二十七話
「盾持ちは前方を守れ。他は迎撃だ」
遮蔽物の少ない山道で下方に位置する春日分隊は不利になる。そして、銃持ちも確認されているために撤退するかは微妙なところであった。隊員達の命を優先するのであれば逃げるべきだが昨日の攻撃にもいたオークライダーの姿も確認している。
藤堂三佐の命令で連れてくることになった樹くんは隊員達の行軍にもついてくることができるくらいには体力があったが民間人を危険に晒すのもまた自衛官として正しい行いでは無いのだ。
「こちら春日分隊。魔物の襲撃を受けた。撤退支援を頼む」
「本部。了解」
「井上三曹。土魔法で防壁をつくれ」
「武田三尉は樹くんを連れて撤退だ」
「「了解」」
春日は敵を押しとどめるために制圧射撃を命令し、分隊員たちはただちに攻撃へと移行する。樹は指示に従って後方へと下がるがそれでも隊員達を見捨てる訳にはいかないと思っていた。
銃弾がなくなれば自衛官は無力である。そして近接格闘のみに限れば樹の方が強いのだ。それに樹は水魔法で様々な実験を行っており、水魔法の本質は液体を操作することであると理解していた。
これもまた邪道ではあるが有用な技術になる。実戦で使用したことがないことだけが不安要素であったが有用性は藤堂も確認済みだった。ボトルの封を切り魔力を浸透させていく。
ボトルの中身は真っ赤に染まっており唐辛子が溶け込んでいるのだ。可燃性のあるガソリンや灯油で実験を行いたかったが延焼する危険性を考えて却下されていた。視覚情報に頼る部分は大きく、それだけに視覚を奪えることの優位性を活用しない理由にはならない。
樹と武田は撤退支援要員が来るまで待機であり、水魔法を待機状態にしている。中腹からそう長い時間はかかっていない筈だが、それは平時であり戦闘中であれば一分すら長く感じることになる。発砲音は散発的だが、継続して鳴り響いている。
弾薬を節約している場合でなく撃てる限りは撃つという方針で戦闘しているみたいだ。オークやミディアムボアの死体の山が築き上げられていく。
ここで手を抜けば鍛えられた精鋭を失う事になり結果、国益を損なうことになる。大暴走の兆候があると言うだけでまだ認定はされていない。魔物を倒すことでレベルが上がれば撤退の時にも役に立つために気は抜けないのだ。
「三尉、お待たせしました。撤退を支援します」
「現時点をもって指揮下に入れ」
二曹の連れてきた隊員を見て武田は顔を顰めるが、それでもやらなくてはならない。
「ウォーターボール」
「周囲を警戒。迅速に倒せ」
油断しているつもりはなかったがやはり油断していたのだろう。樹たちはホブゴブリンに囲まれており、ホブゴブリンは唐辛子入りのウォーターボールでのたうち回っているが囲まれたという事実に変わりはない。
そして、樹は武田のヘルメットを掴み強引に頭を下げさせる。魔力が高まるのを樹は感知し、武田の頭があった場所をファイアボールが通り抜けた。
「助かった。魔法が飛んできた方向に制圧射撃、始め」
銃の殺傷範囲よりも魔法攻撃の範囲は狭い。脅威を優先順位の高い順に処理していかなくては部隊に被害が出る。
「こちら武田三尉。第二特警隊の出勤を要請する」
「三尉。後、十分で到着する。それまで持ちこたえろ」
ホブゴブリンのために銃弾を消費する訳にはいかないと判断した武田は近接格闘を行うことにする。
「撃ち方、止め。近接格闘に移行する。バディのカバーを忘れるな」
通常部隊でホブゴブリンに遅れをとるとは思わないが殲滅スピードは遅くなるだろう。それは部隊を危険に晒すことになる。だが、まだ見ぬ脅威に備えなくてはならないのもまた事実だ。
「樹くん。無理はしなくていい。だが戦闘に参加してくれ」
春日分隊副隊長として樹へのアクセス権を得ていた武田。オークを倒す実力があるのであればホブゴブリンごときに遅れはとらないだろうと判断して戦闘への参加を要請した。自衛官としては忸怩たる思いだ。守るべき民間人を戦いに投入しなくてはならないのだから
「気闘術を使います。魔法攻撃に警戒していて下さい」
そう告げられると樹くんの圧迫感は増した。防御膜を戦闘に用いると事前に聞かされてはいたが信じられない思いだ。藤堂に匹敵する冒険者がこの時点でいるとは思いたくなかったというのもあった。
精鋭を率いる将が弱卒なわけがない。戦闘でも先頭に立ち部隊を鼓舞しながら闘うのが藤堂のスタイルだった。迷宮帰還者の中でもこれだけの戦闘能力を持つ冒険者はそうはいないだろう。
