十三話
笠野は安堵のため息を吐いていた。前総理大臣の失政もあって有権者の眼差しは厳しい。東京都知事選に候補者を連立で送り込んだが、落選しており衆議院議員総選挙が一年後に控えていることもあって国民の支持率は気になるのだ。
むしろ、政治家は己の利権と議席確保のためなら嘘を平然とつけるようでないと務まらない。政界と財界は密接な関係にあり、迷宮が出現して国民に被害が出ているのにも関わらず、迷宮から産出されたアイテムに価値があると分かると開放を嘆願という名の命令をしてきたのだ。
党員という支持層もそうだが、企業の組織票というのは侮れない。当確線上にいるものもそうだが、確実に当選したければ縋るしかないのだ。比例代表制で自身の議席を確保しているものはまだいい。だが、派閥の領袖にとって自身以外にも気を配れねばならないことは多い。
内閣総理大臣の椅子も党に長年、貢献し時勢をみて貧乏くじを引きたくがないために回ってきたに過ぎないが、私が総理大臣であるということには変わりはないし、責任はあると考えている。
政治の世界を覗けば理想だけで実現できるものなど何もない。汚い仕事も平然とこなし、発覚した際には秘書が勝手にやりましたと言えるぐらいの厚顔無恥さを発揮しなければそもそも議員など続けられるはずがないのだ。
我が党が日本の政権を担っているのは国民の政治に関する無関心さが助けている。不祥事が起きた際にはマスコミや国民は騒ぐが本質的には無関心であることには変わりはないのだ。少子高齢化問題についても人生の佳境に入りつつある私たち高齢者は逃げ切ることは可能だし、何より若者の為に政策を実行しても旨みがないのだ。高齢者の母体数が大きいというのもあるが、政治を批判するのに選挙にいかない若者は多い。
選挙に行くのが高齢者ばかりなのであれば老人が得をする政策を実施するのは当然のことだ。医療費による財政の圧迫が叫ばれ新型コロナウィルスによって無駄な医療費が使われていたことが露見したが、国民皆保険制度は国民が認めた制度であって病院の利用頻度や重症度によって損得がでてしまうことは仕方がないことなのだ。
それが嫌なら選挙に行くしかないが、現状を変えるのには至らないだろう。現状を変えられると困るもの達によって阻止されるからだ。
そして、迷宮の出現は奇貨である。労働者人口が減る危険性を多分に孕んでおり、高齢化社会を加速させる可能性が非常に高いが、若者にとって絶好の機会であることもまた違いはない。
命を掛け金とし、莫大な財産を築く可能性はあると思うが本音を言えば日本の諸問題の根幹となっている高齢者を一掃してくれないかとも思う。当然、私たちのような国を担うもの達が対象である必要はなく、生活保護に縋っている老害どもが対象だ。
それに財界の声と国民の声に答えた形で迷宮を解放すれば死者については自己責任となるのだ。出現を聞いたときには頭を抱えたものだが、悪いことばかりではないと感じる。回復薬の存在は画期的であり、歳を取れば大なり小なり不具合が出てくるものだが、現代医療を凌駕する可能性を秘めているのだ。
自衛隊が犠牲を出しながら獲得した回復薬は初級のものでも疲労回復効果は市販されている栄養剤などと比較にならないほどの性能を持っているらしい。
擦り傷、程度の軽傷であれば時間をおけば回復し、覚醒することによって超人的な能力を得ることも可能であった。生物を殺すことに抵抗のあるものも多いだろうが、この先にどんな怪我や大病をするかは分からない。
覚醒さえしてしまえば回復薬、本来の効能を発揮することも可能で不祥事の際に入院して雲隠れする手が使えなくなることは痛いが余りある恩恵があると言えた。
前政権の政治資金汚職が発生し、前法務大臣夫妻が逮捕されるなど問題が多く発生していたが、これは支持率向上への福音であるとさえ思えてきたのだ。内政もそうだが、外交問題も頭痛の種が多い。お隣の国、韓国は条約も守れないような国だし、中国を発端とする新型コロナウィルスやウイグル地区での虐殺などアジアは問題を抱え込んでいる。
しかもロシアは北方領土問題について前向きに検討してきたはずが、法律によって領土問題の解決を困難にさせてくる有様である。米国も世界のリーダーとしての地位を守るために数々の紛争に派兵しており、疲弊している。
寝る間を惜しんで活動していもそれを知らない国民は呑気なものである。総理大臣の重責は決して軽いものではなく、上級国民と蔑まれようが職務を果たすしかないのだ。
コロナ自粛は国民にお願いしていることだが、国会議員が人と会わなくてどう活動すれば良いというのだ。確かにキャバクラに行く必要はないが会食で決まることは軽視できない重みを持つことがある。それを国民には理解して欲しいものだと思う
