6.未開の地の住人
ドラゴニアの宮廷が大混乱に落ちいている頃、“ただの通訳”フェイは、出会った竜人のイリスと、美味しく焼き魚を食べていた。
「このお魚、すごく美味しいです!」
イリスは尻尾をブンブンと振り回してそれを伝える。
「うん、意外といけるね。宮廷で食べるご飯より美味しいよ」
フェイは、自分の力で食料を手に入れることができると確認できて、ひと安心していた。
「これで、野垂れ死ぬなんてことにはならなそうだ」
「さすがご主人様です」
食事を終え、昼過ぎ。
まだまだ日が落ちるまで時間があった。
「せっかくだし、あたりを探検しようと思う。どんなものがあるのか見て見たいし」
「ぜひご一緒させてください」
†
フェイとイリスは、二人で並んで山の方へと歩いて行った。
――山々の谷間に、何かあるかもしれない。
そう思って岩場を進んでいく。
「このあたりって、誰か住んでるのかな」
フェイが呟くと、イリスは「どうでしょうね」と首をかしげる。
イリスはこう見えてまだ生まれたてなので、この辺りのこともほとんど知らないのだ。
家を出てから一時間ほど歩いたが、人の影は見つからない。
荒涼とした景色が続くばかりだった。
「うーん、これ以上行ってもあんまり何もないのかな」
と、そう思いかけたとき、
「うわぁぁーーーーー!!!」
突然響き渡る悲鳴。
「ご主人様! あっちです!」
フェイより感覚が優れているイリスが、声のした場所をすぐに特定する。
イリスが駆け出し、フェイはそれについていく。
そして、坂を登っていった先に、声の主を発見する。
だが、声をかける余裕はなかった。
青年が、トロールに襲われていた。
逃げてきたはいいが、崖の前で追い詰められたらしい。
今にもトロールの棍棒で叩き潰されようとしていた。
「“ファイ・ランズ”!」
フェイは精霊術で、トロールに向かって炎の槍を放つ。
次の瞬間、トロールは勢いよく燃え上がり、そのまま倒れた。
青年は腰を抜かして、燃えるトロールを見ていた。
「大丈夫?」
フェイは青年に近づいていき、手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます」
近づいていって気がついたが、青年は頭に耳を生やしていた。
見ると、お尻には尻尾もついている。
いわゆる、人狼である。
「あなた様は命の恩人です。まさかトロールを一撃で仕留めるなんて。王宮の騎士でも簡単なことではないと聞きます。……あなた様がいなければ、今頃死んでいました」
フェイは、その言葉「いえいえ、大したことは」と謙遜する。
「ところで、この辺に住んでいるのですか?」
フェイが尋ねると、青年が「はい」と頷く。
「川の方じゃなくて、こんな山の中に?」
この不毛な大地で、唯一みのりがあるのは川の周辺だ。
正直、川の周辺以外でまともに暮らせるとは思えなかった。
「川にはトロールが寄ってくるから、山奥で暮らしているんです」
「それではこの地にも人が住んでいるんですね?」
フェイが聞くと、青年は頷く。
「と言っても、半人の人間たちばかりですが。国を追われてこの地にたどり着いた者たちばかりです」
フェイにとっては、いわば「お隣さん」である。
「あのもしよかったら挨拶させてくれませんか?」
フェイが言うと、青年はすぐに頷く。
「もちろんでございます。村は貧しくたいしてもてなすことはできませんが……」