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アランの旅立ち

初投稿です。お手柔らかにお願いします。

「きゃぁっ。」

ドンッ。と壁に女性が背中を打ち付けた音がした。


「も、もうやめて、あなた…」

「うるせぇ。お前は黙って酒もってこい!」

無精ひげを生やした男が声を荒立てて叫ぶ。


「もうないのよ…」

女は気品のある顔立ちだが、やつれた顔をしていた。


「それなら、買ってこい!今すぐだ!」

「お金もないのよ…」


男は捲し立てる様にいう。

「なら金を作ってこい!すぐに!」


女はあたりを悲しそうに見渡した後、男の目を見て言った。

「もう売れるものは全部売ったわ…もうなにもないのよ?」


男もあたりを見渡し一瞬悲しそうな顔をした後、ポツリと言った。

「なんでこんなことに…」


男は昔のことを思い出していた。

連日連夜、たくさんの人が家を訪れた。豪華なドレスを身にまとい、有名な細工師が手掛けたネックレスを身に着けた自慢の妻。大陸で名をはせた画家が描いた絵画、その他にも花瓶やテーブル、イス、食器などどれも高価なものが置かれていた。

それが今では、絵画も花瓶もネックレスももちろん豪華なドレスはなく、あるのは色あせ、ところどころひび割れた食器に、ボロボロのテーブルとイスがあるだけだ。


男は急に静かになり、すべてをあきらめたような顔をして呟いた。

「もういい…」

女は疲れた顔で、しかしどこか安心したような顔で言った。

「あなた、疲れているのよ。今日はもう休んでください。そうしたら明日は元気になるわ。」

「もういい…ものがないなら人を売るだけだ。ガキを売る。」

「えっ!?待ってあなた、それは…それだけはダメよ!たった一人の息子なのよ!」

今まで男にどれだけ乱暴をされても全く反抗しなかった女が、とても焦った表情で泣き叫ぶように男の足にしがみついて言った。

「わたしには何をしてもいいです。お願いですから、あの子だけは…あの子には手を出さないで…」

男は静かに低い声で言った。

「離せ。諦めろ。もう決めたことだ。」

ひときわ強い力で女を引きはがすと、女はその勢いで壁に後頭部を打ち付けた。

「うぅっ…ダメ…今帰ってきちゃダメよ…」

女はそう言うと動かなくなった。

「気を失ったか…それにここにいないほうがアイツのためだ…」

男はポツリと独り言をもらし、イスに座り息子の帰りを待った。







「お疲れさまでした。先に失礼します。」

「待ちな坊主。今日の給金だ。持っていきな。」

男はお金の入った袋を投げてよこした。


「よっと。」

チャリッと音を立ててキャッチすると、袋の中をのぞく。

「トムおじさん、これ少し多くない?」


トムおじさんと呼ばれた男はニヤッと笑って

「坊主はよく働いたからボーナスだ!帰りにうまいもんでも買って帰れ。」


近くにいた客たちが言う。

「トムさん、俺たちにもくれよ!いつも頑張って働いてんだ!」

「そうだぜ。トムさんは坊主に甘すぎだぜ。」

「うん。うん。今日の支払いはタダにすべき。」

客たちからヤジが飛んでくる。


客たちを呆れた表情で見つめながら、親指で表の方向を指しトムは言った。

「おい、お前ら。表でろ。相手してやる。俺に勝ったらタダにしてやってもいい。」


「よし、お前ら!静かに飲むぞ!」

「そうだな。」

「うん。うん。静かにすべき。」

客たちはしんっと静まり返り、おとなしく食事を始めた。


トムはこの酒場の主人だ。180を超す身長に膨れ上がり黒く光る筋肉。禿頭で目つきは鋭い。その様子からついた名前は「黒の巨人」。本人はあまり多くを語らないが、以前は冒険者をしていたらしい。時折、冒険者時代の仲間や旅中の知り合いが会いに来ていた。その黒の巨人は、今は黒猫の刺繍がされたピンクのエプロンをしていた。


