不器用な2人
「アイル」
もうしばらく1人で居たい。
そう言ったアイルーベルトに、リグロが何とも言えない顔で去って行って、しばらく。
「ターニャ……」
こげ茶の長い髪を高い位置で結って、緑のワンピースを身にまとった少女が現れた。
「アイル……。避けないでよ」
「っ」
勝気な瞳が、悲しげに震えている。3歳年下の15の少女に、そんな顔をさせてしまったことに、アイルーベルトの胸が痛む。
「ねぇ、私も連れて行って」
「それは……できない、と、言っただろう」
心が引き裂かれそうになりながら、もう何度目ともなる拒絶を告げる。
アイルーベルトの生き方は、今までと180度変わってしまう。
もしかしたら、その性格も。
目の前の少女を、そんなアイルーベルトに付き合わせるわけには、いかない。
「どうして? 理由も教えてくれない。アナタと一緒なら、危険な冒険も怖くない。もちろん、アナタに迷惑をかけてしまうことは怖いけど。それでも、アナタが居ない、この先を考える方が、よほど怖い……」
涙に濡れる彼女の頬を、指で拭おうとして、やめる。
今の自分に、そんな資格はない。
領地に、貴族に戻った自分は、他の貴族に知り合いがいない。
地盤を固めるために、それなりの家から、嫁を娶らなければならないと、分かっている。
例えその女性を、目の前の少女以上に、慈しむことなど出来ないと、分かっていても。
「ごめん」
「謝罪が聞きたいわけじゃない!」
「ごめん……」
「っ」
次から次に、ターニャの瞳から涙が零れる。
アイルーベルトが、自分に何も告げるつもりがないと、分かったのだろう。
何度、言葉をかけても、アイルーベルトの心が変わることはないと。
それ以上傷つけられるのが嫌で。
ターニャはアイルーベルトに背を向けて、走り去った。
「アイルのばか! ばかばかばか!」
呟きながら、闇雲に走る。
何か教えてくれたなら、それがなんであれ、受け止める覚悟があったのに。
「きゃっ!」
涙で滲んだ視界で、ただでさえ暗い夜の街を走るのは、無理があったようだった。
慣れた街並みにも拘わらず、階段から足を踏み外した。
ギュッ、と目を瞑って。それでも、どんな傷も、今の心よりは、痛くない気がした。
「……怪我は?」
宙に舞った体を優しく受け止められて、驚きにターニャが目を開けば、はちみつ色の髪が見えた。
「えっと……」
「その前に、立てますか?」
「え? あ、はい!」
魔術で宙に浮かされたままだと気付いたターニャが頷いたのを確認して、リーシアは優しく、その体を地面に下ろした。
「あ、あの……ありがとう」
「いえ。……どうぞ」
見慣れない顔に、誰だろう、と首を傾げるが、思い当たらない。
とはいえ、その幼い体躯に警戒心が浮かぶはずもなく、きょとん、としていると、目の前にハンカチが差し出された。
「あ……」
それで、思い出す。
今まで自分が大泣きしていたことと、彼の、態度を。
「っ……」
驚きで止まっていた涙が、再び零れ落ちてきて、咄嗟に受け取ったハンカチで目を覆う。
「お祭りの夜なのに、悲しそうですね」
「……ごめん。困らせて」
「構いませんよ。アナタがよければ、座りませんか?」
少女に言われて、従ってしまう。今は、アイルのこと以外になにも考えられない。
「アナタ、この街の人じゃないよね」
「えぇ。お祭りの噂を聞いて」
「1人?」
「これでも、一応冒険者なので」
その言葉に、ターニャが驚いて、リーシアの体を見返す。
「そんなに小さいのに……?」
「よく言われます」
「魔術師なんだね。さっきはありがとう。……ねぇ、小さい冒険者さん。アナタから見て、私って、冒険者として、頼りないかなぁ……?」
ターニャに自信なさげに尋ねられ、リーシアは遠慮なく頷く。
「やっぱり、そうだよね。……迷惑、だよね」
「冒険者になりたいので?」
落ち込んでしまったターニャに、リーシアが首を傾げた。
「ううん。冒険者になりたいんじゃなく、冒険者についていきたいの。……好きな人に。こんな邪な気持ちだから、認めてもらえないんだよね」
「別に、いいと思いますが」
「え?」
「冒険者と一緒に居るのに、冒険者になる必要等、ないでしょう?」
「で、でも、足をひっぱるよ! 思い通りに冒険できないかも」
「好きな方を連れて歩くのに、守りきれないような男は選ばない方がいいですよ」
リーシアのとんでもな恋愛観に、ターニャが目を見開いた。
「あ、アイルは、強いんだよ! 守ってくれるよ!! ……それとも、私が、守りたくなるほど好き……じゃないのかな、やっぱり」
ターニャの感情がころころ変わる様子に、リーシアは笑う。
「その人は、移り気な人なんですか? アナタが不安に思うほど」
リーシアは、そうは思わないが。一応、聞いておく。
「ううん。アイルはカッコいいし、強いし、優しい。街の女の子はたいてい、1度は好きになるんだよ」
それは、まぁ。なんというか。
リーシアは内心で苦笑する。
「でも、ちゃんと、優しさの遣い方を知ってるの。思いやりはあるけど、勘違いさせるような言葉は選ばない。他の冒険者みたいに、軽々しくボディタッチもしない。女の子はみんな、そのうちに、悟って諦めちゃう」
「アナタは?」
リーシアに尋ねられて、ターニャはみるみる顔を赤くした。
「私は……その、こんなこと言うの恥ずかしいけど、特別だと、思ってたの。好きにさせられるような言葉も言われるし、頭を撫でられたり、手をつないだり。……それとも、やっぱり、私が、勘違いしてただけ……なのかなぁ」
相変わらずの様子に、リーシアは声をあげて笑った。なんと初なのだろう。
誠実であろうとしながら、しかし、本命の彼女には気持ちを抑えられないとは。
「ちょ、ちょっと、そんなに笑わなくても……!」
「ごめんなさい。ほほえましくて。……おせっかいかもしれませんけど、ちょっと、お手伝いしてもいいですか?」
「え? え? 手伝うって……何を?」
「あの、不器用な人を」
リーシアは言って、立ち上がった。
ターニャが落ちてきた階段の上から、まもなく、懐かしい声が聞こえる。




