崇拝を捧ぐ
夜。
「……死にたいんですか?」
リーシアは、転移魔術で自分の布団に侵入してきた男に、人差し指を突きつけた。7歳児の華奢な指だが、リーシアがその気になれば、人ひとりは余裕で消し飛ぶ魔力が放てる。
「昼間は、あのままラウゼルに付き添って、おとなしく地下の調査と補修に付き合ってたわけで。……労わってくれてもいいよね」
ニヤニヤと笑いながら、華奢なリーシアの体を引き寄せる声の主は、リーシアと従属契約を結んだドラゴンの男だ。
腰布だけだった服装は、ラウゼルから与えられた、肌ざわりの良いシルクの服を身にまとっていた。滑らかな生地がリーシアの肌を撫でて、ひやりとする。
隣のベッドではフォンシーがすやすやと眠っているが、その眠りがどこかのペットの所為で、そうそうに目覚めないことは想像に難くない。
「あまり、尻尾を出さないでくださいよ。私が警戒される」
「俺、賢かったでしょ?」
男が笑えば、鋭い犬歯が鈍く光った。昼間、リーシアやラウゼルの前で駄々をこねていた、どうしようもない男の姿は、今はない。
「そもそも、開口1番、人のことを主人、なんて呼ぶから怪しまれるんですよ」
「しょうがないよね。ご主人の魔力に犯されて、俺、ほぼ昇天してたし」
「……品のない言い方をしないでください」
「んー、かわいい」
男がリーシアを抱きしめて頬ずりする。犬の、縄張りを示す行為のようだ。
あながち、ポチで間違っていないではないか、とリーシアはため息をついた。
種を明かせば、リーシアが男……フォルティスの救済を決めたとき、既にその場には、結界内の温度を下げるための魔力が満ち満ちていた。
フォルティスの体の瘴気を払う程度であれば、その魔力は十分すぎるほどだった。
にも、かかわらず。リーシアは、地下の空間を埋めつくしていた魔石を全て使いつぶして、魔力をかき集めた。
魔石の中には、リーシアのものではない魔力も混ざっていたが、それは瘴気の除去と封印の解除、ついでにフォルティスの傷の治療に回す。
その傍らで、リーシアは、長年の傷と封印によって目減りしていた、フォルティス自身の魔力をその体から追い出して、代わりに、未だ体内にあった魔力を含む、その場の全てのリーシアの魔力を、フォルティスの体へ叩きこんでいた。
フォルティスは、封印から目覚めた瞬間、その魔力は全てリーシアのものに上書きされ、その体はリーシアに束縛されていた。
テイマーの従属契約など、ただのママゴトにしか思えないような、強力な支配。
息苦しいほどの熱に、快楽すら感じながら目を開き、気付いた時には、誰に知られるともなく魔力欠乏に陥っていた、リーシアに抱き着いていた。
その時には、フォルティスの身も心も全て、リーシアのものであったし、リーシアのこと以外、考えられなかった。リーシアは、真実、フォルティスの支配者であり、主人であった。
しかし、魔族から受けた傷に魘されながらも地上を、ロウランド国内の様子を見ていたフォルティスは、その場の皇太子の姿にも気づいていた。人間のしがらみ上、魔術師としては絶対的に強者だろうリーシアよりも、しかし、時と場合によっては力を持つ人間が、その場に居た。
だから、フォルティスは機転を聞かせ、その時点では、フォルティスとリーシアの間には、何のつながりもないように。ただ、フォルティスが命の恩人であるリーシアを慕っているだけのようにふるまった。
思惑通り、ラウゼルの思考はフォルティスを生きながらえさせる方向に向いたし、こちらはフォルティスの思惑の外であったが、フォルティスの頭の巡りの良さに、リーシアが彼を傍に置いても問題ないと判断する所以にもなった。
「私は、竜など飼う気は微塵もなかったのですが」
リーシアのボヤキに、フォルティスが笑う。
「んじゃぁ、獣相手に、あれだけ力の差を見せつけちゃぁ、ダメでしょ」
「助けた獣に、自分の手を噛まれたくはありません」
リーシアにとっては、当初は自分に敵意を向けていた相手に対する、最低限の自衛にしか過ぎなかった。
「分かるよ。ほんとにそのつもりがなかったのは。……でも、気持ちよかった」
だから、しょうがないよね、とフォルティスが笑いながら、リーシアのネグリジェの肩ひもを外す。
「ポチ?」
