お知らせです。
体調を崩してしまいました。
本日の更新をお休みします。
ゴメン。
これより下は仕様の都合で、規定の文字数があるのです。
それを補う為、大昔の物をコピーします。
拙い物でコメン。
浮遊しながら、死に逝く自分を見守った。
今さら肉体に戻りたいとは思わない。
刺されて痛い加え、血塗れ、相手が前田では生き残る可能性もゼロ。
それに俺は霊魂として生きていた。
果たして、肉体を失っても幽体離脱なのかは疑問だが、
とにかく面倒臭い現世から解き放たれた。
前田のナイフ捌きの巧みさは知っていたが、これほどどは。
まさしく瞬殺。
反撃の余地がなかった。
それに奴は全く血飛沫を浴びていない。
計算して動いたのだろう。
前田が血の付いたナイフをベッドに放り投げた。
羽毛布団が血に染まった。
これに俺は怒りを覚えた。
通販で買ったとはいえ安くはなかった。
品質は折り紙付き。
肌触りが絶妙で気に入っていた。
自分が殺された事よりも頭にきた。
しかし声を出せるわけでも、手を出せるわけでもない。
霊魂は視覚・聴覚・嗅覚は利くのだが、喋れない。
手も足も出せない。
現実世界に干渉できない。
ただ見ているだけ。
前田は寝室を出ると洗面所で手を洗った。
ふんだんに石鹸を塗りたくり、温水ジャバジャバ。
その様にも怒りを覚えた。
「洗うなら自分の部屋でやれ」怒鳴りたくなった。
しかし抗議の仕方が分からない。
前田は再び寝室に戻った。
身動きせぬ俺を見下ろした。
そして当然のように俺の手の中の木箱を取り上げた。
血が付いていないのを確認し、中身も確かめずに内ポケットに仕舞った。
隠し金庫に残された現金には目もくれない。
エアコンをオンにするとダイニングテーブルから部屋鍵を取り上げ、
退去した。
指紋をベタベタ残していても、何の障りもない。
現場が室内なので通常は翌日、処理班が後始末をする。
引っ越し業者を装って入室し、遺体を含めて一切合切を運び出し、
ハウスクリーニングで痕跡を完璧に消す。
かくして俺は失踪扱い。
なにせ権力機構の一翼を担う職場なので、如何様にも改竄できた。
俺の失踪に疑問符が付くことはない。
俺は前田の後を追った。
締められたドアを難なく通り抜けた。
幽体離脱の経験がものを言い、自在に霊魂を操れた。
何食わぬ顔の前田を尾行した。
まさか幽体離脱した生霊が頭上にいるとは思わないだろう。
んっ、肉体は死んだ筈だから・・・生霊ではなく怨霊なのか。
しかし怨霊になる程に怨みは残してない。
確かに前田に殺されはしたが、前田は仕事をしただけ。
怨むなら前田ではなく命じた当局だろう。
まあ、とにかく俺は前田を尾行した。
奴は暗い表通りを自然な足取りで駅へ向かった。
何の警戒もしていない。
暫くすると一台の車がするすると歩道沿いに寄って来て、
前田の横にゆっくりと停車した。
運転席に一人だけ。
知った顔。
事務所のスコアラー。
前田は当然のように助手席に乗り込んだ。
俺も車の屋根から後部座席に同乗した。
途端、車内に漂う加齢臭・・・、辟易した。
車が車道に戻った。
運転しているのは北島義郎。
先週の仕事で俺に付いたスコアラーであった。
何の言葉を交わされず、駅ロータリーに入った。
前田は車を降りる際、木箱と部屋鍵を助手席に残した。
それを横目に、北島は軽くアクセルを踏んだ。
木箱の一件で俺の死が決定したらしい。
これまで軽い規則違反を繰り返していたが、大抵は叱責で済んでいた。
それが、ついに限界点に達した、と言う事なのだろう。
累積点数のオーバー。
身から出た錆と言えなくもない。
俺は前田を尾行するか、北島を尾行するかを迷った。
女選びなら嬉しいが、残念な男選び。
加齢臭の北島はないだろう。
このまま車内にいれば、どこかの時点で俺は鼻が詰まり、
完全に昇天してしまう。
せっかく霊魂として存在しているのだ、昇天はないだろう。
車から飛び降り、駅の改札を飛び越えて前田を追った。
大柄で獰猛な顔の前田清三がホームを歩く姿は、まるで熊そのもの。
みんなが歩く熊に道を開けた。
奴に、
「お前は目立つよな。
仕事の邪魔じゃないのか」と聞いた事があった。
そんな俺の疑問を奴は、
「アンタは気にしすぎ。
人は見てるようでも、実際には見ていない」と笑い飛ばした。
前田は三つ先の駅で降りた。
駅前のコンビニで食料品を買うと家路を急いだ。
歩いて五分のマンションに住んでいた。
俺と同じルーティーンで付近に不審車がないかどうかを調べ、
安全を確認してからマンションに入った。
勿論一人住まい。
帰宅するとシャワーを浴びて着替えた。
なんとも不似合いなトレーナー。
一昔前のアニメが描かれていた。
考えてみると奴の歳は三十五。
俺より四つ下だから、同じアニメ世代には違いない。
しかし熊には似合わない。
テレビを点けるでなし、CDを聞くでもなし。
奴はコンビニで買ってきた冷や奴を肴に、
缶ビールを一缶二缶と飲み続けた。
何やら目が死んでいた。
仲間を殺した負い目なのか。
それとも、いつも仕事を終えた日はこうなのか。
不機嫌そのもの。
「ドタッ」と音。
奴の姿勢が崩れた。
今になって俺の部屋で飲んだウイスキーが効いてきたらしい。
不意に突っ伏すように寝入ってしまった。
俺は手持ち無沙汰。
すると一つの言葉が浮かんだ。
憑依。
簡単に憑依できるのだろうか。
幽体離脱する度に思ったものだ。
別人に取り憑けばどうなるのだろうと。
その時は思うだけだった。
しかし今は戻る肉体がない。
今や幽体離脱とは言えないだろう。
このまま生霊で、否、霊魂のまま彷徨い続けるのだろうか。
そう考えると、それはそれで滅入ってしまう。
そんな俺の目の前に酔ってはいるが健全な身体があった。
熊ではあるが、俺にとっては理想的な体躯をしていた。
憧れていた体育会系そのもの。
俺は試したくなった。
俺を殺した奴だし、許してくれるだろう。
好奇心も多少あるが、前田に取り憑く事にした。