だが、銃で対抗できないほどでなく過信するのもまた危険である。短剣を持ち攻撃をかいぐくり一撃でホブゴブリンを仕留めていく。それは部隊の士気を上げるのには十分であった。
「周囲の警戒を怠るな。田上一佐の息子さんに無様なところを見せるなよ」
一般隊員に打撲こそあったが人的被害は零に抑えられたのは樹の活躍があったからだろう。魔物の大半を倒したのは樹であるし武田の指揮下に入った一般隊員たちはホブゴブリンを倒しにくそうにしていた。
人型を殺すのに抵抗を覚えるのは仕方がないことだが、迷宮では忘れるべきである。PTSDを発症するほどに頑張る必要はないがそれでも国民を守るべき自衛官がその体たらくでは守るものも守れない。
恐怖心から暴走して味方を攻撃しなかっただけマシだと思うしかないだろう。藤堂が率いる第三特警隊以外にも第二特警隊が幕山迷宮の入口を固めている。東京の迷宮は総じて等級が高いのか自衛隊でも対応が困難な迷宮が多い。
周囲をコンクリートで固め出入口を限定することで防衛体制を築いているがそれもいつ突破されるか分からないようなものばかりなのだ。
「警戒しつつ中腹まで移動する。遅れるな」
樹は切り札が減るのも厭わず公開したのは政府の危機管理に疑問があったからだ。現場の隊員達が尽力しても限界はある。臨時シェルターとして機能するはずの迷宮も他の迷宮主に攻撃されないとは限らず公営迷宮に限ってはいかに侵入させないかに尽きる。
迷宮主自体に防衛能力がほとんどなく魔物も弱いともなれば鴨が葱を背負ってぐつぐつ煮られた鍋に自ら飛び込んできてくれるようなものだ。
樹としては撤退の判断は早すぎると思うが入口付近で遅延戦闘を行い出てきた所を圧倒的火力で叩くというのが合理的だとも判断していた。物的損害を気にしなければ一番効率が良い。人的損失を出すくらいならと決断できるリーダーがいればの話ではあるが。
藤堂を始めとして佐官は迷宮の積極的攻略を進言している。武力行使といっても相手は交渉のできない者であり、これは紛争の武力解決にあたらないというのが主張だ。
だが、違憲論者たちは自衛隊の武力行使という前例を作りたくなく、また政権に責任をとろうとする者がいないために予防的措置しかとれないのだ。好んでただの人になりたい政治家などいないだろう。
国民は不満を溜めつつも政府の言いなりであり、選挙権が適切に行使されているとは言い難い状況だ。そして、コロナウイルスは深刻的な経済損失を与えており、上級国民は未だに自身の過失を認めず車の故障であると主張している。
魔石を回収して死体を焼いたために時間はかかってしまった。まだ残っている春日分隊と合流するためであり、迷宮に回復の余地を与えないための手段である。DPは無限ではない。
冒険者が入らなくては一日に得られるDPは微々たるもので入口を固めるだけで兵糧攻めをしているのと変わらない効果が得られるのだ。寧ろ迷宮を攻略しようとする行為の方が利敵行為とも言えた。
国営迷宮も覚醒講習さえ終われば本格的に迷宮としての機能を発揮する予定だ。迷宮でしか得られないアイテムは研究する価値があり、その利益を狙っている企業も多い。製薬会社を筆頭に金属加工会社また食品加工会社も政府への寄付を通じて利権に絡もうとしているのだ。
人が動けば物も金や情報も集まってくる。国益に適うと判断したからこそ実験のために迷宮を管理しているのだ。魔法という超常的な現象も新たな戦争の形を作るかもしれない。
技術は進歩していくが現在では画期的な発明というのは生まれにくくなっている。それだけ豊かになったとも言えるが新たな火種を孕んでいるとも言える。もし銃弾が効かない兵が量産できるようになれば強力な武器が必要になるのかも知れない。
魔法によって銃やミサイルよりも強力な攻撃ができるようになれば低コストで兵が量産できるのかもしれない。ただ待っている未来はそう明るいものでもないと樹は思う。
人が剣を手に入れ槍を手に入れ弓を手に入れる。そして銃やミサイルと攻撃力が上がったことによって戦争の死傷者は莫大な量となった。ただでさえ地球を何回も破壊できるような量の核ミサイルがあるのだ。核による被害は未だ多くの人に苦しみを与えている。
三人いれば派閥ができると言われる人類には過ぎたる力だと思うのだ。そして旧人類・新人類と区分して新たな争いが起ころうともしている。人は食べないと生きていけないのに農家などを軽んじる経済の仕組みも変えていかなくてはならないと思うが改革はそう簡単には行われない。
