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虻蜂虎S'。  作者: 渡良瀬ワタル
91/282

(故郷)33

     ☆


 代官は読み進める書類から目を上げた。

深く溜息をつき、部下達の仕事振りを眺めた。

集中しているのか、誰も彼の視線には気付かない。

 代官はデスクから離れた。

窓際に寄り、カーテンを少し上げ、外を見た。

三階からなので、見下ろす格好になった。

 丁度、表通りに人陰を見つけた。

窓越しに観察した。

その者はローブ姿でフードを深く被っていた。

顔は確としない。

手には趣味の悪そうな杖。

たぶん、魔法杖のつもりなのだろう。

同じ恰好の小さな子がそれのロープの裾を掴んでいた。

こちらに杖はない。

二人の背格好から姉妹と推測した。


 代官はカーテンから手を放した。

通行人に気を取られている場合ではない。

問題が起きた。

ヒトライム村に身を寄せているカリス村の生き残りが原因だ。

その一人の手によって手代が殺され、三名が負傷した。

それだけでは飽き足らず、よりにもよって、

代官と伯爵様を処刑すると公言したそうだ。

近日中に来ると言う。


 相手は魔法使いの少女一人。

かなりの使い手だそうだが、騒ぎには出来ない。

中でも、特に伯爵には報告できない。

耳を煩わせてはならない。

領地を委ねられている代官としての面子がある。

沽券に関わる。

 それに下手に騒げば伯爵家の他の寄子貴族の口から、

王都居住の伯爵に伝わる。

正しく伝わるのなら問題はない。

しかし、寄子貴族達にとって代官は目の上のたん瘤。

引きずり下ろす絶好の機会を逃す筈がない。

わざと曲解して、盛られて伝えられるだろう。


 代官は代官所全体に箝口令を敷き、噂の流出を止めた。

たが安心は出来ない。

必ず漏らす者が出る。

それでも、少なくとも三日ほどは稼げた筈だ。

他の寄子貴族に知られる前に解決すれば良い。

代官としての権力をフル稼働してでも、だ。

 それに代官は伯爵家の寄子貴族筆頭、爵位は子爵。

少ないながら、自前の兵を抱えていた。

隣接する屋敷が子爵邸なので、非常時には呼び寄せも可能だ。


 代官は書類に戻った。

中断した処から再開した。

読み進めて行くが、後半になるにつれ、今一つ理解不能。

冒頭と意味合いが違う気がした。

再読した。

申請者は何を言いたいのだろう。

 暫くして、重い空気を感じた。

嫌な空気だ。

これは。

近くで魔法が行使されてる感がした。

 代官のスキルは剣と槍。

剣術初級と槍術中級。

スキルのお陰で何となく魔法行使が感じ取れた。


 気になると居ても立っても居られない。

即座に立ち上がった。

驚いた部下達が手を止め、注視した。

代官は窓に寄ると、カーテンをむしり取る様に開けた。

 敷地内を見渡した。

代官所の兵達が巡回している筈なのだが。

人影一つない。

さっきまでは二人一組で絶え間なく巡回していた。

特に今回は明確に命じた。

なのにこれは。

 表門を見た。

あそこには門番が二人、立番している筈なのだが。

そこも人影一つない。


 何か痕跡は。

血痕はなし。

兵士の物と思しき装備品もなし。

争った形跡もなし。

まるで神隠し。

 むっ、所々の土が真新しい。

よく見ると芝生が剥がれていた。

何かを埋めたのか。

思案していると階下から声。

悲鳴だ。


     ☆

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