二十九話
「徐々に防衛線を下げろ。救援はすぐそこまで来ている」
春日としても民間人である樹の後退の為に殿になることに拒否感はなかった。寧ろ、父である衛の影響もあるだろうが、自衛隊の作戦に参加してくれたことは有難かったのだ。
自衛隊の鑑定士も戦えるとはいえ、迷宮主を単独で撃破する程の力はない。銃を持っていても再装填中は無防備になりやすくまた、その死角を減らすために隊で活動しているのだ。
樹という異物は良い意味で隊員たちに刺激を与えてくれた。殆ど鍛えられていないのは体格をみれば明らかであり、覚醒者というものがどんな存在なのかを教えてくれた。ある程度は山を歩き慣れている感じだったが、警戒しながらの登山は体力以上に精神を疲労させた。
そして、樹の鑑定眼は有効距離にさえ収めてしまえば敵を判別することすら可能だったのだ。視力が悪いや動体視力もそこまで良くないと謙遜していたが、レベルが上がることによって強化された眼は警戒の負担を減らしてくれたのだ。
無論、今回の目的は迷宮主を視界に収め丸裸にすることで達成することは叶わなかったが、働きとしては十分であった。
道中にジョブの効果を解析してもらうために鑑定をしてもらったが、指揮官が命令を出すと隊員達へオーラが降り注いでおり確かに強化していることを確認したとのことだった。
これは地声を届けなくてはならないのか。または無線などでも有効なのかによって戦術は大きく変化することを余儀なくされるだろう。
だが、ステータスプレート上のシステムでパーティを組んでいた樹には強化はかかっていなかったために強化ができる対象は支援術士に比べると狭いと推定されている。
ただ自衛隊に情報開示はしていないが、樹の職は迷宮主なためにバフ自体が無効化されている可能性は高い。
同行した鑑定士達にも兵士よりは効率は悪いが強化されていたためにシステム上、どのような処理がされているかは確定できなかったのだ。
春日分隊の手持ちの弾薬はまだ十分に残っていたが、現れる魔物の多さもあって焦りがないとは言えない。春日分隊は迷宮を攻略する最新鋭の部隊の一つだ。銃術を得るまでに再起不能の怪我を負って除隊した隊員も零ではないし、常に前線に出るために命懸けである。
自衛隊では銃剣術も習うが、魔物相手とはいえ、近接格闘を行うのには経験が足らない。緊急時を除き安全策の一つとして可能な限り近接格闘を行わないというものがあり、それは格下と侮って要らぬ怪我を負う可能性を下げると同時に毒を受ける可能性を減らす為の対策だった。
既存の毒であれば余程、稀有なものでない限りは血清を輸送すれば身体ダメージを最小限に抑えることができる。迷宮産の解毒薬も製薬会社に提供され解析に回される事が多い。とはいえ現場の隊員が毒を受けたのであれば優先的に使用されるが、受けないことに越したことはない。
死角を減らすために隊伍を組んでいるが、銃撃がある状況下では固まっていれば一網打尽にされかねず、ある程度の距離をとることが必要となるために後方で指揮を採る春日の指揮に部隊の命運はかかっているために春日の責任は重い。
藤堂から創設される部隊の分隊長に推薦されたと聞き春日はやっと訓練の成果が出せると思うと同時に果たして自分にその責が務まるのかという不安だった。
自分だけが命を落とすのであればまだ納得はできる。だが、部下を死地へ送ることになる以上は五体満足で生還させることが使命だった。
迷宮が出現し、自衛隊を去って行く仲間を春日は止めることはできなかった。その隊員にも生活があり、家族がいる。他人でしかない自分が、人生に責任を持つことなど不可能であり、残った隊員と共に国を護るしかないのだ。
春日も除隊するか迷った一人だ。幼い子供を残して死ぬことはできないと考えたが、自衛隊は官舎を用意してくれており、そこには自衛官の家族や休日の自衛官がおり、他の場所に住むよりかは安全だった。
後方支援の隊員でも自衛官であれば銃が扱える。駐屯地や基地以外での銃の使用は厳しく制限されるが、官舎も自衛隊の施設の一つであるために緊急時においての武器使用は私有地に比べればハードルは低く、実際にクリスマスの悲劇の際に武器使用がなされたが、自衛官は緊急避難だったとしてお咎めはなかった。