現場の人間は必死に対応しているのに理解のない人間によって邪魔されることもよくある話だ。
樹はいっその事、迷宮を選抜部隊で攻略してしまうのが一番良いと思うがそうもいかないのが柵というものであった。
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在日米軍司令官ウィリアム中将は日本政府の動向を部下に探らせていた。中露に対応するための拠点として日本を重視しており、中国を海洋進出させないためには睨みを効かせる必要がアメリカにはあった。
民主主義の敵となる共産主義・社会主義を世界に広める訳にはいかずそしてアメリカが世界の覇権を握るために日本とは友好関係を維持する必要があるのだ。
世界情勢が緊迫する中でアジアのリーダーとして日本に求めることは多い。戦勝国が押し付けた平和憲法は実にアメリカにとって都合の良いものであった。植民地支配による経済圏の確立と大国として台頭しようとした時には対応に苦慮したが、レンドリース法によって支援し真珠湾攻撃によって参戦が決まり、島国に閉じ込めてしまえば後は切り分けられるのを待つしかない哀れな七面鳥でしかなかった。
そして、膨張する軍事費を抑制するために単独では戦争ができない日本に軍事費を負担させるのにも都合が良いのだ。アメリカ経済は生むことの少ない軍事産業に大きな投資をしていた。冷戦を得て各地の紛争に介入したのも自国の利益を守るためであり世界のリーダーとして牽引するために必要な犠牲なのだ。
中国発祥とされるコロナウイルスによる経済ダメージと膨大な死者は少なくない損失をアメリカに与えていた。そして、今も根深く残る人種差別も多民族国家であるアメリカに禍根を残している。アメリカには希望が必要だった。そう迷宮だ。
迷宮には世界を革新するだけの力があり、アメリカは国民の血で対価を払っている。スキル銃術が発見されるまでは屍を積み上げた。国土防衛上、看過できない問題であり、半ば義務的に派兵したのだ。
それでもアメリカは迷宮を幾つか攻略することに成功した。だが、戦略的価値があるかと言われれば微妙なものなのだ。室内戦闘においては力を発揮するだろう。ただ、屋外での戦闘では銃の方が役に立つ。
かと言って負傷した場合には回復薬の存在があるために無視もできないのだ。それに憲法によって武装の権利を与えられた国民はよほどの相手でもない限りは撃ち倒すことができる。
銃の取引量は増え、それに伴う銃犯罪も増えているが、国民は銃のリスクを許容しているのだ。そして、権力の座から遠ざかりつつあったライフル協会が復権しつつあるのも頭の痛い話であった。
彼らは政治団体として力を持ち過ぎた。民主主義において数は力であり、大多数の幸福を実現するためには少数の犠牲は許容しなくてはならないのだ。どんなに偉大な政治家でも国民に選ばれなければただの人なのだ。
そして、アメリカは友好国である日本が力を持ち過ぎることにも警戒しなくてはならない。便宜上は在日米国人の保護とアジアの安全保障に支障が出るとして内々に日本政府と接触しているらしい。
国家間に真の友情は存在しないという言葉は名言であると思う。アメリカが他国の利益のために譲歩することはないし日本に人員を派遣しているのもそれがアメリカにとって必要な事で利益があるからだ。
アメリカは経験という授業に高い授業料を払っていた。しかも将来ある若者の血でだ。それを愛国者などという言葉で飾らず悔いるべきだとウィリアムは感じていた。そしてまた迷宮で若い血が流れようとしていることに歯痒く思っているのだ。
適切な要請と適切な報酬があればまた送られることになるだろう。
中国・ロシアが徒に血を流して弱体化してくれるのであればとも思うがそれは叶わぬ夢だろう。部下に情報収集を命じて執務へと戻った。
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藤堂は頭を悩ませていた。幕山迷宮を攻略すること自体は不可能ではないが損害を覚悟しなくてはならない。指揮系統の違う部隊とはいえ階級による指揮権が藤堂にはあり、衛は階級こそ藤堂より上であったが部隊の指揮権はないのだ。
練度としては藤堂の第三特警隊と第二特警隊の間に大きな差はないだろう。首都圏にある高難度の攻略はできずとも全てが高難度でない以上はレベルを上げ練度を上げることは可能なのだ。
