(生贄)1
僕は騒がしい声で目が覚めた。
眩しい。
真上に真っ赤に燃える太陽。
目が潰れる。
慌てて目を閉じた。
近くで複数の声がした。
言い争い。
発音からしてフランス語かと思った。
でも、ちょっと、ノンノ、違った。
聞き続けるうちに理解できる様になった。
「召喚は失敗したのか」
「勇者様も、賢者様も、聖女様も・・・、誰も・・・」
「せめて勇者様だけでも・・・」
「生贄も用意したのに、どうして・・・」
「遅れているのではないか」
「ありえん。
時を逃せば、時空の狭間で圧し潰される」
理解し難い言葉が飛び交っていた。
召喚、勇者様、賢者様、聖女様、生贄。
はて・・・。
中空に不可思議な物を見た。
まるでペルシャ絨毯の文様。
それが浮かび上がっていた。
召喚が事実だとすると、文様は魔法陣、そうに違いない。
ここはどこ。
首を動かそうとした。
右にも左にも回せない。
上半身を起こそうとした。
これまた動かせない。
縛られているのか。
動かせるのは目だけ。
口も動かせない。
思い出した。
僕は田舎道でチャリを漕いでいた。
快適に飛ばしていた。
その時、それは突然きた。
晴天のさなか、稲光、耳をつんざく轟音。
理解するも、しないもなかった。
落雷、直撃。
たぶん、あれで死んだ、はずなんだけど。
もしかして、死ななかったのか。
にしても外に寝かせたままはないだろう。
田舎町とは言え目撃者の一人や二人・・・。
普通なら救急車で病院に搬送される。
置かれている状況に気付いた。
幾人かの下敷きになっていた。
右にも人、左にも人。
足先にも人の感触。
何れも物言わぬ者達ばかり。
背中に当たる感触が、堅い、冷たい。
そして、ちょっと濡れていた。
もしかして路上に寝かされているのか。
これは夢か、そうだ、夢に違いない。
落雷も夢だったに違いない。
もう一度寝るか。
でも寝付けない。
召喚とか、勇者様とか、賢者様とか、聖女様とか、生贄とか、
周辺で聞きなれない単語が踊っている。
これでは気になって、ねむれない。
周りの物言わぬ者達は、そう、死体、死体、死体だった。
死体に囲まれていた。
嫌な臭いが鼻をついた。
糞尿に血が入り混じった臭い。
ここは死体捨て場なんだろうか。
あっ、そうだ、生贄とか言ってた。
もしかして、僕、生贄なの。
周りでは話が進んでいた。
「それでは陛下への報告はどうしましょう」
「見合わせる。
失敗の原因が分からぬではな」
「それが良いでしょう。
原因を突き止めてから報告いたしましょう」
「それで誰が報告するのだ」
「当然、団長でしょう」
「でしょうな。
魔法騎士団の最高指揮官は総団長様ですからな」
「お前達・・・、グヌヌ」
「それはそれとして、生贄はどうします。
この数の死骸です。
我らの手には余ります」
「クッ、明日の朝一番に、奴隷共に片付けさせる」
「団長は忙しいでしょうから、私が手配しておきましょう」
「・・・頼む」
「それが最善でしょう」
「陛下への報告を考えると頭が痛い。
誰か代わってくれんか」
身動き出来ない。
やれることは、ただ一つ。
そして直ぐに、やるべきことも、ただ一つ。
口にするのが恥ずかしいので、脳内で意識して念じてみた。
ステータスオープン。
途端、臍の下の丹田が熱を帯びてきた。
ついで頭の中で心地よい音が鳴った。
「ピコ~ン」
それを合図に目の前に半透明化したモニター画面が現れた。
ステータスが映し出された。
その隣にも半透明化した小さな小さな文様。
もしかして、しなくも、ステータスのまっ、魔法陣・・・か。
「名前、ない。
種別、たぶん人族。
年齢、19才。
現状、不安定。
性別、雄。
出身地、日本。
住所、ベランルージュ国、王都。
職業、ない。
ランク、C。
HP、75/75。
MP、125/125。
スキル、雷魔法上級。
ユニークスキル、異世界言語理解」
一つではなかった。
続けて二つ目が出てきた。
「名前、ジュリア。
種別、人族。
年齢、12才。
現状、刺殺。
性別、雌。
出身地、パラディン王国。
住所、ベランルージュ王国、王都。
職業、クラーク商会の奴隷。
ランク、F。
HP、0/35。
MP、0/35。
スキル、生活魔法(火、水、土、風、光、闇)」
ここはステータスオープンがある世界。
つまりファンタジーな異世界。
そう信じるしかない。
でも二つとは。
たぶんだが、最初のが僕のステータス。
二つ目のステータスは。
その時、いきなりだった。
何かが、暴力的な勢いで頭に入って来た。
こっこれは。
膨大な量の知識が流入して来た。
異世界文化理解、異世界文明理解、異世界魔法理解。
そしてジュリアの記憶。
止められない。
頭痛が痛い、そんな感じ。
激痛に目を閉じた。
記憶が途切れた。