十五話
ルーチンとなりつつある魔力操作を終え食事に呼ばれたためにリビングへと移動する。迷宮核は樹と一体化しており、迷宮を設置するまでは分離は不可だが、分離した後に一体化することも不可能である。
このままDPを貯めていても何れは限界が訪れオーラや魔力を無駄にすることになるだろう。冒険者から奪い糧を得る前提なのだから迷宮経営は難しいものとなるだろう。難易度が低すぎれば簡単に攻略されてしまう。
変異種だったからこそ難易度が高いとも言えるがゴブリンだけしかいない迷宮ならばある程度のレベルさえあれば攻略は難しくないはずなのだ。冒険者からオーラや魔力を吸収してDPに変換することも可能だが魔物を用意し通路を作り宝箱を設置しなくてはならないことを考えれば赤字となるはずである。
高位冒険者からしてみれば低級迷宮に旨みはない。生きていくのにも金はかかり武器・防具のメンテナンスは命に直結するのだから手を抜けるはずもない。そうなると実力に合った迷宮を探索するか安全マージンを取って一つ下の等級にするか、また一つ上の等級で金と実力を得るかはその冒険者の考え次第となる。
なので樹が目指すべきは早急に迷宮をD等級に上げることになる。初心者を抜けて一人立ちするレベル帯が最低基準になる。初心者を相手にするのは旨みが無さすぎるのだ。無論、低級冒険者がいなくなれば中・高級迷宮に挑む者がいなくなるためにバランスは大事であるが迷宮主が支配できる迷宮は一つだけではない。
いずれはコンビニ経営の様に複数の迷宮を支配して不労所得を得たい所ではあるが現時点では夢のまた夢である。ランドマークが迷宮化しやすい傾向にあるが有名であるほど高位の迷宮になる傾向が強いらしい。
富士山と樹海が迷宮化した【富士迷宮】はフィールド型でありその難易度はC~Bであるとされている。普段から迷路みたいだと言われていた東京駅も迷宮化したのはかなりの痛手である。【東京駅迷宮】は迷宮型であり、現在も攻略中である。
Dランク以上であると推測され迷宮となった日に最も被害が出た場所でもある。企業戦士であっても魔物と戦える人は一般人ではないし多くの人が犠牲になりかけた。
ただ迷宮が発生した瞬間に謎の力が働いて迷宮外に放り出されたことによって被害は最小限に抑えることが出来たのは不幸中の幸いであった。沈静化するまでに転倒事故で発生した負傷者。中の様子を確認しようとした警備員が最初の犠牲者になったことで混乱は加速したのだ。
Eランク以下の迷宮は確認されていたがそれ以上の迷宮は確認されていなかった。覚醒者の数が引鉄となって迷宮化したのではないかと推測されるが日本の交通機関の心臓部である東京駅が使用不可になったことによる経済的な損失は計り知れない。
車での移動には時間も人数の制限もある。交通網が麻痺するだけで物流は滞り人々は買占めに走る。トイレットペーパー騒動の時もそうだが日本製であり多くの在庫があるのにも関わらず買占めに走ったのは群衆心理もあるだろうがマスコミの報道の仕方にも問題がある様に思える一件である。
インフラだエッセンシャルワーカーだと囃し立てる人もいるが運送業やコンビニ・スーパーの店員を下に見ているからこそ自分達が困らない様に持ち上げるのだと思った樹は歪んでいるのだろうか。
政府はコロナ対策以前から国民の信頼を失っており前総理は薬が良く効いたらしく体調は快方に向かっており総裁選にも意欲的らしい。東京駅迷宮を攻略する意義は理解できるが多くの自衛官を投入して徒に損害を出してもその責任は取らないのだ。
警察官は治安維持へと振分けられ迷宮を攻略するのは自衛官がメインとなるのは致し方ないと理解はできるが不要な犠牲は出すべきではない。
迷宮対策課に配属された警察官の多くが自衛官に帯同して迷宮に潜ってはいるがやはり自衛隊の精鋭と比べると見劣りするのは事実である。紬さんも迷宮対策課への異動の辞令が下っており、藤堂さんと話すのは迷宮を知る上で絶好の機会となるだろう。
ただ辞令を断ることが不可能な状況下で警察官や自衛官を退職する人達が出ているのも深刻化はまだしていないが上層部の頭痛の種であることには変わりはない。