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樹は訓練を続けながらもコンビニのアルバイトを辞める準備をしていた。準備と言っても代わりに入ることになる店員の教育であるがそれも本心をいえば必要のない事だと思う。数年間、働いてきたが責任感の有無の違いはあっても高校生でもできる仕事内容でしかなく、オーナーは発注などの業務を任せることは無かったので引継ぐ内容すらほとんどないと言って良い。
それでも雇ってもらったという手前があるために最低限のことはしてこの職場を去ろうと思う。コロナウイルスの対応をみていて気持ちの良いものではなかった。
休業補償を出す余裕がないのはまだ理解できるが政府の行っている支援の利用も従業員まかせで普段からマスクをすることもない。それは体調が芳しくなくてもだ。昔の人だと言ってしまえばそれまでなのだろうが、経営者としての資質もないのだろう。
おおらかな人ではあったが、お互いに都合の良い様に利用しあっていただけであって義務以上のことをしようという気にはなれなかったのだ。
冒険者になると知って忠告をしてくる同僚もいた。同僚と言ってもほとんどが主婦層であり、家庭を持っている人が多いからこその諌言だった。父親が自衛官であることを知っていても幹部自衛官であることを知る人は少数派である。
代々、受け継いできた土地を持っているとはいえ田舎の山にそれほどの資産価値はなく、管理する手間の方が多い負動産であることが多い。流石に自宅の土地まで入ってくる人には注意するが昆虫採集にきた親子を注意するほどまでではなく、私有地であることを知らせマナーを守っていれば何かをするようなことでもないのだ。
コロナ自粛によってソロキャンプをする人が増え、私有地に入ってくる人も増えたがそういう人にはお帰りを願っている。火の不始末で山を燃やされてはたまったものではないし、山林火災も現実として起こっている。
実家には現状では母しか住んでいないし、在宅者を狙っての詐欺も多発している。本当であれば一緒に住んだ方が良いのだろうが、フリーターをしていることで折り合いが良いとは言いきれないのだ。そして、今日は家族会議の日であった。
父、衛は冒険者になることは反対らしい。そりゃそうだ。もし、自分が結婚して子供がいるなら危険の少ない職業に就いて欲しいと願うのは理解できる。ただ世の中にはブラック企業は無数にあるし一度、就職してしまえば安泰というのは過去のものだ。
過去に大泉総理大臣と総務大臣をしていた里中太蔵によって派遣法は改正され、雇用の流動性を確保できたといえば聞こえは良いが、要は企業に都合の良い様に使われ捨てられる従業員が増えただけで一億総中流がほんのひと握りの富裕層と圧倒的大多数の貧困層へと分断されただけである。
その失政の責任も取らずに子や孫世代にに負わせ自分たちは逃げ切ろうとしているのだ。派遣会社の会長をしている里中は自分さえ良ければ良いという性格なのだろう。年金制度自体が崩壊しており、高齢者一人を一、一人で支えなくてはならない時代がすぐそこまできているのに有効な手段を模索すらしようとしないのであれば自衛のためにお金を消費しなくなるのも当然だと何故、分からないのか。
しかし、無難に辞めようと思っていたことも水泡に帰した。オーナーが突然、同僚を解雇すると言い出したからだ。オーナーに対して不満を抱いていたのは知っていた。労働災害の手続きをするか国民健康保険の傷病手当の申請をするか迷っていたそうだ。
結局の所は手続きの煩雑さを嫌って国民健康保険の方で手続きしたが、オーナー夫妻が直前にコロナに罹患していたこともあってその期間の休業支援金・給付金の申請をしようとした時に雇用保険に加入していないことを指摘したのだ。
樹としては週二十時間以上の勤務時間があって加入しないのは違法だし、有給休暇を一度も取得したことがないのも違法だから同僚を庇いたい気持ちはある。労働基準法二十二条により解雇理由証明書をオーナーに請求することをアドバイスしておいた。
本来であれば解雇通知書を渡すのがトラブルを避けるために必要なはずだが、それすらもしようとしないオーナーには不信感しかないのも事実であった。解雇理由証明書を見せて貰ったのだが、夜勤帯の従業員が一緒に入りたくない。
夜勤帯の従業員に辞められると困るから。また休憩時間以外にも喫煙しに職場を離れた職務専念義務違反などが羅列されており、同僚は解雇を口頭で伝えられた際に有給休暇を消化する旨を伝えたらしいのだが、それも解雇理由にするなどオーナーの謎主張が目立ったからだ。
雇用主には雇用条件通知書を渡す必要もあれば十人以上の従業員がいる場合、就業規則を周知し労働基準監督署に届ける必要性があるのだが、それすらもしているか不明だ。全般的に労働基準法に対する遵法精神がないのだ。