避難の際には後回しにされがちになるという欠点はあるが、前線に出る隊員の家族は同じ自衛隊の仲間に護られていると思えば安心できるものなのだ。そして、覚醒した隊員が増えて平均レベルも警察よりも高いことから魔物の襲撃があった際には日本国内では安全性の高い場所になるのだ。
特に特警隊が所属する駐屯地は人気であった。レンジャー資格を持つ隊員は訓練ではあるがそれなりの経験をしてきており、更に実戦を積んだ自衛官となった。自衛隊は階級がものを言う縦社会ではあるが、階級よりも飯の数と言われることもあり、経験がものをいう仕事でもある。
特警隊の隊員は精鋭であり有事の際にこれほど心強い存在はなく、自衛隊OB・OGの支援もある。本当の有事の際には家族ではなく、顔も知らない他人のために命を懸けることになるが安心して任務に就けるように十分な支援がある。そして、もし道半ばで倒れることがあっても志を同じとした仲間が家族を支えてくれるだろう。
閃光弾の殆どを使用してしまったが、魔物は引く様子はない。山頂へと近付かせたくない迷宮主の意思が働いているのだろうが、春日としても脅威をそのままにしておく訳にはいかない。
出発前の藤堂の訓示では、攻略する必要まではない。無事に帰還しろとのことだったが特警隊の分隊長として、可能な限りの成果はあげておきたいところだった。
これは功名心に駆られての行動ではない。成果をあげれば、部隊としての発言力が高まる。そして、精鋭の分隊長が無理だと言っているのだからと文民を納得させるためのものだ。文民統制を乱そうとは春日は考えていない。
だが、政府のお偉いさん達は自衛隊を便利屋だと思っている節があるのだ。違憲の存在だから解体し、新たな組織を創設するでもなく、憲法解釈上は防衛に必要最低限の戦力は違憲でないと主張するだけでどれだけ自衛官たちの活動に報いてきたのだろうか。
働く車展ではパトカーや消防車は良くても自衛隊の装甲車ですら抗議が殺到し、展示を取り止めている。知事や防衛省幹部、そして内閣の官僚は合憲ならば不当な扱いを許さないと抗議団体に断固とした意思を示すべきだったのだ。
それに不況となり、NPOや高校に自衛官募集のために自衛官が赴けば嫌な顔をされることもある。彼等の主張では自衛官は真っ当な仕事ではなく、貧困を盾に労働力として搾取していることになるらしい。
それならば災害が起き、災害派遣された自衛官の手をとり救助されるべきではないとすら思ってしまう。決して表情や言動して表に出すことはないが、利益を享受しながらも一方的に批判される身にもなって欲しい。
省庁間のパワーゲームで適任ということもあるが、迷宮利権を防衛省は手に入れた。否、手にしてしまったと言うべきか。確かに得られる利益はあるだろうが、その利益を得られるのは実際に迷宮を探索する自衛官でなく、国家公務員試験を突破した一部の背広組だけだろう。
だから簡単に東京駅迷宮を攻略せよと命令が出せてしまうのだ。出現する魔物の等級は高く、銃が効き辛い魔物も多く、集団戦を得意とする魔物が多いからこそ特警隊の探索は難航しているのだ。
不必要な損害を出さないためにどんなに心を砕いても簡単に命令されては報われないのだ。それに、手足を失って障害が残った隊員に回復薬での回復や魔物の細胞によって画期的な治療法が確立されることを現場は望んでいる。
除隊したことは不幸な出来事だが、除隊後の人生は長く生きていかなくてはならないのだ。それならば少しでも仲間に貢献し報いたいと考えることは強欲な事なのだろうか。
「各員、伏射。遮蔽物から身を乗り出すな」
散発的にではあるが、魔物が銃撃してくるという状況へと陥り、春日も救援の到着を待ち望んでいた。武器の制限は曖昧で刀剣類であれば使用可能で手榴弾や携行型対空ミサイルなどはジョブによる使用制限があり、閃光弾などの非殺傷兵器については制限がない。
密閉された空間になることが多い、迷宮ではあまり実験はできていないが動植物の毒は有効となっている。BC兵器については実験は日本では行われていないが、恐らくは有効なのではないかとされている。
井上三曹の土魔法はフィールド型であったお陰かまだ