職業として選択しているのであって危険や待遇が給与に見合わないのであれば退職するかはその人次第となる。崇高な使命感を持っている人ばかりではないのだ。義務を果たす代わりの給与であり、公務員だから税金で食っているのだからと批判するのであればその人がなれば良い。
人手不足なのだから歓迎されるだろう。公共性が高いのだから待遇を良くしろと言う人もいるのかも知れないが、そういう人には資本主義・民主主義・貨幣経済をよく勉強することをお勧めする。同じ公務員でも非正規職員であれば任期雇用であり地位も不確かなままで給与も低い状態で働いている人など幾らでもいるのだから。
ただ待遇がそのままで良いとは言っていない。団体交渉をするなり転職するなりは本人の自由である。そのための職業選択の自由である。接客業は他の職種に比べると下に見られる傾向があるがそれもある意味では仕方がないことだ。
ある程度やることは決まっており、言い方は悪いかもしれないが高校生のアルバイトでもできる仕事が多い。それが嫌ならば資格を取ってキャリアアップしていくしかないのだ。だから樹も先の見えないコンビニ店員を辞めて将来性はあるかもしれないが命懸けである冒険者になることを決めたのだ。
政府は知ってか知らずか樹が冒険者資格取得の申し込みをした時点で倍率が高いのに受験資格を与えてきた。わざと初回を外したのにも関わらずである。政府としても有望な人材を手放すつもりはなく父を通して迷宮警察へ入ることすら打診してきたのだろう。
父の一佐という階級は年齢を考えれば遅いとも言いきれない。陸将補・陸将が狙える位置におり、迷宮での功績を残せば昇進も有り得るのだ。視力の落ちていた樹であったが回復したのは良い事であった。
戦闘をするのであれば動体視力は必要で眼鏡やコンタクトレンズをしていない方が不測の事態に陥る可能性を低くできる。膝や腰も痛めていたがそれも支障がないくらいに回復したのも良かった。これからは身体が資本になるのだ。冒険者は肉体労働者と言っても過言ではないだろう。
いずれは企業と専属契約を結ぶ冒険者も出てくるだろうが注意は必要だと考える。専属契約と言っても所詮は業務委託契約に過ぎないものに落ち着くと予想される。業務中の怪我なのだから労災を申請したとしても却下されるだけだろう。
契約に負傷時の補償を盛り込むことはあっても特殊な職業であるために予算の関係もあって認定されることはほぼないと思われる。良い様に使われないためにも労働者も法律を理解するべきなのだと樹は実感していた。
迷宮主が個人事業主であるのであれば配下の魔物は従業員だろうか。使用者にとってブラック企業は必要であるが労働者の立場からみればブラック企業はやりがいや労働力を搾取する敵である。立場が違えば見え方も考え方も変わるのは仕方がないことであり、対抗するためには知識が必要なのだ。
樹がいたコンビニ業界もそうだ。フランチャイズ本部からしてみればオーナーもその従業員も搾取する対象でしかない。コンビニのシステム自体が儲かるのであれば直営店だけで経営すれば良い。
オーナーを挟むことで利益は分散し収益性は下がるのだから必要がないとも言える。それをしないのは直営すると儲からないからである。商品を仕入れ、開発し、経営を指導する。
その対価であるロイヤルティが必要なのであってオーナーや従業員が欲しいのではないというのが本音だろう。それは殆どのフランチャイズシステムにも共通して言えることであると思う。
だからこそ人件費を削り従業員を酷使する企業が存在するのだ。ただこれが上手く行っていたのは終身雇用制度があり、将来の賃金が上がると信じられていたからだ。今はどうだろうか?終身雇用制度は崩壊し雇用の流動性も高くなった。
企業としては賃金が高く成果に見合ってない人材を切りたいがためにリストラをし若い労働者を安価で使いたがる。そして政府は派遣法を改正し流動性を高めたのにも関わらず年金施策の失敗から定年年齢を引き上げ年金が貰えるまで働いて下さいと個人に押し付けるのだ。
