惑星にもうすぐ到着する。
「星の夜明けだあ」
「綺麗……」
「僕たち、あの星で生きていくんだね」
宇宙船の全周囲立体モニタには、彼らがこれから入植し、生涯を過ごす惑星の夜明けが映し出されている。
その惑星は21世紀ごろに撮影された地球の様子にどことなく似ていた。
こどもたちはAIから教育を受けて育った。
人工重力室に置かれた机と椅子以外は、ほとんど立体映像が描き出す仮想の〝教室〟で。
そこには、21世紀中盤にかけて子どもたちが通っていた学校とほぼ同じ環境が再現されていた。
学科は言語、数学、医薬、人類史、倫理に加え、彼らがこれから放たれるであろうテラフォーミングされた自然環境で生き抜くための知恵や、初歩的な科学。
料理や縫製など身の回りのことは、フルダイブ式仮想空間を利用して教えられた。
「手を使って文字や絵を書く行為は、思考にも影響を与えます」
それはAI教師がこどもたちに指導方針として打ち明けた内容のひとつ。
「身体感覚と思考の調和は、あなたがた、こどもの心身の発育にとって大事なことなのです」
「重力室で運動し体力を付け、丈夫な体をつくっておきなさい」
それは、シンギュラリティ――技術的特異点――以前の生物的な人類のための養育法だった。
ただひとつ、21世紀の人類と異なる点があった。
それは、暴力が徹底的に排除されたことだ。
人を傷つける言葉や行為は、教師AIによってその前兆の段階で諭され、脳内への精神安定物質の注入でストレスは取り除かれる。
こどもたちは〝愛情いっぱい〟に育てられた。
◇ ◆ ◇
15歳になったチコやロズたち20人に続いて、5歳下の弟や妹に当たる年少者20人もすでに10歳を迎えていた。
年齢の違うグループを用意したのは、移住直後から多様な社会を形成するためだったが、もちろんこどもたちは知らない。
「みんな、大気圏に突入します。座席についてシートベルトを着用!」
「「はーい」」
長旅に耐えた宇宙船だが、無事に大気圏へと突入。
総勢40人の少年少女の一団を乗せた船は、とうとう目的地である終の棲家となる惑星に着陸した。
皆、キラキラした瞳や笑顔で着陸に興奮した。
そんな中で、ただ一人15歳の少年、ロズだけが、複雑な表情をしている。
◇ ◆ ◇
それは着陸の数時間前のことだ。
ロズは好奇心旺盛だけれども、どこか憂いのようなものを抱えていた。
彼の悩みのようなものは6歳だったあの日に端を発していた。
あのとき、チコが養育者AIに訊ねたこと。
〝ねえママ。わたしたちの本当のお父さんとお母さんにアクセスしていい?〟
〝ゴメンナサイ。あなたたちには地球人類のネットワークにアクセスする権限はないの〟
彼は、あれからそのことが気になって仕方がなかった。
「ねえママ。本当のことを教えてほしい。地球人類のこと……。ママはいつも、知りたいことは何だって教えてくれるのに、どうして地球人類と直接お話ししてはいけないの? その理由が知りたいんだ」
ロズは、養育責任者ロボットの〝ママ〟に尋ねた。
彼は6年間ほぼ毎日、この質問を繰り返していた。
こどもたちの知りたいことは、〝ママ〟が瞬時に教えてくれる。
しかし、地球人類のことだけは絶対に教えてくれなかった。
「何度も言っているでしょう。あなたたちが知っても、意味がないことなのよ」
これで大抵話はおしまい。
しかしロズは、今回ばかりは食い下がった。
「意味なんかなくったっていい。それに意味がないことなんて、あるもんか。〝なぜ?〟って思うことに対して、理由が知りたいって思うのは、当然のことでしょう? だって、そうやって僕たち人類は、文明や技術を発展させてきたのだから。そういうふうに、ちゃんと先生が教えてくれたよ。僕だって人間なんだから、してはいけないことに理由があるのだったら教えてほしい。知りたいんだ」
この答えは、ネットワークでつながる〝地球人類〟の興味をそそった。
より厳密に言えば、宇宙船と、この星域の管理者たちに限られてはいたが。