迷宮の復元能力で無効化されていないが、いつまで持つかは不明であり、その塹壕の後ろには銃弾に晒されながらも作った予備の塹壕があった。
防壁を作るために地面の土を利用し、地面にできた穴を円匙で固めたものだが、被弾を最小限に抑えることに成功していた。ジェラルミンの盾も銃弾を受け止めることに成功していたが、腿に銃弾を受けた隊員には止血をし回復薬を振りかけるという応急処置しかできていないのだ。
分隊支援火器によって魔物の接近を阻止できていなければ春日分隊は壊滅していただろう。精鋭を失いそれでも政府が東京迷宮攻略を強行するはずだと第三特警隊でも推測されており、各特警隊に部隊を選抜するように防衛大臣を通じて命令されている。
事務次官クラスも現場を知っている自衛官とは言い難いが造詣の浅い防衛大臣よりかは内情を把握しており、反対の意見を述べているらしいのだが、国民に選ばれた議員という立場を盾に政府は押し通そうとしているのだ。
任期間近であり、コロナ禍が起きる平時に選ばれた議員で支持率は急落し後は解散選挙で惨敗するのを待つばかりと言われているのに厚顔無恥でないと議員にはなれないと邪推してしまうくらいだ。恐らくは自衛官、医療従事者と与党に投票したくないものは多いと思う。
だが、野党に政権運営能力があるかは疑問であり、日本の未来は暗い。オリンピックを開催したいのであれば水際対策ぐらいは真摯に取り組むべきだと思う。感染力の強い変異株が猛威を振るっているのにも関わらず、対策はお粗末すぎる。
言い方は悪いが先のない老人達は自分たちを優遇してくれる与党に投票していれば安泰なのだろうが、未来ある若者たちの経済的理由による自死はもっと対策ができるのではないかと思う。
自助を求める内閣総理大臣でしかも最後には生活保護があると公言してしまうのが国のトップで絶望しない方が難しいようにも思える。扶養照会を嫌って生活保護を申請しないホームレスも多く、そもそも必要で憲法で保障された権利なのに役所の水際対策で追い返されて命を落とした者もいる。
そして、住宅確保給付金という制度も貸付でなく給付な為に申請は殺到しているが国が方針をコロコロ変えるために受付窓口である県も混乱しており、申請してから給付の決定に一ヶ月以上かかるのはよくあることで給付の対象もほぼ住民税非課税世帯と変わらないために納税の義務がある分、生活は生活保護者世帯よりも厳しい。
コロナ関連解雇による雇用保険の受給期間延長も焼け石に水の状態だ。雇用保険は労働者と事業主が保険料を払っているが、コロナウイルスによって減収した労働者に対しても休業支援金・給付金を支給しているために原資は尽きかけており、雇用保険料が上がるとともにコロナ復興税が課せられるようになるのではないかと囁かれている。
消費税が導入され、最近では十%まで上がっているが、導入される際に言われていた社会福祉に使われるのではなく、金持ちが得することになる法人税の減税や天下りした役人のために使われたりしている。
二重税の問題や高速道路代についても同様のことが言え、年収八百万円以下の所得者は税負担よりも受ける恩恵の方が大きいと言われているが、それでも日本は高税低社会福祉だと感じる人が多く、開催が一年延期されたオリンピックも商業目的に走り過ぎていると言われている。
コンパクトなオリンピックと言われて東京都が立候補し当選したが、当初の七~八千億と言われた開催費用も三兆円ほどへと膨張している。それに日本が決断すれば中止へと交渉できるはずなのにIOCへの違約金を払いたくないのとオリンピック利権によって開催を強行しようとしているのだ。
努力しているアスリートに対して含む所はない。コロナウイルスさえ流行していなければ自国開催されることは素晴らしいことで多くの感動を受けることになっただろう。だが、タイミングが悪すぎた。SARSや新型インフルエンザ、古くはスペイン風邪と同じ脅威が猛威を振るっているなかで開催している余裕がないというだけなのだ。
心から応援はできないかもしれないが負傷し除隊した自衛官がパラリンピックで活躍することがあるかもしれない。健常者ではなく生まれつきや病気や事故によって障害を負った人がスポーツを通して生き甲斐を得たり活躍する場を得ることは素晴らしいことだが、それならば迷宮という奇貨を活かして健常者と同様に生活できるように努力する方が健全だと思うのだ。