リーシアから冷たい声が飛ぶが、フォルティスは気にしない。
「見たい。俺の、印」
リーシアの左の肩甲骨あたりに、昨日までは無かった、白い椿のタトゥーが現れた。
「んー」
その花に口づけながら、フォルティスは機嫌よさそうにしている。
「やっぱり、テイムの契約してよかったー。そんな契約なんてなくても、俺はご主人のものだったけど。あの契約のおかげで、ご主人も俺に縛られてくれた」
「……」
そんなフォルティスを、リーシアは凍える目で見つめるが、彼は気にしていない。
「俺、好きにしていいんでしょ。ご主人、俺に契約の条件として、皇太子の言うことを聞けって言ったけど、あれ、契約の前だもんね。俺、なーんにも縛られてないし。魔力で繋がってる支配からは、ご主人の邪魔にさえならなければ、何をしてもいいって本音が届いてる」
「おや、わざと、タイミングをズラしたのにも気づいてたんですね」
やっぱりわざとだったのか、とフォルティスは笑う。
「この国の守護竜だったのでは?」
「別に? ずーっとずーっと昔の王と仲がよかったから、腐れ縁でいただけだし。守護の契約くらいはしてもいいかな、て思ってたけど」
守護の契約とは、一定以上の魔力がある獣が、人間に与えるお守りのようなものだ。人間が獣を従える従属契約と違い、守護の契約は、魔獣側が圧倒的に優位に立つ。
今はドラゴンも伝説上の生き物だが、昔はそれなりに数がいたのだろう。他にも、精霊とか、そういうものも。そして、気まぐれに、守護を与えていたのかもしれない。
「従属契約したくなったのも、そんなもの必要ないくらい支配されたのも、ご主人が初めて」
「だからといって、暑苦しい程なつかれるのはごめんです」
「やだね! 俺、仕方なく留守番はするからさ、その代わり、ご主人といるときは、ベタベタしてもいいよね?」
フォルティスの言葉は、飼い主と離れるのを寂しがる忠犬のようにも思えるが、勘違いしてはいけない。
「アナタの力があれば、私がトワードへ戻ったところで、転移の範囲でしょうが」
「あ、バレた?」
やろうと思えば、毎晩のように、布団にもぐりこまれてしまう。
リーシア相手にごまかす気もなかったのだろう。にやりと笑ったフォルティスに、リーシアはため息をついて目を閉じた。そのまま、寝る体勢に入ってしまう。
「……したいことは分かりますよ。今日は許しますから、明日以降、私の寝る場所を奪うのは遠慮してくださいね」
体を縮めて丸くなっているリーシアに、その肩にもう1度唇を落とすと、その衣服を整える。彼女を抱きしめるようにして、その体を包み込むのと時を同じくして、フォルティスの魔力がリーシアを包み込む。
今はすっかりフォルティスに馴染んだ、その魔力が、リーシアを労わるように覆っていく。
「無茶するよ。その体で、あれだけ大量の魔力を操作するなんて」
魔石に内包された魔力は、あくまで唯の魔力である。その魔力を、魔術として扱うには、1度、術者の体を通して、力を発現させる必要がある。
リーシアが自室に戻った後で、ラウゼルと共に探った地下には、魔石が強引に魔力を放出させられたために、その硬度を保てず、砕けて砂になったものが、大量に残っていた。
そこに込められた魔力を、自らに叩きこまれた魔力と合わせて推測する。
そして、魔力を返しがてら、少しだけ様子を探った、自分の主の、元の魔力容量も。
リーシアの魔力の器は人間とは比べものにならず、魔族と比べた方が正確に測れるだろう程には余裕がある。
しかし、いくら大きなダムでも、太く深い河川でも。大洪水が起これば、周辺の土地を巻き込んで、濁流となり、その地を荒らす。
リーシアの魔力こそ、落ち着きを取り戻しているし、その魔力で端から治療させてはいるが、フォルティスからみれば、その幼い体の内側は、魔力でズタズタに引き裂かれていた。
リーシアの魔力に干渉し、自らでの治療魔術をやめさせると、それをフォルティスが引き継ぐ。
絶対に、体は辛いハズだろうに。その様子を、ついに、自分以外の誰にも悟らせなかった少女に、なんと頑固なんだとため息をついて。
そんな彼女を少しでも守りたいと思いながら、フォルティスもまた、目を閉じた。
崇拝、は白椿の花言葉(西洋)




