2.竜人のご主人様になりました。
――ドラゴニア王国の外縁部に存在する未開の地。
王都とそれなりに近いところにあるが、その不毛さから、完璧に見捨てられた土地である。
王国との境目は、長城によって区切られており基本的には片道切符。
罪を犯したものが追放される流刑地として悪名を馳せている。
――確かに、これは不毛だな。
フェイは思わずそう呟いた。
岩の隙間にわずかばかりの植物が生えるが、100年待っても森になることはないだろう。
先に見えるのも、山間の瓦礫道だけだ。
普通の人間なら、あっという間に餓死してしまうであろうことは予想がつく。
人間が生きていくにはあまりに厳しい環境だ。
――まずは寝床を探すか。
まだ昼になったばかりだが、水も食料も何もないことを考えると時間はあまりない。
この大地に直に寝るのは避けたいものだ。
†
フェイは、未開の地へ入っていった。
水も食料も寝床もないが、特に悲壮感はなかった。
ないなら集めるか、作ればいいのだから。
「ん?」
しばらく歩くと、不毛の大地に色を見つけた。
それが、自然界にはあまりない色だったので違和感を覚えた。
――青色の何か。
近づいていくと、それが人であることに気が付いた。
フェイは、人が倒れていることに気がつき慌てて駆け寄った。
近づくと、倒れているのは少女だった。
「大丈夫ですか……!?」
返事はなかった。しかし、幸い息はあった。
――美しい見た目の少女だった。
青い髪の毛に、青い瞳。
そして首の左側から腕にかけて、鱗が皮膚を覆っている。
間違いない、竜人だ。
存在は知っていたが、実際に出会ったのは生まれてはじめてだ。
だが、感慨に浸っている場合ではない。
彼女は相当息が細くなっている。
日が照っている中、地面に倒れこんでいたせいで、脱水症状に陥っているようだった。
「……とりあえず水!」
フェイは、簡単な魔術で周囲の空気に広がっている水をかき集めた。
その水を球の形にして、竜人の口に運んであげる。
目をつぶったままだったが、水の感触を感じたからだろうか、わずかに口を開けて水を飲んだ。
そして、ようやく目を開ける。
「――大丈夫?」
フェイはそう<竜語>で喋りかけた。
すると、少女は驚いてわずかにだが目を開いた。
「――あ、あなたは……? なぜ人間が竜の言葉を」
絞り出すようにそんな質問を受けた。
「まぁ、言語にはちょっと詳しいからね。それはいいとして、ちょっと待っててね。簡単な診察をしよう」
竜人は人間よりも強い存在だ。
普通の病気にかかることはないし、飲まず食わずでも生きていける。
それなのに倒れているということは、何か特別な理由があるはずだった。
フェイは――精霊の魔法で彼女を調べる。
「“リィオ・インスペラ”」
そして、すぐに彼女が弱っている原因がわかった。
「精霊の呪い、だね」
フェイが言うと、竜人は驚きの表情を浮かべる。
「なぜそれが……? 普通の人間には知覚できない存在のはずです」
確かに、ほとんどの人間は精霊にまつわるものが見えない。
だが、人間だからそれが見えないのではない。
精霊語がわからないから、言葉を知らないから知覚できないだけなのだ。
「魔法使い」という言葉を知らなければ、魔法使いという存在を認識できない。
存在していても、目に入ってこないのだ。
「僕は精霊語もちょっとかじってるからね」
逆に、言葉を知っていれば、ちゃんと認識できる。
だから精霊語を話せるフェイは、精霊世界の物体や現象も知覚できるのだ。
――竜人の少女を精霊の呪文で調べたところ、呪いはごく初歩的なものだった。
「これなら、僕でも解けるよ――“ディル・カース”」
次の瞬間、竜人の少女は、体がすっと軽くなったの感じた。
それまでの苦しみが嘘のようだった。
少女は、自分の力で上体を起こした。
そしてそのまま、回復を証明するように勢いよく立ち上がる。
「ありがとうございます!」
少女は、笑顔でお礼を言う。
「よかった。力になれて」
「私はイリスと申します。よければ、あなたさまのお名前を……教えてはいただけないですか?」
イリスと名乗った少女は、そうフェイに尋ねる。
「ああ、フェイだ。フェイ・ソシュール」
「フェイ様ですね……。恩人のお名前、しかとこの胸に刻みました」
「はは、別に大した事はしてないよ」
「いえ、精霊術を使える人間などそうはおりません。しかも竜の使う古代語も話せるとは」
フェイは、そうやって誰かに自分のことを褒めてもらったのが久しぶりだったので、嬉しくなった。
「ところで、イリスはなんでこんなところに?」
フェイが聞くと、イリスは事情を話し始める。
「卵から孵った時には、すでに精霊の呪いにかかっていたのです。山から降りてきて、ここで倒れました」
竜人は、理性と最低限の知識を持って生まれてくる。
そして生まれて数時間で、人間で言えば15、6歳くらいの見た目にになり、そのあとは、長い間その見た目を維持して、人間よりかなり遅い速度で歳を重ねていく。
もちろん知能も見た目相応である。
だから見た目や言動からはわからないが――イリスは生まれたての「赤ちゃん」なのだ。
「フェイ様は、どうしてここに?」
逆にそう尋ねられる。
悪いことをしたわけじゃないので、隠すのはおかしいと思い、フェイは正直に答える。
「ああ、あんまりいい話じゃないんだけど、国を追い出されてね。これからこの未開の地で暮らしていこう、ってところなんだ」
「国を追い出された?」
フェイは、それまでの経緯を簡単に説明した。
すると、イリスは憤慨して顔を赤くした。
「なんて愚かな人たちなんでしょう!」
フェイは、自分の代わりに怒ってくれるイリスを見て、気が楽になる。
未開の地でのこれからの人生を謳歌しようとは思っていたが、しかし心の奥底では祖国を追われた事実に怒りが全くなかった訳ではなかった。
だから、共感してくれる人間の存在がフェイにとって救いになった。
「でも、まぁこれからここで楽しくやっていくよ」
フェイが今の状況に絶望していないことを伝える。
「では、フェイ様はこの地で生きていくんですね」
「うん、そのつもり」
フェイがうなずくと、イリスはまっすぐ彼のことを見て言った。
「……ではお願いです。私のご主人様になってください」
突然のお願いにフェイは驚く。
「ご、ご主人様?」
「命を助けていただいたご恩があります。そのご恩に報いたいのです」
竜は義理堅い生き物だ。
だから、自分を助けてくれた人間に対して尽くそうとしてくれる事は、竜たちの面倒を見ていたフェイもよく知っていた。
竜と人間の合いの子である竜人とて、それは同じだろう。
「お願いします、ご主人様! 絶対にご迷惑はおかけしません」
……まぁ、損になる話ではないだろう。
別にこき使おうなんて思っちゃいない。
一緒に楽しくやれるならそれがベストだ。
なにせ、未開の地で一人寂しく暮らそうとしていたのだ。
一人くらい相方がいたっていいだろう。
「じゃぁ、一緒にいこうか」
†
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