自衛官として政治的思想を持つことや政府に批判的であることを恥ずべきなのかもしれない。だが、自衛官だって日本に住む国民であり、義務を果たしている。違法行為を行わない限りは正当な行為だと思う者も多いのではないだろうか。それに自衛隊が解体されて本当に日本は困らないだろうかとも思う。
平和主義を唱えること自体は素晴らしいことだがそれには実力が伴っていないと絵に書いた餅でしかないのだ。日本も遺憾砲を撃っているだけでは駄目な段階に来ているのだ。
そして、迷宮の素材や技術は今、世界で最も注目を集めている出来事だろう。技術があっても素材がないために諦めていることもあるだろう。戦略物資となるレアメタルも迷宮で採掘できるようになれば輸出大国である中国の意向に従わなくでも済む。
魔物は確かに脅威だ。だが、技術を革新させるだけのものが迷宮にあるのは痛し痒しと言ったところだろうか。犠牲をだし過ぎれば敵意が向くことになるだろう。そして、法整備がなされても迷宮の中で犯罪が行われることが懸念されている。
迷宮警察も抑止力の一つになってくれると期待しているが、専任で潜ることになる冒険者と徐々に力量差は広がっていくだろう。自浄作用を求めるのも良いが今日の日本では昔の様に性善説が通用しなくなってきている。
性悪説で考えれば民間人に力を持たせないために迷宮への侵入を規制すべきだろう。そうすれば迷宮核を手に入れる民間人はいなくなり、警察権は以前と同じように行使できるだろう。
弾薬の残量を気にしながらも救援が来るまで持ちこたえれば良いために遠慮なく使用していく。血税で購入せれているものと考えれば後暗いが、それでもこの場を生き残った隊員が国民を救うことに寄与するかもしれないと思って今は生存することを第一に考える。
「春日隊長。防壁が突破されます」
盲撃ちになろうとも近付けないために牽制射撃をしてきた。そして、遠くにミディアムボアを確認すれば狙撃もしている。動けない状態で狙撃は本来であればあまり良くはないのだが、それでも魔物側の火器が現代の連発式でなく、単発式であることに救われている部分は大きい。
「後退。ケツを撃たれても治療する方法などないぞ。帰りに座席に座りたかったら迅速に行動しろ」
先に辿り着いた隊員が後退中の隊員を狙う魔物を撃ち倒していく。分隊支援火器は熱を持ち過ぎてオーバーヒートしていた。抑え気味に撃っていたら隊員にもっと被害が出ていたために春日としては回収さえできれば良いと思っている。
銃身が歪んでしまって使い物にならなくなったとしても水筒に入れた水で強制的に冷却していた。撤退するために中腹よりも下がれば水を補給する目処が立っているのは大きい。流石に戦闘をしていれば喉は渇くし、手元に水があるかどうかは重要なのことだった。
水魔法を使う樹くん曰く、水魔法で生み出した水は緊急時でない限りは飲料水としては適さないとのことだった。成分を詳しく調べた訳では無いが、純水に近いものであり、他者の魔力が体内に入ることの評価はデータがないためにできないが避けた方が無難だろうという話であった。
単発式であるために自衛隊や警察が迷宮内で破棄した銃器だとは考えにくい。それならば土魔法で金属を抽出し、魔法で飛ばしていると考える方が自然だ。
だが、確かにマズルフラッシュを視認しており、銃である可能性は高い。それに日本国内、全ての迷宮を管理できているかというと山岳地の多い日本では国土が狭くとも難しい。
警察も規制線を張ったり、交通規制を行うが、迷宮利権に殆ど関われていないために危険だけ押し付けられても現場の警察官の士気は低くなるばかりだ。
迷宮利権に関わりたい経済連は口と金は出すが自分たちは安全圏にいて利益だけを貪ろうとしているために自衛官からの評判は良いとは言えない。
誰だって自分の仕事に口を出されることを嫌うものだし、現場では冒険者と自衛官・警察官との騒動も起きている。力で抑え込むことを良しとしない政府方針のために穏便に済まそうとしているが魔法の不正使用で逮捕者も出ており、また暴力事件に対しても対応に苦慮しているのだ。
