(故郷)41
僕のローブの裾を掴んでいたエリカが祖母の方へ駆け行く。
祖母のエウメルも心配していたのだろう。
ホッとした表情でエリカを受け止めた。
猫人族同士の抱擁を見ていると心が和む。
その脇を三人の男児が抜けて来た。
僕の弟のナギラ、仲間のベルとクラウス。
何も言わないが、三人が妙に僕にまとわりつく。
犬人族のメグと狐人族のベネロペも顔を見せた。
「無茶するとは思っていたけど、やるわね」メグ。
「でも、これで終わりじゃないんでしょう」ベネロペ。
二人が疑問符を浮かべて僕を見た。
当然だ。
まだ伯爵が残っている。
歩み寄って来た熊人族のブラビットが僕に問う。
「本当に代官を殺すとはな」
「殺したというより、正しくは処罰した、処罰だよ」
「まあ、どっちでも構わないが、これからどうする」
「それが問題だよ。
伯爵の所へ向かうか、来るのを待つか」
僕は皆を見回した。
支配下に置いた借金奴隷が十四名、それに奴隷商のトランド。
拉致されていた成人女子二十四名、女児十五名、男児九名。
問題は拉致されていた計四十八名だ。
僕はタルゼを呼んだ。
「トランドの店でこの四十八名を助け出した。
それでギルドに依頼する。
皆を村に戻して貰いたい。
その費用は僕が全額出す」
タルゼは即答しない。
四十八名を仔細に見回し、僕に尋ねた。
「村を襲って拉致したんだろう。
その襲われた村が壊滅させられていたら」
「帰る村がない場合か。
それは当人達に考えて貰う。
僕が決める事じゃない」
タルゼはロバートを振り返った。
さっきまでは怒っていたロバートだが、今は少し違う。
渋々といった感で、やおら頷いた。
それを見てタルゼが僕に答えた。
「分かった。
直ぐには無理だが、引き受ける。
まず全員に村名を聞き、そこへ冒険者を派遣して、
村が存続しているか、肉親が存命か、それを確かめさせる。
戻すかどうかは、それからだな」
「それだと時間がかかりそうだな。
まあ仕方がないか。
それで頼む。
費用は全額、僕が持つ」
僕は別の懸念をタルゼに尋ねた。
「貴族街を巡回している兵は見たが、街中では見ていない。
この街の警備はどうなっているんだ」
「代官が何もしないから、各ギルドや有力者が手を組んで、
門から街中まで全部の面倒を見ている状態だ」
「やはりそうか、その費用は」
「こちらの持ち出しだ」
「分かった。
それでは僕が正式に、ギルドに市の警備を依頼する。
その費用も僕が持つ」
「それは助かる、が、どこから出るお金だ」
タルゼは分っているようだ。
視線を代官所の三階に向けた。
でも僕の資金はここで得た物だけではない。
ベランルージュで得た物もある。
どちらかというと、ベランルージュで得た物の方が遥かに多い。
まあ、説明も釈明もしない。
誤解は誤解のままで。
「お金に色は付いていない。
正確には僕の懐から出る、それで良いだろう」
タルゼは再びロバートを見た。
ロバートは肩を竦めた。
それを了と解したのだろう。
タルゼが僕に頷いた。
「それで結構です」
☆
パラディン王国が百年前に、東隣のガンドルフ王国に侵攻。
激戦の末に勝利した。
占領し、王族を族滅させて併合した。
それから百年が過ぎたが、両者が融合する事はなかった。
西は本領土、東は新領土と呼ばれ、一体化にはほど遠かった。
国土は東に大きく膨らんだものの、
今もってパラディン王国の王都は西にあった。
遷都の噂一つなかった。
その王都は高い城壁と深い水堀に囲まれ、
王宮、貴族街、商工街、平民街の四つに分けられていた。
百年前の新領土獲得の戦功褒賞で、平民出身の兵が大勢、
爵位を授けられた。
男爵になった。
また、貴族であった将は陞爵し、爵位が一つ上がった。
エロールイ市とその周辺を領地とするヘイセル伯爵家も、
元は子爵家。
百年前に陞爵し、伯爵になった。
本来であれば、伯爵ともなれば貴族街に居住できるのだが、
肝心の空地がなかった。
居住地の問題は貴族だけではなかった。
増える住民も同じであった。
そこで王都に隣接する土地に新都が造られた。
ヘイセル伯爵は新都に屋敷を構えた。
当代は女伯爵、イゼル・パラ・ヘイセル。
彼女は王宮に勤めている訳ではない。
必要もなかった。
領地には代官を置いているので、暇な日々を送っていた。
そこで主な活動は、夜会やお茶会に招いたり、招かれたり。
本日も夜会の帰りであった。
馬車で街中を走っていた。
車窓から街中を眺めながら、横並びの配偶者に愚痴った。
「ねえ貴男、こう連日だと、夜会も飽きるわね」
「でもそれが付き合いだからね」
「貴男はお酒が飲めるから良いんでしょうけど、私はね、
お肌に悪いのよ」
「そうは言うけど、君も結構、飲んでるよね」
「そうかしら」
「皆は君の事を蟒蛇と噂してるけどね、心当たりは」
「ないわね」
馬車が屋敷に到着した。
配偶者のエスコートでイゼルが馬車から降りた。
出迎えの先頭にもう一人の配偶者がいた。
配偶者は双子なのだ。
エスコートしたのがアラン。
出迎えたがドロン。
そのドロンの顔色が悪い。
思わずイゼルが尋ねた。
「どうかしましたの」
「詳しくは執務室で」