上手くいくはずもない。少子高齢化政策に関しても親の収入によって利用できる制度を限定するべきではないのだ。高収入ということは国に多くの税金を納めているということであり本来であれば教育にお金をかけられる人でもある。
無償化の対象外や各種手当の対象外となって働くモチベーションを保つ方が難しくなり若者が役職につきたくなくライフワークとのバランスを考えてほどほどに働きたくなるのも頷ける。
《規定DPポイントを満たした為にG級核へと昇級が可能です。昇級しますか? Yes or No》
案内人の声が頭に響いて驚いた。最大DPまでまだ余裕がかなりあるはずであり一万DPほどしか貯まっていなかった筈なのだ。H級迷宮核に貯められる最大DPは五万でありそれが多いかと言えば少ないと思う。
魔物以外にも設置しなくてはならない物は多く魔物に装備させることを考えればコストはうなぎ登りになる。最大コストと最大貯蓄DPが同じ値かは分からないがまだ迷宮を設置する予定のない樹にとって等級を上げても問題にならない。
DPが足らないのであればまた貯めるだけであり、どちらにしろ拡張するためには必要になるからだ。レベルが上がれば一日に貯められるDPも増加するかもしれない。消費が多くなってDPに回す余裕が無くなる可能性もあるがそれはその時にならなければ分からないだろう。
Yesを選んだことによってG級に上がり最大コストと最大貯蓄DPも増え生成できるアイテムも召喚できる魔物の種類も増えた。
「オープン」
G級迷宮核 五十三/十万
召喚可能魔物
ゴブリン♂/♀
ゴブリンアーチャー♂/♀
ゴブリンスカウト♂/♀
ゴブリンソード♂/♀
生成可能アイテム
木の罠
鉄の罠
初級回復薬
初級魔力回復薬
棍棒
鉄の短剣
鉄の長剣
木の弓
木の矢
鉄の矢
鉄の槍
木の盾
鉄の盾
グリーンリーフ
マジックリーフ
リコの実
最大コストも増えて新たに出来ることも増えた。DPとの兼ね合いもあるが積極的に等級を上げるのは急務なのかもしれない。ただ、迷宮を設置しなくては召喚も生成も出来ないのでそんなに便利なものではない。
それと迷宮主は自身の迷宮においてステータスが上昇するらしいのだが、それもまだ体験していない。今は立地を決め、そのためのDPを貯めている所なので不満は少ないが、本格的に迷宮を経営するとなれば最初はブラック企業も真っ青な労働環境であることは覚悟している。
労基も政府も守ってはくれないだろう。報酬が少なければ諦めなくてはならないのかもしれない。それでも使われて捨てられるだけの労働者よりは良いと樹は考えていた。
翌日、昼に紬さんと藤堂さんが実家へとやってきた。運動が出来るスペースは外にしかないが、それでも軽い組手をやろうと提案され受けることにした。紬さんも覚醒者となっているみたいだ。藤堂さんは当然ながら覚醒者でステータスを見る限りでは父と同系統であることが伺えたが、防御型というよりは万能型に近いステータスをしていた。
ばれているのならと二人にも重要な部分は伏せて鑑定スキルを持っていることを打ち明け鑑定させてもらったのだ。紬さんに関してはまだ潜り始めたばかりなのだろう。そこまでステータスも高くなく、十レベル前後だろうか。
藤堂さんに関しては恐らく三十レベル近いのではないかと予想している。そしてファーストジョブ枠が解放されたのは十レベルであると告げた。案内人にも個性はあるのだろうか。
それとも迷宮に潜る人が多くなったことで案内の精度を下げているのだろうか。父を含めた三人の話を聞くとレベルアップ毎のアナウンスはないらしい。もしかすると鑑定眼が様々な情報を知る上でアクセスした情報を拾っているのではないかと推測した。
低レベルだとまずは近接格闘をしなくてはならないらしい。弓術を持っていないのに弓で攻撃できるのは何故か疑問に思ったが、予測ではステータスとスキルを参照して一定以上の攻撃力を持つ兵器を無効化しているのではないかと言われた。