そして、荷物が破棄できない以上は移動速度は落ちる。銃以外にもサバイバルナイフや食糧の所持が隊規で決まっており、この規則は隊員の生存率を上げるためのものであり購入された物は血税であるということが、躊躇う理由にもなっている。
命を救うための判断であったとしても今、先輩自衛官たちが積み上げてきた信頼を崩すわけにはいかないのだ。信頼がなかったが故に大地震で救える命が救えなかったことを戒めとして隊内では語り継がれている。
経験を継承するということもそうだが、組織の新陳代謝を促すためにも若い自衛官を自衛隊は求めている。自衛官が子供が将来なりたい職業にランクインしなくとも日本を平和を守るために自衛官が必要だという事実は変わることはない。
それに特殊部隊として国民にも認知されるようになった特警隊が多数の死者を出せば国民は不安に思うのだ。それが直ぐに海外の様に暴動に発展するとは日本の国民性を考えれば考えにくいことだが、安心して暮らすことは難しくなるだろう。
戦争が起きれば他国に移住することで無関係でいられるのかもしれないが、迷宮は世界中に現れており、逃げ場などないのだ。救助の現場で良く言われることだが、自衛官が生還すればそれは要救助者を一名、救ったのと同じことなのだ。
大雨で土砂災害が起こり、知事の要請で自衛隊が派遣される。猛暑となりつつあり、また地球温暖化によって過去になかった規模の災害を各地を襲っている。その時に派遣される自衛官がいなかったら国民はどう思うだろうか。消防や警察に任せれば良いと納得するだろうか。
陸空海と災害が起こった時に最後の砦となるのはやはり自衛隊なのではないだろうか。だからこそ、自衛隊は最前線で戦うことを厭わない。それが魔物なのか災害なのかは問われない。自衛官となるときに宣誓したように国民の負託に応えるために自衛官はいるのだ。
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黄は迷宮内の出来事を魔物の目を通じて把握していた。日本の自衛隊がここまで迅速に派遣されるとは想定しておらず、迷宮内の戦力を調えた上で迷宮外へ侵攻することすら党本部の意向で実施しようと考えていたくらいなのだ。
遺憾砲を撃たれたところで中国は痛くも何ともない。また日本が侵略者として中国本土を手中にしようと戦争を起こした過去がなくなる訳でもないのだ。
奇襲をしようと魔物を迷宮内に再出現させているが、警戒心が強すぎて侵入者に有効な打撃を与えられていない。DPにも余裕があったが、一人の冒険者が侵入してきた事によって計画は修正を余儀なくされているのだ。
しかもその冒険者は迷宮を攻略した迷宮主であった。迷宮の支配権を奪われれば計画も何もあったものでないし、党に貢献して幹部になるという夢も潰える。
それ以前に党に無能と判断されたら生きていくことすら難しくなる。自分と親はまだ良い。中国に住んでおらず、日本国籍を取得しているからだ。だが、中国には親族が住んでいる。そして、大失態をしでかした一族の縁者を野放しにしておくだろうか。
答えは否だ。ただでさえ都市部と農村部の貧富の差は大きくなっているのに、日本で失敗してしまえば村八分にされることになるだろう。それほどに党は世界の覇権を握ることに注力しているし人民の数が多ければそれなりに才能がある者が生まれるために相手にされないだろう。
黄一族に党の幹部がいれば農村に住むこともなく、豊かな生活をしているはずで食い扶持が減るが労働力も減るために父は親族の反対を押し切って日本にやってきた経緯があるために日本にも中国にも居場所が無くなってしまうことになる。
それだけはなんとしてでも避けなくてはならないが、そのための具体的な策はないのだ。そして、正規の方法で侵入していないために冒険者資格はあっても幕山迷宮にいる理由が説明できないのだ。
日本側に寝返るにしてもここまで行動してしまえば信用を得ることなどできない。お人好しの日本人の中には擁護する者はでてくるかもしれないが、微かな希望に縋る程、落ちぶれてないと黄は思っていた。
それが自身の破滅ばかりか、日中関係を悪化される悪手であるとも思わずにそして、党が助けてくれる訳もないのにだ。黄は更なる眷属を生み出すことで対処することにした。