だから同僚を応援したくもなる。職を紹介することは出来ないが、アドバイスくらいはできるだろう。これでも社会人としての経験はある。期間としてはとても短いが無駄ではないだろう。
同僚も労働基準監督署に相談に行っており、公共職業安定所にも相談に行っているのだから一人よりも二人の方が信憑性も高く労働基準監督官は特別司法警察職員になるために労働関連に関し捜査・逮捕権を有しているために申告・告訴も出来るだろう。
証拠としてはやはり勤怠記録・給与明細が主になる。また、オーナーとコンビニ本部には労働契約はなく、コンビニ本部と店舗従業員にも直営店でもない限りは雇用関係にはないが、世間への体裁というものがありフランチャイズ本部は加盟店への指導するきっかけになる可能性は否定できないのだ。
労働基準法の違反の多くは半年以下の懲役または三十万円以下の罰金となるが、大企業にとってたいした金額でなくとも個人事業主となるオーナーにとっては痛手であり、フランチャイズ契約を解除されるリスクを考えれば割に合わない筈なのだ。
労働基準法違反を申告した従業員は法律の上では守られるべき存在だが、実際は報復に遭うことが多い。この場合、普通の感覚を持ったオーナーであれば有給休暇を消化させて会社都合での退職にするはずだがそれを期待するのは間違っていると樹は思う。
どの企業でもそうだが、従業員も潜在的な顧客としてみなし、採用面接にきた場合でもトラブルにならないようにお帰り願うのが普通で、明確な法律違反をしない限りは従業員も同じ扱いをする。
オーナーに喫煙は黙認されていたし、口頭の注意を訓告として懲戒免職の理由にするかは判断が分かれるところである。同僚も仕事をしていないのではなく、仕事が終わったうえで喫煙をしているし、同じように喫煙をしていた樹も口頭で注意をされたことがあっても解雇まではされていないのだ。
客観的にみて処分の妥当性に疑問符が生じてしまうのは致し方ないことだ。本部の経営指導員に対してもコロナの対応で不信感があるが、顔を立てておく必要はあるだろう。
コンビニ本社のホームページにはコンプライアンスとして労務相談窓口の設置が堂々と書いてあるが、そんな冊子を見たこともないしオーナーの対応にも臭いものには蓋をする。だが、労働基準法違反での申告であれば話は別だし対応してくれると願いたい。
あくまでも労働基準監督署は無料で利用できる公共機関であるが、法令違反に関して申告監査を行うことはできるが対応できるのは明確な法令違反があったときのみなのだ。
雇用条件が異なる残業代が支払われないなどは労働審判を行うか、民事訴訟を起こすしかないのが現状であり、労働基準監督署も申告や告訴をなるべく受けたくないというのが本音である。定期監査も申告監査も査定の対象になるのは同じ一件であり、評価は変わらない。
特別司法警察職員として検察庁に送検するのも年に数回あれば良い方で手続きに精通しているとは言い難いのだ。それでも樹は同僚のために何かができるのではないかと精力的に動いた。
警察官であれば伝手はある。そして、労働基準監督署も上手く使えばお互いにとって幸せな結果を手に入れることは不可能ではないのだ。同僚もここまでされて働き続けようとは思わないだろう。コロナ禍で売り手市場から買い手市場へとなったが職は選ばなければ四十歳を超えていれば難しい部分もあるが二十代・三十代であれば求人はある。
やはり慢性的に人手が不足している介護職や運送業がメインとなってしまうが、無職であり続けることができるのであれば就職する必要もないのでどこかで妥協は必要となるだろう。樹がなる冒険者にも興味を示したがそこはやんわりと断っておいた。
同僚は非覚醒者であり、死ぬかもしれないという覚悟を持つほどではなさそうだったからだ。顔見知りだからこそ安心できることもあるだろうが、トラブルになることも多く、命懸けなのだ。
一人よりもチームの方が生存率は高くなるだろうとされているし、協会もチームで迷宮攻略することを推奨している。そして、ランク制度の導入も既に決定され周知されている状態である。
現時点で覚醒者か非覚醒者かの違いは意外と大きいものであると樹は考える。闘気と魔力を制御する術を身につけるのが冒険者として成功するために必要不可欠であるからだ。
オーラは本来、人に備わっている力だと実感する出来事があった。警察官だとしても全ての人が迷宮対策に駆り出される筈もなく、普段通りの治安維持活動に励む警察官も多い。未だ鑑定を察知されることはないと思っているがスキルがあるのだ。