スキルを持たない非覚醒者が作ったものにも攻撃力があるのは既に樹でも確認済である。そして、STRやDEXを参照していても不思議ではない。上達すればスキルを習得するのも辻褄が合う。
非覚醒者を鑑定してもこの力を与えた存在が認識できないということで結果が分からないというのであればステータスやスキルが分からないというのも納得できる。
正直に言うと組手などしたくはない。藤堂さんは昔から自宅に招かれていたことは確かだが多くの自衛官のうちの一人といった感じで特別に親しいとは思えないからだ。父と違い自衛隊に入隊することを勧めてくるのも避けていた理由の一つだろう。
体育会系には上手く馴染めないのだ。陸上をやっていた時は個人種目だったために先輩・後輩の付き合いはあっても深いものではなかった。
自衛隊で一人で完結することなどないし先ず集団生活に慣れるとは思えなかった。運動をすること自体は嫌いでは無かったのは事実だが、敬遠していたのもまた事実だ。楓のことが無かったら今でも紬さんに武術を教わろうともしなかっただろうし疎遠になっていただろう。
「樹くん。いつでも来たまえ」
相手の方が上背があってさらに筋肉質だ。ステータスが向こうの方が上であり勝てる見込みは気闘術を使った不意打ちのみだろう。手の内を明かすことをしたくはない。実力を証明する必要はあるが目を付けられるのは御免だからだ。
実際の所は父に納得してもらう必要はない。これでも成人しているのだから心配してもらえるのは有難いが行動を制限される謂れはないのだ。
「行きます」
藤堂さんには隙はない。サバイバルナイフで魔物を殺しまくったのは藤堂さんのことだ。迷宮内でも電子機器は使え自衛隊の活動を広報するために撮影は行っていたが部外秘となったのは記録としては有用でも血液などが辺り一面に撒き散らされる動画を一般に向けて公開できなかったからだとされている。
攻略の内容で他国に情報が漏れるのを嫌ったというのはあるだろうが国民の理解が必要な自衛隊において情報を全く出さないという訳にはいかないために訓練風景は公開されることとなった。覚醒者に対する警告の意味も含まれているのだと思う。
上には上がいることを知らせておかないと非覚醒者の警察官が危険に晒されることになる。拳銃の使用は慎重に行われるべきだ。非覚醒者か覚醒者かどうかは見た目では判断できない。
樹のように鑑定スキルを持っていればまた別だが、まだ覚醒者の方が圧倒的に少なくスキル取得の方法は確立されていないのだ。覚醒者を鑑定しても自分のBPは確認できても他人のまではまだ分からない。
スキルのレベルを上げれば分かるものなのか。それとも出入口にある端末を操作すれば分かるのかは不明だった。激闘を制した後で消耗しきっていたのだ。迷宮主として必要とは分かっていても確認するだけの体力は残っていなかったのだ。
フェイントを交えて接近しても動く気配はない。ゴブリンであれば簡単に引っかかってくれたが、現役の自衛官を騙せる程ではないということなのだろう。これでも非覚醒者であれば認識できるかどうかといったくらいのスピードは出でいる。
父は視認できているようだが紬さんに関しては遠くから見ていなければ見失っているのだろう。気を纏った攻撃は危険だ。視ている限りでは迷宮の自動防護の様に固定されており、意識して動かしている気配はない。
藤堂さんも気闘術を習得しているのだから何時でも使ってくる可能性はあるが様子見をしているのだろう。一撃で決めてしまっては実力を知ることはできない。それは今回の組手の主旨からは外れるだろう。
蹴りや拳を繰り出してみても受け止められ藤堂さんの攻撃は重い。防御できているのはまだ本気になられていないからだ。少しずつ纏う気の量を増やしているのだが樹もまだ完全に気をコントロールできてはいない。
身体にはだいぶ馴染んできているとは思うが、気闘術は体力をかなり消耗する。短期決戦用の切り札であり魔闘術も同じだ。水魔法の精度を上げようとしても魔力はまた気と違った操作方法が必要となるために使い分けるのも大変なのだ。