「まったく、こいつらときたら…口ばっかり達者で気概というものがねぇ。ダメもとでかかってくるくらいの気持ちはねぇのかよ」

ハァとため息を漏らしながら、坊主に向き直る。

「ほら、あとこの酒を持っていけ。あいつも少しは満足するだろう。本当は一本も渡したくねぇがな。」


「トムおじさんありがとうございます。」

トムおじさんから酒瓶を2本受け取ると、

「坊主、これ持ってけ。」

客の一人が果物を投げてよこした。

「ちっ。坊主、これやるよ。安物だが果物の皮ぐらいはきれるだろ。」

別の客が近づいてきてナイフを渡した。


「なんだお前ら。さんざん俺に甘いと言っておきながら、お前らのほうが甘いじゃねぇか。」

文句を言いながらもどこか嬉しそうにトムはその様子を見つめていた。


「みんなありがとう。また明日ね!」

茶髪の、身長は150ほどで優しい目をした少年は笑顔で酒場を後にした。


「坊主も大変だよな。」

「あぁ。坊主の親父さんも昔は名の知れた冒険者だったんだがな。今はなぁ…」

「うん。うん。トムおじさんにこき使われて大変。」


「おい。最後に言ったやつ表出ろ。ぶっとばしてやる。」

「誰だ、こき使われてるとかいったやつ、本当だとしても言っていいことと悪いことがあるぞ。」

「そうだぞ。安い給金で可哀そうだけど、言ってはいけないこともあるぞ。」

「誰だトムさんの奴隷とか言ったやつ。俺がぶっとばしてやる。」

ここぞとばかりに言いたい放題な客たち。


「お、お前ら…いい度胸だ。全員相手してやる。今日がお前らの命日だ。」

トムは顔に青筋を立て、おもむろに斧を手に取り、肩に担いだ。


「よしお前ら、逃げるぞ!」

「ほいきた隊長!」

「うん。うん。逃げるが勝ちだね。」


客たちはスッと席を立つと出口に向かって駆け出した。


「バカヤロー金払え、コンチクショー!」

「今度払うからツケといて!」

「お前らいつもツケじゃねぇか。今すぐ払え!」


酒場の夜は賑やかに、そして夜は更けていく。




「ただいま、母様。今戻りました。今日はたくさんもらってきました。」

家に入って声をかけたが、返事がない。

「母様?」

玄関を通って、居間に向かう。

「母様!」

母親は壁に背を預け、動いていなかった。

「よぉ。遅かったじゃないか。早く今日の稼ぎと酒をよこせ。」

「母様に何をした!」

急いで母に近寄り、声をかける。

「母様、母様、しっかりして。」

「ううっ。アラン?」

「そうです。アランです。母様。大丈夫ですか?」

「ええ。私は大丈夫よ。」

そういうと母様は僕を抱きしめた。

「母様、よかった。」

僕も母様を抱きしめ返す。

「母様、母様うるせぇな。早く金と酒を持ってこい。」

僕は母様から離れ、黙ってテーブルに酒と金を置いた。

「ちっ。少ねぇな。まぁ、ないよりましか。どうせこの後、まとまった金が入る。」


まとまったお金?そんな金がどこから?と思いながらも

「お金が必要なら、自分で稼いでください。今はこれが精いっぱいです。母様の手当てをします。失礼します。」

「俺に生意気な口をききやがって!」

男はゆらりと立ち上がり、振り向いた少年の腹を殴った。

「ぐっ。」

少年はこらえようとしたがすごい力で壁まで吹き飛ばされた。

「アラン!あなたやめて。殴るなら私にして…アランはまだ幼いのよ…」

母様は僕をかばうように抱きしめた。

「父様、やめてください。お金なら僕が稼ぎます。だから母様には手を出さないで。」

「母子そろって同じようなこと言いやがって…その目だ。その目が気に入らない。哀れむような目で俺をみるんじゃねぇ!」

父様は母様を僕から引きはがすと、僕をぶった。

「ちっ。顔を傷つけちまった。安くならないといいが…」


「父様?もしかして僕を売るつもりなのですか?」

「そうだ。お前は奴隷として買われる。良かったな。お前は金貨3枚で売れたぞ!ただ、こいつはダメだ銀貨2枚にしかならない。最後まで役に立たないやつだ。」


「僕だけでなく母様まで?僕だけにしてください。母様は助けてください。お願いですから。」

「いいえ。あなた、私だけにしてください。アランだけは助けて…どうか。」


