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旅立ち、そして再会

 アイルーベルトの言葉にボロボロと零れ落ちるターニャ涙を、今度は優しく指で拭い、その体を抱きしめる。

 今の自分になら、それを許せる気がして、アイルーベルトは内心で妹に感謝した。

 腕の中の温かさは、やはり、何よりも愛しくて。それを自ら傷つけて捨て去ることが、どれほど恐ろしいことだったのか、今になってじわじわと実感する。


「ねぇ、リーシャちゃん」

「はい?」

 アイルーベルトに抱きしめられながら、ターニャは嗚咽混じりに問いかける。


「私が。貴族のことなんて、何もしらない。生まれも育ちも平民で、満足な教育すら受けていない私が。……もし、アイルの隣にいたいと言ったら、それは、彼の立場を危うくしてしまう?」

「それは、これからのアナタ次第です。アナタが、平民の生まれだからと言い訳をして、貴族になれないなら、それはアイルさんの立場を揺るがします」


 厳しい言葉だが、真実だ。

 もし、そうなれば、巡り巡って2人とも不幸になるのだから、中途半端な覚悟で、恋に浮ついた気持ちで、軽々しく決めてもらっては困る。






「……ですが。今は、アイルさんもすっかり平民です。彼自身、今から貴族になっていく。アナタ1人が置いて行かれることはないでしょう。もっとも、選ぶのは、アナタですが」


「アイル……。私も連れて行って」


 今まで、何度も無神経に、無遠慮に、願った願いを、彼のすべてを受け入れた上で、もう1度、ターニャは口にする。

 この先、どんな困難が待ち受けているか分からないけれど。それでも。

 彼の手を、自ら離してしまう以上の苦しさはないはずだから。






「後悔、しない?」

「1人なら、するかも。……でも、アナタがいる」

「一生、1人になんてしない。……だから、僕についてきて欲しい」


 結ばれた2人の後ろで、リーシアはほ、と息を吐いた。










 その後、アイルーベルトはターニャの家を訪ね、その両親に、自分の身の上と、ターニャを連れていきたい旨を伝えた。

 ターニャが、身分ばかりは高いアイルーベルトと結婚するためには、おそらく、どこかの貴族の養子に入ることになるだろう。

 自分たちの結婚式に、本当の両親を呼ぶこともできない。

 彼女を里帰りさせることも、きっと、できない。


 彼女の父親は、全てを聞き終えるまで、ひたすらに黙して。

 全てを聞き終えた後、アイルーベルトを力任せに殴りつけた。

 ターニャは悲鳴をあげるが、アイルーベルトは受け身もせずに、殴り飛ばされる。

 そして、倒れこんだアイルーベルトに向かって、娘を頼むと、呟いた。


 貴族だと明かした自分を殴ってくれたことも。

 それほどに大切に思っている娘を預けてくれることも。

 全てが嬉しくて、苦しくて。アイルーベルトは泣きながら、しっかりと、頷いた。






「おせっかいだねぇ」

「心を病んで早々に死なれるのも嫌ですし」

 ターニャの家を遠くから見つめるリーシアに、フォルティスが声をかける。

「相変わらず、遠まわしに優しいよね」

「うるさい」


 要らないことまで呟いたフォルティスに文句を言いながら、夜空の星を見上げる。

 祭の音は、まだ響いていた。











 それから3日後。

 長かった祭が終わり、ついに、旅立ちの時が来た。

 旅荷物を纏め、その横にターニャを伴ったアイルーベルトに、仲間の冒険者たちが揶揄いの声をあげる。


「リーシャちゃん」

 呼び声に近づけば、ターニャがリーシアを抱きしめた。

「いろいろ、ありがとう」


「私はただ、アナタを苦境に追いやっただけかもしれませんよ」

「そうならないようにするのが、これからの私の生き方よ。私が苦しめば、私を巻き込んだあの人も苦しむから。……2人で苦しむなんて、ごめんでしょ」

 ターニャの言葉に、リーシアが微笑んで、応援の言葉を告げる。






「リーシャはついていかねーのか?」

「えぇ。目指す方向が逆なので」

 街の人間に聞かれて、リーシアはあっさりと否定する。

 リーシアがアルバに住んでいることは、聞き出すまでリーシアを離そうとしなかったアイルーベルト以外には告げていない。

 9歳の少女がアルバに1人で住んでいる等、1人で冒険稼業を営む以上に、異常だからだ。






「……リーシャ」

 アイルーベルトが、苦しそうな表情でリーシアを見つめた。

「もう、僕に会う気はないんでしょ?」


 その声が聞こえたのは、すぐ傍にいたターニャだけだ。彼女は驚きに息を止めて、リーシアを見下ろす。

 アイルーベルトが貴族なのだから、その妹であるリーシアはもちろん貴族だ。1人で冒険者として旅ができる彼女であれば、自分が里帰りするよりも、余程簡単に、アイルーベルトに会えるだろうに。


「……結婚式にはお邪魔するかもしれません」

「それは、声がかけられる位置で?」

 アイルーベルトの言葉に、リーシアは苦笑する。

 その予定がないことが分かって、アイルーベルトが眉を寄せた。






「皇太子との約束の1つに。私がロウランドで表舞台に立たないこと、私が生涯、存在を隠し通すこと、があります」

「……どうして」

「アイルさんも、ターニャさんも。私のことを、外で話すことすら、できません」

 アイルーベルトが突き動かされたように、リーシアを抱きしめた。


「リーシャは、僕の妹だ。これまでも、これからも、ずっと。……例え、誰がそれを認めなくても。知らなくても」

「分かっています。……ありがとうございます」

 アイルーベルトに抱きしめられたままのリーシアの頭を、ターニャが優しく撫でた。


「絶対に、忘れないわ」

「兄を、よろしくお願いします」

 私の代わりに……と、言える立場ではない。

 リーシアは、望んで、兄からの不干渉を手に入れるのだから。






「ご主……リーシャ」

 建物の影から、フォルティスが現れて、リーシアを呼ぶ。

 さすがに、兄の前ではご主人呼びを控えさせた。説明がややこしくなるので。

 兄には適当に、旅の仲間だと説明している。


「フォルティスさん……だったかな。妹を、頼む」

「頼む必要なんかないよ」

 兄の願いを気安く引き受けて、リーシアの体を抱き上げる。


「アンタはせいぜい、自分と嫁さんの心配だけしてるといい。リーシャより、よっぽど世渡り下手なんだから」

 王家にすら無理強いできない存在、と言わせて、自由を謳歌しているリーシアと比べれば、世渡り上手なんて誰が名乗れるのか分からないが。






 街の外に消えていった背中を見送って、リーシアたちも逆方向に歩く。

 転移をすれば、すぐにでもアルバの街中だが、久しぶりのトワードを歩くのも、少しくらいならいいか、と思ったのもあって。ただ、それだけ。


 だから。











「リーシャ」


 バシン!と音がして。


「……ユーリ、さん」


 その姿が現れるなんて。少しも思っていなかった。


ヒロインだって、優しい子なんです(たぶん

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