漫才「クラシックカー?」
作り話ですので、車検や法律については大目に見ていただけるとありがたいです。どうぞよろしくお願いいたします。
駅前のロータリー。やってきた車から、待ち人に声がかかる。
運転手「お待たせー」
待ち人「おー、久しぶり」
車が待ち人の前で止まらずに行ってしまう。
待ち人「おいおい、どこ行っちゃうんだよ」
車はロータリーをもう一周してきてから、待ち人の前で止まった。
待ち人「びっくりさせるなよ、どうしたんだ?」
運転手「すまんすまん、ブレーキが利かなくなっちゃってさ」
待ち人「大丈夫なのか?」
運転手「利く時のほうが多いからいまのところは大丈夫。まあ、貰った車だから、ぜいたくは言えないしな」
待ち人「それにしても、ものすごいオンボロカーだな」
運転手「失敬な、クラシックカーと言ってくれ」
待ち人「茶色に塗っているんじゃなくて、車体もタイヤホイールも錆びているんだな」
運転手「クラシックカーなんだからいいんだよ」
待ち人「英語で言われると、受け入れてしまいそうになるなあ」
運転手「乗るのか? よしておくか?」
待ち人「乗るよ乗る乗る。頼んだのはこっちなんだし」
ドアを開けて助手席に乗り込む。
運転手「待たせちゃったかな」
同乗者「そうでもないさ」
運転手「じゃあ、出発するぞ」
同乗者「うん、頼む」
車がスタートする。
運転手「やった、一発で動いた。感動」
同乗者「不安だなあ」
ハンドルの真ん中に、急ブレーキ禁止、と書かれていることに同乗者が気付く。
同乗者「へえー、急ブレーキ禁止かあ。いい心がけじゃないの、偉いね」
運転手「偉くなんかないさ。何度も恥ずかしい思いをさせられてきているからな、やむにやまれずっていったところさ」
同乗者「恥ずかしい思い?」
運転手「急に止まろうとするとさ、車のボディーっていうのかな、外装がね、全部前にすっ飛んでいっちまうんだよ」
同乗者「はあ?」
運転手「車が素っ裸になっちゃうの」
同乗者「ゴーカートみたいに?」
運転手「そ。恥ずかしいだろ」
同乗者「雨の日だったらびしょ濡れだな。あっ、そこの角を右に曲がってくれ」
車は曲がらずに直進していく。
同乗者「おいおい、なんで曲がってくれないんだよ。言うのが遅すぎたかな?」
運転手「そうじゃない。次の曲がり角を左折して、それをあと二回繰り返せばおんなじことだろ」
同乗者「ちょっと待ってくれよ。えーと、左折、左折、左折すると、なるほど確かにさっきの曲がり角に戻ってくるな」
運転手「だろ?」
同乗者「でもなんで? 右折すれば済むことじゃないか」
運転手「この車、右折が出来ないんだよ」
同乗者「はあ?」
運転手「ハンドルのやつがさ、左にしか回ってくれないんだ」
同乗者「故障してるのか」
運転手「故障かどうかはわからんが、俺が譲り受けたときにはすでにそうだった」
同乗者「故障しているんだよ。修理に出せよ」
運転手「直らないんだって!」
同乗者「なんで?」
運転手「詳しいことは知らないよ。修理屋がそう言うんだから間違いないんだろ。だから右折することは諦めたんだ」
同乗者「どこの修理屋だよ。おれが文句を言ってやる」
運転手「よせよ。最初からそういう作りだったのかもしれないだろ」
同乗者「そんなの聞いたことないぞ」
運転手「シンプルに作ろうとしたとかさ、なにか事情があるのかもよ」
同乗者「そんな自動車メーカーあるもんか。だいたいこの車、初めて見たけど、どこのメーカーなんだよ」
運転手「メーカーはないんだ」
同乗者「なんですと?」
運転手「どこをどう調べてもメーカーの名前が見当たらないんだ。ヒントすらつかめない。いったい誰が作ったんだろう」
同乗者「そんな車、貰うかあ?」
運転手「貰ってくれたら十万円あげるって言われてさあ」
同乗者「止めてくれ」
運転手「止めると、また動かすのが大変なんだよなあ」
同乗者「いいから止めてくれ」
運転手「わかったよ。一発で止まるかな、どうだ?」
ブレーキを踏む。
同乗者「おお、止まってくれたじゃないか」
運転手「調子がでてきてくれたのかな」
同乗者「降りるぞ」
同乗者がドアをガチャガチャ動かす。
運転手「無駄だと思うよ」
同乗者「本当だ、開かない」
運転手「そう、中からはね」
同乗者「外からは開くのか?」
運転手「ああ、それは問題ない。さっき自分でも開けただろ」
同乗者「そこの通行人の人、開けてくれー」
外に向かって叫ぶ同乗者。
運転手「無理無理。通行人だって、こんな車には関わり合いたくないに決まっているんだから」
同乗者「ふえーん」
運転手「泣くなよ。俺たちは、目的地に向かうしかないんだよ。向こうに着いたら、ドアを開けてもらえるからさ」
同乗者「ふう。どうやら行くしか道はなさそうだな」
運転手「覚悟が決まったようだな」
同乗者「ああ。頼む」
運転手「出発進行」
同乗者「くれぐれも安全運転でな」
運転手「この車でか? まあ、努力してみるよ」
同乗者「頼りないなあ」
運転手「半分以上は運任せだと思ってくれ」
同乗者「まあ、いざとなったらエアバッグが助けてくれるんだから大丈夫か」
運転手「すまん。エアバッグは、さっき開いちゃったんだ」
同乗者「ちょっと待ってくれ。あれ? そういえば、この車、シートベルトは?」
運転手「俺も探したんだけどさあ、エアバッグが開いた衝撃で、どっかに飛ばされちゃったらしいんだよね」
同乗者「助けてー、怖いよー」
運転手「ばか、抱きつくんじゃない、危ないだろ」
急ブレーキを踏む運転手。
キキー
パカッ
車のボディーが車体を離れて宙を舞っていった。
読んでくださり、どうもありがとうございました。