そして、部隊間での交流は少ないが同じ自衛官である。命懸けで戦う隊員たちに隊外の隊員だからと差別するつもりもない。藤堂が悩んでいるのは煮え切らない政府の態度である。
死傷者が増えようと迷宮を積極的に攻略することを推奨することが国民の安全に繋がるのだ。迷宮から得られる利益は副次的なものであってそれを目的に迷宮を管理下に置こうなど夢想が過ぎるというものだ。
「一度、中腹まで戦線を下げさせろ。必要なら弾薬は使い切っても構わん」
幕僚本部は難色を示すだろうが命に代えられるものではない。そして、隊員たちの士気を上げるために指揮官先頭が求められている。
迷宮から魔物を溢れさせるなど悪夢だ。ただでさえ迷宮被害者たちから自衛隊と警察は目の敵にされているのだ。
「第二特警隊は俺についてこい」
「了解」
防弾処理が行われている装甲車を指揮車両として中腹まで移動する。一般の隊員たちは入口を固めるように命令を出してからだ。ボア系の魔物はどこに潜んでいるのか不明だが見当たらなくなっており、移動を遮るものはない。
銃を持つ手に力が入った隊員もいない。彼らとて迷宮を攻略してきた精鋭なのだ。迷宮はどんなに準備して侵入したとしても危険に溢れている。
古典的な落とし穴も退路を塞がれてしまえば必殺の罠となる。魔法攻撃を数発を受けることができる盾も損耗が大き過ぎて装備費用が予算を圧迫しつつあるのだ。そして、銃と弾薬の予備を製造しているラインも大忙しである。
本来であれば必要最低限の数しか製造されることは無かった。それに装備品の管理は徹底され薬莢一つ紛失するだけで大捜索を行わなくてはならない。
戦闘中に一々、回収できるものでなく危険が蔓延る迷宮内で呑気に探索などできる訳がないのである程度は黙認されつつあるが平時の訓練では相変わらずだった。迷宮が確認されてから脱柵者が増えたのは頭の痛い問題だ。
正規に辞職すれば良いものを戦闘能力のある隊員が行方不明になるのだから自衛隊として捜索しない訳にはいかない。
基地・駐屯地の近隣住民には監視の目となって頂いて有難いお言葉を頂くがそれも自衛隊にとって無視できないものなのだ。家賃が安いからと基地周辺に引越してきて航空機の音が五月蝿いとご指摘して貰える程の熱心な住民には頭が下がる思いである。
そして、災害の時には温かいご飯は被災者の方が優先されるべきであり入浴支援も同様だ。
任務に文句はないがこれだけの戦力を持ちながら言葉遊びのように頑なに軍として認めようとしない硬直した価値観が日本の衰退を招いているのだとも思う。日本は独立した国家であり、過去の過ちは認めつつも軍隊を持つこと自体に文句を言われる筋合いはないと断言するべきなのだ。
だからアメリカの庇護下から出ることもできない未熟な国家として世界に認識されるのだ。
「塹壕と防御陣地できる限り構築しろ。弾薬の移送も忘れるな。一尉、隊を選抜し民間人である田上氏を救出する」
後方からの攻撃を警戒しなくてはならないが、一般隊員の小隊によって巡回させている。魔物の再出現は行われるだろうが背後から強襲することは殆どないだろう。
休憩所が設定されていることもあるが小部屋を占拠し強制的に安全地帯を作り上げていることが多い。オークなら銃が効く。距離があればレベルを上げていない一般隊員でも対処は可能なのだ。
「藤堂だ。武田三尉、状況を送れ」
「こちら武田。現在、撤退中」
「こちらも向かっている。弾薬は気にするな。必要なら撃て」
装備は必要最小限にしている。移動スピードが求められるのであって小銃を構えながら走ることなど訓練と何ら変わりはないのだ。ただ障害物として魔物が出てくるだけで遠距離攻撃に気をつけなくてはならないだけだ。
魔法師が貴重で戦場でもないのに銃撃に気を付けなくてはならないとは思わなかったが。知性ある生き物はこれだから厄介だと思う。
どうやって銃を手に入れたのかも調査対象となっている。日本で銃を手にするのはハードルはかなり高いはずなのだ。どんなに粗悪なものでも一定以上の威力があるのであれば取締りの対象になる。
迷宮は国防上の脅威となっているのだ。安心して眠るためにも脅威は取り除かなくてはならない。土地の価値に損失を与えるとか言っている場合ではないのだ。
ただでさえ疲弊している経済が止めを刺されかねない暴挙でもあるのだ。誰だって危険は他人に押し付けたいと思う。だが、残った隊員たちを失う訳にもいかないというジレンマがある。