魔力孔を広げるのにも多くの時間を必要とし気を使うときには魔力孔から気が漏れないようにしなくてはならない。魔力を操作しているの時には無意識下で開閉ができるのだが気の時は気をつけないと漏れるのだ。感覚的には大きな違いは無いはずなのだが注意は必要だ。
魔法の燃料となる魔力がなければ発動はできない。また気を使おうとして魔力を使ってしまったのであれば味方を誤射する可能性がでてくる。詠唱をしなくとも魔法は発動できるし詠唱する必要がないとも言える。現状では感覚で使い方を学ぶしかない。
スキル書が発見されたという情報は聞かないしBP以外を用いて魔法を取得する方法を樹は知らない。気闘術もBPを使用して金剛を習得したからこそ使えるようになったのであってそうでなかったのならきっかけを得るために時間がかかり未だに習得できていなかったと思うのだ。
金剛でまずは気の感覚に慣れる。身に纏う感覚さえ慣れてしまえば任意に動かせるようになってくる。防御の高い部分と低い部分を意識的に均等にするのは時間がかかったが片手間にとはいえ三週間もやっていれば慣れてくる。
本当に感覚的な事なのだが気闘術は物理に魔闘術は魔法に特化している。完全に同じ量にする技量はまだないが魔法攻撃を防御するのなら魔闘術。物理攻撃なら気闘術と使い分けた方が受けるダメージは少なくなるような気がするのだ。気闘術で魔法を受けても防御はできるが効率的ではない。逆も然りである。
レベル差もあるが実戦経験のある自衛官に勝てると思う方が間違えだと樹は思う。気を上乗せしても基礎のステータスが違うのだから強化率も異なる。一番の問題は攻撃できる隙がない。これに収束される。金剛を使えば倒すことは不可能ではないのかもしれない。ただ、倒してしまうことも問題になるために健闘したということを父に示す必要がある。
纏体によって身体全体に集まる気は気闘術を習得しているのであれば見破ることは可能だ。そして、藤堂さんは気の流れから習得していることが予測できる。気闘術のレベルが上がれば強化率も上昇するためにレベル差を覆すことも可能だろうが樹の素のステータスが低いこともあって打開策は見つからないのだ。
「樹くん。攻めてこないのならこちらから行かせてもらう」
樹のガードの上からの攻撃ではあるが衝撃は強い。非覚醒者であるのなら打撲になっていただろう。鑑定眼によって見える気の色は白色だった。属性を持たない気は無色であるみたいで魔力を水色に出来るようになった樹でも気の色を水色に変化させることはできないのだ。ちなみに金剛を発動中の気の色は金色で攻守に優れた気となる。
藤堂の繰り出した拳がついに樹の頭を捉えた。ガードを弾き飛ばした上での痛打である。格上が相手だとはいえ諦める理由にはならない。魔物が常に格下であるとは言えず、また樹には変異種を倒した経験がある。それにこれはあくまでも模擬戦なのだ。胸を借りる立場の樹が簡単に諦める訳にはいかない。
そして、樹にはまだ切り札がある。武技を行う上で重要なのは現象を理解し、再現することだ。鉄拳も拳に気を集中させて繰り出す気闘術の纏部に過ぎない。迷宮の中では気を知覚できる藤堂であっても迷宮外では知覚できない可能性はある。纏体を行っただけでは気の流れを知覚することは難しいからだ。
鑑定眼の凄い所は人物やアイテムだけでなく、気や魔力を知覚できる所にある。そうでなければ一般人でしかなかった樹が一ヶ月でここまでスキルを上手く扱うことは出来なかったと断言できる。気や魔力の強弱で次の行動が分かるまでにはなっていないが成長が楽しみなスキルである。
気の動かし方にも人によって癖はあるらしく藤堂は上半身に対する警戒が強いが下半身にはそこまで気を配っていないらしい。蹴りを繰り出すもガードされていることから全くしていないと言う訳では無いみたいだが突ける隙といえばそこしかないのだ。
これが誘いである可能性も高い。隊長が一番強い必要はないが隊員に舐められないくらいの強さがないと部隊として十全に機能しないからだ。
攻防に打開策がなくなり、紬の声によって模擬戦は終了することになるのであった。




