(生贄)14
スラムの住人は王都の住人とは認められていない。
一切が自己責任で、どこにも誰にも保護されない存在だ。
それでも彼等の不法占拠は黙認されている。
それは王都機能を支える低賃金で働く労働者層が、
正規住人各層にとって必要不可欠だからだ。
スラム住人には幾つかの制約が課されていた。
その一つが死体処理だ。
原因を問わずにゴミとして出すことが義務付けられていた。
例え殺人による死体であってもだ。
疫病の発生源を潰すことが優先され、捜査が為されることはない。
僕は鑑定を起動した。
まばらに住人がいる。
各自のねぐらに陣取っている。
でも悪党と表示される奴はいない。
安全を確認したので昨夜の場所に向かう。
すると、途中で声をかけられた。
「お嬢ちゃん、いいかい」
物陰から中年の男が顔を覗かせた。
「はい、なんですか」
「ゴミ捨て場を見たかい」
「ええ、見ました」
「ありがとうね、連中には手を焼いていたんだ。
俺達が身包み剥いだけど、分け前はどうする。
お嬢ちゃんの分を預かっているんだがね」犯行を自己申告した。
「ええっ・・・。
そうですね。
仕留めたのは皆さんですから、皆さんの物です。
僕は遠慮します」
「そうかい、分かった。
・・・。
そんなお嬢ちゃんに忠告しておくよ。
ここはスラムの浅いところだから一人でも何とかなるが、
この奥には足を踏み入れちゃなんねえよ。
危ない連中がいるからね」真摯な目で言う。
「はい、ありがとうございます」
「それはそうと、お嬢ちゃんは魔法使いだよね」
「それは秘密です」
「そうか、そうだよね、悪かった」素直に引き下がった。
翌朝も煩い物音で目を覚ました。
こんな朝早くから・・・、スラムの住人は働き者なのだろう。
僕も手早く朝を済ませた。
買ったばかりの灰緑のフード付きローブを着て、長靴を履いた。
カーキ色の革のリュックサックを背負い、左手には竹籠を下げて、
ダークバリアを解いて仮の宿から出た。
スラムの出入口は活気に満ちていた。
荷馬車が行列し、馭者達が集まった住人に声を張り上げていた。
「現場人夫だ、日当は大銀貨一枚、人数は五人」
「鳶大工だ、大銀貨一枚に小銀貨一枚、人数は三人」
「溝浚いだ、大銀貨一枚に中銀貨一枚、人数は八人」
馭者は手配師を兼ねていた。
スラムの住人を安く雇い、荷馬車でお得意先の現場に運ぶ、
それを生業にしていた。
前世のヤクザの手配師、いや、人材派遣業者を見る思い。
「ええい、こっちは急ぎだ。
大銀貨一枚に中銀貨二枚、人数は十人」
日当の多寡で人波が揺れ動く。
明日も知れぬスラム住人としては、それも無理からぬこと。
僕は邪魔にならぬ様に端を歩いて外に出た。
西門に向かった。
大勢が同じ方向に向かっていた。
キャラバンや旅人が多い。
冒険者もいる。
当然、朝一で入門して来る者達も数は少ないが、いるにはいる。
外に出る者達向けの弁当屋が並んでいた。
僕は立ち寄り、『ハンバーグ弁当』を買った。
お代は500ベレル、大銅貨一枚。
竹籠経由で亜空間収納に入れた。
薬草採取は常時依頼なのでギルドに立ち寄る必要はない。
門衛に冒険者ギルドカードを提示して外に出た。
街道は踏み固められていた。
馬車が余裕で二輌が擦れ違える広さ。
この街道がジュリアの故郷・パラディン王国へ通じているが、
今は歩き通す自信がない。
取り敢えず冒険者見習いを兼ねて、足を鍛えるしかない。
ゴーリン川に架かる石橋を渡ると前方に森が見えた。