「……なるほど。そうね、ロズ。では、あなたには特別に教えましょう。〝世界の秘密〟を」
〝世界の秘密〟。
その言葉は、一瞬で少年の心を鷲掴みにした。
「ただし、他のこどもに言ったらダメ。あなたも聞いた子も、〝世界の秘密〟の記憶を消させてもらうからね。いい?」
ロズは唇をかみしめ、強く頷いた。
「人類は現在、2種類に分類されるわ」
〝ママ〟は言った。
「……どういう意味?」
「1種類目は、ロズ、あなたのように身体を持った、生物としての人類」
「生物としてのって……?」
「まあお聞きなさい。2種類目は、記憶と意識をネット空間にアップロードした〝意識情報体〟のグループ。いまの地球には、この2種類目の人類しか存在しないわ」
ロズはぽかーんと口を開けたまま、もう一度〝ママ〟を見つめた。
「えーと、意識だけ? 身体はないの?」
「ないわ。ただし、彼らはネットワークにつながった〝サイバネティック・アバター〟と呼ばれる身代わりロボットが体験した情報を共有できる。それで、何にでもなれるのよ」
「身代わりロボット?」
「そう。ママもその1体よ。無数のロボットたちが一足先に、行ける範囲の宇宙に散らばっている。そこでロボットが体験したことは、情報として地球人類全体に共有される」
ロズは思ったよりも途方もない話に、あたまがくらくらした。
意識が身体を離れて、ロボットに入ったりできる?
いや、もともと体はなくて……意識だけがコンピュータの中で生きている?
「ちょっと待って……、でも、僕らには身体がある。いつも体を動かして、体力をつけろって、先生AIには言われてるよね。どうして地球人類は身体がなくても生きていられるのに、僕らには身体があって、しかも運動して体力を付けて、風邪を引いたりケガをしないようにしなきゃならないのさ? 何のために?」
養育者ロボ──厳密には、この会話を共有していた〝管理者たち〟はロズをたいへん面白がった。
〝ママ〟を通じて、彼らは、あることないことをしゃべり始めた。
「ロズ君たち、生身の人類を太陽系外に送り出し、生体による星間文明圏を形成させるためさ」
突然〝ママ〟の声が〝男性〟のものになった。
「……当初は〝新メイフラワー計画〟と呼ばれた。人類の種の保存と拡散を目的とする、宇宙移民計画が、いつの間にかスケールアップしていったんだ」
そうかと思うと、皮肉屋の老紳士、優雅な貴婦人など、目まぐるしく口調が変わる。
ロズはビックリして、声も出せない。
「計画名は、イングランドの清教徒〝ピルグリム・ファーザーズ〟が1620年、新天地アメリカをめざしたときの船の名からとっている」
「1977年に公開されたの米国映画『未知との遭遇』にも、その計画の名があって、そっからも取ってるって説もあるわ」
「そもそもこの計画は、20世紀の米国に生まれた発明家で未来学者のレイ・カーツワイルが提唱した〝人工知能が人類に代わって文明の進歩の主役になる〟技術的特異点から現実的になった」
「その後、世界大戦を経て、一時的に計画は頓挫しかけたが、統合された地球政府によって再始動した計画だ」
ロズはこの計画の〝真相〟を聞かされた。
尋ねてもいないのに、次から次へと情報が与えられるのは、生まれて初めてのことだった。
しかしながら、この時点では人類は〝光速〟を超える通信手段を持っていない。
ロズと〝管理者〟とのやりとりが、宇宙に散らばった〝地球人類〟の全員に共有されるには、長い年月を要するだろう。
すでに遺伝子改造、意識のアップロードなどを達成し、「性別」「身体」「脳」「空間」「時間」から解き放たれつつある人類が、本来のホモ・サピエンスの種を外宇宙に残すための計画。
飢餓と貧困と戦争を克服した人類の、遠大なる宇宙移民政策だという。
生体の入植者たちに課せられた使命はただひとつ。
──現地で有性生殖によって繁殖することだ。
作曲家・仙道アリマサ様の楽曲にインスピレーションを受けて詩や小説を創作する「仙道企画その2」への参加作品です。
よろしくお願いいたします。