「もう決めたことだ。もうすぐ奴隷商人がお前たちを買い取りに来る。二人仲良く一緒に売られてよかったな。」


「父様は僕だけじゃなく母様まで…」

僕はふつふつとため込んで怒りが爆発しそうになっているのを感じた。

「許せない…母様を不幸にした父様を。いやお前なんて父親じゃない。お前を許せない!」

飛びかかろうとしたところで母様に止められる。

「アラン。お願いだからやめて。いいのよ。私が我慢すればいいの。でもあなただけはなんとかするから安心して。」

「いつも母様は我慢ばかりじゃないですか…いつもつらい思いをして…耐えて…」

僕が母様を幸せにするんだ。

「マリーお前は良くても売られた後は娼婦だ、最悪買われずそのまま死ぬ。アランお前は、顔はいいからすぐ買い手がつくだろう。まぁ、どのような扱いが待っているかわかラナイが。」

母様が娼婦?そんなの認められるわけがない。なんとかしなくては…

「母様、すきをついて逃げましょう。」

「無理よ、アラン。逃げきれないわ。だからあなただけでも逃げて。」

「ふん。逃げられると思っているのか?そもそも、逃げ出したところでどうやって生きていく。街を出れば魔物がいるぞ。お前たちなんてすぐ食べられて終わりだ。わかったらおとなしくここで売られておけ。」


外から馬の足音と馬車を引く音が聞こえ、次第に大きくなっていく。

「ようやくきたか。お前ら準備をしろ。抵抗しても無駄だ。」

「時間がないわ。アラン、早く。あの人も酔っているからアランには追いつけないわ。」

「でも、それでは母様が。」

「私はいいのよ。」

そういうと母様は父様のところに近づいて行った。


どうすればいい…どうすれば助かる…あたりを見渡しても何もない…ふと腰にナイフがあるのを思い出した。酒場でもらったナイフだ。僕に、いや俺にやれるのか…いややるしかないんだ!


母様と父様は言い争いをしてこちらに気づいていない。俺は隙を探しながら背後に回り込み、ナイフを抜いた。背中を一刺しすれば…手が震えた。力が入りすぎてる。今から人を、実の父を指そうとしているのだ。力もはいる。


「うおぉぉぉっ!」

俺は声をだして両手にナイフを持ち突きだすようにして飛びかかった。

「見えてんだよ!」左手を大きく払うようにして動かすと、ナイフごとアランを吹き飛ばした。

カランッと音を立ててナイフが落ちた。

「もうやめて…もうやめてぇぇぇ!」

落ちたナイフを素早く拾い、母様は父様の胸にナイフを突き立てた。

「あっ?」

ぐらっと体を傾かせ、背中から床に勢いよく倒れた。そしてそれが最後に父様の残した言葉だった。

「っごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」

母様は今は動かない父様の前で涙を流しながらずっと謝っている。

「母様、行きましょう。」

僕はそう言って母様の手を取った。

「えぇ、そうね。」

母様も僕の手を握り返して、着の身着のまま家をあとにした。






「アレキサンダーさん。いらっしゃいますか。」

問いかけても反応がない。

「留守ですかねぇ。この時間に約束しているのですが。」

男の名前はベルムント。奴隷商人だ。身長は180以上、スラっとした手足に、体にピタリとした服を着ている。メガネはモノクル、帽子はシルクハットを彷彿とさせる。見るからに上流階級を思わせる服装をしている。

「ドアが開いてますね。ちょっと失礼しますよ。」

玄関は…変わったところはなにもない。さらに廊下を歩いて左手に部屋の中をのぞいた。

部屋の中に男が胸にナイフがささった状態で寝ていた。

「これはこれは。酒に酔って倒れてナイフが胸に刺さった。なんてことはないですね。」

周りを見れば、倒れた椅子、ずれたテーブル、様子を見れば誰かと争った形跡が見て取れた。

「さて、これでは違約金の徴収もなしですかね。やれやれとんだ無駄足だ。A級冒険者の息子とその妻を奴隷にできるとワクワクしてきましたのに。しかし、この状況どうしますかねぇ。」

ベルムントは独り言ちるのだった。


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