察知されることを前提として動くのは当然の配慮であり、スキルの実験を通じて多くの事が判明している。例えばプロ格闘家の一部には非覚醒者であってもオーラが見えることで指導を行っている。
警察官の一部にも見られた現象でわざわざ覚醒者であると触れ回る必要はないが、今の世間の関心は迷宮・魔物に集まっており、強くなれる可能性があるのであれば試す者も出てきても不思議ではないが、非公表にする理由も特にない。
魔闘術で正式に武技として纏体が表示された時には驚いた。これはスキルの補助を受けなくとも発動できるようになったということでゲームで言うところのアクティブスキルに該当するのだろう。だが、いくらゲームみたいな世界が現実になったとしても覆せないことがある。
それは、この世界では死んでしまえばそれきりでゲームのようにリセットできないことだ。樹の心配もそれだけだ。どんなに努力して夢を叶えても死んでしまえばそこまでであり、樹は理不尽な死を不幸を許容しない。
会社を辞め心療内科に通っていた時も父も母も樹を責めることはなかった。能力不足があったのかもしれない。人間関係の不和も多すぎる残業時間も心身を蝕んでいたが、それでも立ち直ることができたのだ。
迷宮や魔物の存在は弱き者にとって過酷な存在だ。そして、どこかで今も泣いている人がいるのだろう。それを思えば迷宮主になることは確かに人類に対する背信行為と言えるだろう。それでも樹には守りたいものがある。
父、衛の様に国を国民を守るなどという大それたことは出来ないが顔見知りくらいは守りたいと思っているし、家族やお世話になった人を見捨てることなどできないのだ。
樹は煙草を吸う。父に会うことは思ったよりも心理的負担になっており、成人しているのだから許して貰う必要もないが、それでも理解はして欲しいと思う。知り合いにはメンソールなどよく吸えるなと言われるが、最初に吸った煙草はメンソールだし家族の中で喫煙者が自分しかいないのは肩身が狭い思いをするが、それでも習慣となってしまっているためにやめることもできない。
実家は山中にあり、田舎の中でも特に不便な所にあると思う。スーパーは思ったほど遠くはないのだが、傾斜のきつい山道を歩く為に自然と体力がつく。そうやって子供時代に体力をつけたはずなのだがやはり体は鈍っているのか覚醒するまでは辛く感じることもあった。
子供の体力は低いのかもしれないが回復力は高い。日常的に体を動かすのが子供の仕事みたいなものだ。それにうしろめたさがあるから足を鈍くしているのかもしれない。
父は樹を自衛官にさせようとはしなかった。むしろ実情を知っているからこそ勧めなかったのかもしれない。衛が自衛官になった時代と今では国民の理解も異なる。確かに違憲な存在なのかもしれない。だが、日本は災害の多発する国であり、災害があっても自衛隊が中々、派遣されずに救えたかもしれない人が命を落とした。
法律が整備されたのは国民の理解があったからだが、まだ職業差別は実際に残っている。警察官も自衛官も銃を持ち治安維持活動をしている。だが、自衛官に偏見の目が向けられることは残念だがあるのだ。魔物が市街地へと侵入し警察官が市民を誤射する痛ましい事故があった。
魔物の体を貫通し市民にも当たったのだが、一命は取り留めた事故であった。当時の混乱ぶりは伝わってくるし映像でも見た。警察官が批判されるのは仕方がないことだが、当時に同じく体を緑に塗ってゴブリンに仮装した若者が自衛官に制圧される事件も起きた。
非番であった自衛官だったが、全国的に多発する魔物の出現に備えて銃の携帯命令が出ており、外出許可を得て基地・駐屯地から外出する場合においても携帯するように統合幕僚長訓示が出ていたのだ。
職務に忠実であったその自衛官は発砲する前に警告を与えたことで発砲することなく、結果的に私人逮捕することになったが、制圧する際に全治三日ほどの怪我を負わせており、それを嗅ぎつけたマスコミが大々的に報じることで問題となったのだ。
自衛官には基本的に有事以外では逮捕権を持たない。実家に帰る樹の足は重い。両親と不仲ではないが、それでも樹がアルバイトで生計をたてていることに良い思いはしていないだろうからだ。
衛は顔が広い自衛官になることは勧めないが、それでも普通の暮らしを樹にして欲しいと思い、必要なら紹介してやるとも言ってくれていた。代々、この土地に根を生やして生活してきたのだ。それくらいの人脈はあった。
それがプレッシャーになっているのは事実だ。大人になって自分で稼いで生活することの辛さを知った。多くの人の場合それが四十年以上も続いていくのだ。ブラック気質であったことは確かに間違いないだろうが、それでも樹が会社の要求する能力を満たしていなかったのもまた事実であった。
「ただいま」
そう言って樹は実家の玄関から家に上がるのであった。