英雄的な死は確かに美談になるだろう。だが、救われた者は残された家族や仲間はどうなるのだ。藤堂は部下を死なせない。
ただその事を自身への戒めとして生きてきた。高校生の時に災害派遣された自衛官が自分を助けるために殉職したことを知ったのは救出されてベットで目覚めた時だった。
大きな災害を日本が襲うのは土地柄的にも仕方ないことだと割り切れたが、その時、進路に迷っていた藤堂を自衛官への道へと進めさせたのはその自衛官がいたからだった。
日本は否、世界は魔物という新しい脅威に晒されている。時代の変化に対応することも自衛隊には求められている。国防もそうだが、災害が自衛隊の活躍の場だと国民に認識されてから久しい。
だが軍なのか自衛するための戦力なのか関係なしに自衛官がどんな活動をしているのかを知って欲しい。スクランブル発進した回数を知っている国民は極少数だろうし、自衛隊の広報が足りていないのもまた事実なのだろう。
自衛官が出動するということは日本が危機に瀕しているということだ。今回の治安出動も迷宮という脅威に対しての積極的自衛権の行使に過ぎない。自衛隊が出勤しないことで被害が出ればテレビのコメンテーター達はこぞって批判するだろう。
迷宮という脅威が現れてからそう日にちは経っておらず解明していないことの方が多いというのにも関わらずだ。
そして、政府が銃刀法の改正を行わないことで批判する者たちも改正によって武器を所持できる様になった国民が重大事件を起こせば政府を批判しないでいられるのだろうか。
恐らくは自分たちの発言を棚上げし規制を緩めた政府を批判するのではないだろうか。結局の所、武器が悪いのではなく使い手が悪いのだ。
銃は確かに人や動物を殺傷するために生み出されたのかもしれない。だが、多くの命を奪うと同時に守りたいものを守ってきたはずだ。小さな子供や女性でも体格は関係なしに引金を引く力さえあれば使うことができる。
覚醒者となって得た力も同じだ。超人的な力に酔うことなく正しく力を使えるのであればこれほど頼もしい力はないだろう。仲間が去っていくことは残念であったがそれぞれの人生があり、その選択を尊重した。
藤堂の部下は退職率はそこまでではなかったが精鋭部隊であって一般の隊とは役割が違うのだからと言う部分に助けられているのだろう。意思は尊重したいが辛いものは辛いのだ。
そして、大暴走が起こることによって失われる命を考えれば決して油断することなどできない。
藤堂は力を得たが日本という組織の支援があったからこそで増長する隊員には現実を知らしめるためにも樹の協力は不可欠だと考えていた。民間人でも強いものはいる。それは意志の強さでもあると思う。
迷宮帰還者の多くは日常生活に支障がでるほどのPTSDを発症しているものは多く、生き残れること自体が奇跡なのだ。失踪宣告がなされた者の中には迷宮で死亡して取り込まれた者も多くいると推定されている。
難易度もそうだが、魔物を倒すことでしか生き残れない現実を受け入れ行動し生還したのだから尊敬をする。もし装備もなしに迷宮に放り込まれた場合、藤堂でも生還できるかは分からないのだ。ゴブリン程度に負けてやるつもりはないがそれでも万が一ということはあり得る。
中腹に辿り着いた時には既に戦闘は終わっており後始末をしている最中であったが、やはり切り殺された魔物は目立つ。自衛隊の方針としては近接格闘を極力は行わないことになっているのだ。
藤堂だって自慢ではないがナイフ一本あればゴブリンの死体を量産することは可能だ。だが、生き残ることを優先するのであれば銃撃した方が効率が良いのもまた事実なのだ。少しの傷が致命傷にならないと断言できる者はおらず安全マージンを嫌というほど取っていても死ぬ時はあっさりと死ぬのが現実なのだ。
「武田。春日隊の撤退支援だ。寺尾は悪いが狙撃支援を。白井は周囲の警戒と撤退路の確保」
藤堂の命令によって機敏に動く自衛官たちに迷いはない。そう鍛えた藤堂には当たり前の風景ではあったが隊が消耗戦に耐えられるかは不明だった。声の届く範囲であればバフが乗るらしい。
経験として理解はしていたが樹の鑑定によってスキルの詳細を知れるのであれば藤堂が個人的に雇っても良いくらいだ。ろくな事をしない政府だったが樹を雇用したことは一定の評価はできると藤堂は思った。
山頂を見る藤堂の目は厳しく、部下たちに命令を下すのであった。




