その頃の彼ら~ジュリアス編4~(13歳)
守護のピアスがしっかり受け取られたのを見て、気を取り直すようにリーシアは続けて口を開いた。
「そのピアスは、結婚祝い。それから、もう1つ。お仕事の門出のお祝いがあるんですよ」
結婚を期に、ジュリアスは本格的に外交官として、仕事を始める。
「……外交の関係か?」
「これを」
差し出されたのは、小さなバッジ。
「通行証です」
そこに刻まれるのは。
「通行証……? っ、これ、ルイーズ貿易区の!」
とある地区の公証。
ルイーズ貿易区。
トワード王国の南に位置する、アルバ自治区から、さらに東南の方面へ進む港町。
港町、といえば、活気ある姿を想像するかもしれないが、大陸の北側はともかく、かつて、大陸南側の海岸沿いは荒れ果てて、人の住める土地ではなかった。
理由は簡単。
海を隔てて、魔大陸がすぐそこだからだ。
海を船で渡るわけではない魔族からすれば、海辺を避けることに、何らの意味はないのだが、僅かに空気に滲む瘴気と、得体のしれない気味の悪さが、人を海から遠ざける。
人が住みたがらない土地を、魔大陸と隣り合わせというデメリット込みで管理したがる国はなく、今まで海岸沿いの土地は一切の国に属さない地域であった。
とはいえ、だからこそ、海岸沿いといえども内陸部には、行く場を無くした人間が流れ着き、力で統治されるアルバ地区よりもなお劣悪な貧民街と化していた。
そんな海岸に、誰が金を払い、誰が受託したのか、大型の港が建設されはじめ、仕事のなかった貧民街の人間に稼ぎ口ができたのが2年前。
統治されることに反対した貧民街のとある勢力が鎮圧され、そのことで協力的になった貧民街は、今では見る影もなく区画整備が進んだ。
それまでは人の住んでいなかった荒れたままの土地が開墾され、海岸沿いには大きな港町が出来上がった。そうこうするうちに、1年ほどが経ち、その街はアルバ自治区と同じように、全ての国から独立した行政区、ルイーズ貿易区と呼ばれるようになっていた。
ルイーズ貿易区の港には様々な貿易船がつくという。大陸の反対からでも、ルイーズ貿易区を目指せば、船の海難事故が減るなんて噂まである。
そして、その貿易船の中には、特別、質のいい積み荷が積まれているものがあった。
さらに1年ほど。ルイーズ貿易区から売りに出される品の内、原産国が分からないものが、ルイーズ産と呼ばれるようになり、ルイーズ貿易区はとても裕福な活気のある街になっているという。
その陰で。
謎の貿易区を探ろうとした悪意ある者は物言わぬ躯となり、同じく真実に辿り着こうとした善意のものは、記憶を失って祖国に追い出されるという噂もあった。
だが、ジュリアスは、なんとなく、分かっていたのだ。
様々な国の関心が高かったルイーズ貿易区に対して、トワードと、ロウランド、アルバ、そして、トワードと深い親交のあるイヴニスの、3カ国と1行政区が、決して、手を出そうとしなかったから。
表立った衝突なく、どの国にも所属しない自治区があっけなく成立してしまったことから。
彼女が関係あるのだろう、と。
「今のところ、ルイーズに使節を送れる国はありません」
「……」
そのとおり。観光客としてなら行けても、誰がその区を治めているのか、どういう統治がされているのか、決して分からない。謎の地域。
ジュリアス自身、外交官として、いつか行くことができれば、と思ってはいたが、それはもっと先の話だと思っていた、のに。
「お前……それ」
ルイーズ貿易区相手に国として関われる、その権利が、どれほど貴重か、彼女は分かっているのだろうか。
「あ、あとそれ、私への通信装置にもなっていますので」
「は?」
ジュリアスは、驚いてバッジを見つめる。
「それに魔力を込めれば、私……と、いうかフォルティスに届きます。会話は一方通行のものですが。まぁ、基本的に暇なので。呼ばれたら来ます」
「……」
もう、何から言えばよいのか分からない。
「これに関しては、ロウさんが似たようなものを先に作り出してしまったので、不公平がないように準備したのが本音ですが」
まさか、魔術契約の切れた証が、魔力を届ける道具になるとは思わなかった。リーシアは内心でため息をつく。
「……会っていたのか」
「まぁ、教えてくれないでしょうね、彼は」
自分は3年ぶりなのに。
その間、ラウゼルと親しくされていたのは、正直、面白くない。ラウゼルとは、顔を合わせているのに、そんなことは教えられなかった。
「……兄上とも、会っていたのか?」
向こうが皇太子なら、こっちは王太子である兄と、こっそり顔を合わせていたのだろうか。そう、尋ねたジュリアスの前で、リーシアが綺麗に微笑んだ。
あ、これ、聞いちゃダメなやつだった。と、気付いた時にはもう遅い。
「会う? 私が? あの男と? 冗談」
「……す、すまん」
「私、貴方がいるから、この国に、心を親しくあろうとしていますが、この国を捨てる時が来たら言ってくださいね。それが、あの人の戴冠後なら、なおよし、です」
にっこりと、告げられ。
「……何をする気だ」
「聞きたいです?」
「いや、やっぱいい。国を捨てることはないからな」
「それ、お兄さんに言っておいたほうがいいですよ。ユーリさんが、国を捨てたくならないように、てね」
その言葉にため息をついたジュリアスの前で、リーシアが立ち上がった。
「リーシャ?」
「そろそろお暇します。お二人とも、式は明日ですよ?」
「……だったら、そんな夜に騒ぎを起こすな」
「そんな夜まで、新婦を不安にさせた新郎が悪いんです」
リーシアの言葉に、ジュリアスの隣でレーネがびくりと震える。そんな彼女を心から可愛いと思って抱きしめながら、ジュリアスはリーシアに向き直った。
「そうだな……。リーシャ、ありがとう」
ジュリアスの様々な思いが詰まった言葉にどう返そうか少しなやんで。
「んー、そうですねぇ。暇つぶしなので?」
結局、いつもと同じ言葉を返した。
「それでは、レーネさんも。ご結婚、おめでとうございます」
言って。
魔術の発動音もさせない身軽さで、リーシアは夜の闇に溶けた。
「レーネ」
「はい」
「不安にさせて、悪かった」
「いえ、いえ。私が、ユーリ様の愛を疑ってしまったから……」
「レーネ」
恐縮する彼女の髪を優しく手で梳かしながら伝える。
「貴女を傷つけるのが嫌で、黙っていたんだ。どうせ、口さがない人間から、彼女の噂は届いてしまうだろうに。それで、貴女を不安にさせると、分かっていたのにね」
ジュリアスの腕の中で、レーネが言葉も出ない様子で、ただ、首を横に振る。
「貴女は優しいね」
「私こそ……何も告げずに、1人で抱え込み、面倒をおかけしてしまいました。お許しいただけますか?」
レーネの言葉にジュリアスは苦笑する。
「何も言われないのには、残念ながら、慣れているんだ。彼女はとても、遠まわしな子だったから。でも、これからは、少しずつ、言葉に出していこうね。私も、貴女も」
「……はい、ユーリ様」
リー「ハルー」
ハル「どうした?」
リー「若い2人にアテられたー」
ハル「……リーシャの方が若いだろ」




