王城にて
「さてさて」
2週間余りの長旅を終えて。リーシアは国についてすぐに、問題のドラゴンを見たいと望んだ。対処を考えるにも伝え聞くだけでは、情報が足りなさすぎる。
ラウゼルの帰還を喜ぶ城の人間たちの様子を白けた顔で見ながら、彼とジュリアスの各所への挨拶周りの時間も待たされて。
ようやく、リーシアの要望が叶えられる時がきた。
王城の奥まったところに隠された、地下へと続く階段。
ゼヴィッドが先頭を進むのを、ラウゼル、リーシア、ジュリアス、アルマンと順に続く。
どのくらい潜っただろうか。階段をひたすら下って、古びた鉄扉の向こうに、それは居た。
「……これが……」
よくもまぁ、地盤沈下が起こっていないものだと唸りたくなるほどの、広大な場所。高さも、横幅も、野球ドームくらいはあるのではないだろうか。
なお、前世、そういうところに縁があるような暮らしはしていなかったので、野球ドーム、という表現はリーシアにとって、勘でしかない。
それほど広い空間が地下にあるというのに、また、鉄扉をくぐってきた筈であるのに、その空間には、柱をはじめとした一切の人為的な要素がなく、まさに異様と表現できた。
そこに、小山のように伏せたドラゴンがいた。
否、それは、ドラゴンなのだろうか。
ラウゼルから聞いているから、そうと判断できるが、その物体は、原型が分からないほどに、黒い靄でおおわれており、もはや、真っ黒な塊としか表現できなくなっていた。
「君が言ったものは、準備させているよ」
広大な地下、それでもドラゴンの周囲に空いたスペースには、木桶が所狭しと並べられていた。
「砂利……? いや、魔石、か……?」
それを見たジュリアスがつぶやく。
あるものは砂利、あるものは小石、あるものはビー玉。大小で区別された魔石が、その木桶に並々と入っている。
「今現在も、協力を仰げるだけの魔術師に、魔石を作らせているが……」
「もう止めてもらって大丈夫ですよ」
ラウゼルの言葉に、リーシアが首を振った。
「もう十分ということかな?」
「いえ。思ったよりも、相当に出来が悪いので。こんな半端ものなら、数だけあっても無駄です。代わりに、空の魔石をここへ。空いているスペースは全て埋めたいですね、念のため」
木桶の中には、実力があるだろう魔術師が魔力を充填したと分かる魔石もあったが、大半が、本来の容量の半分にも満たない魔力しか込められていなかった。
「こんなに、どうするんだい? 魔石を使う魔道具は、一緒に注文されていなかったが」
ラウゼルにしてみれば、魔石とは魔道具の動力となるものなのだろう。
彼だけでなく、ほとんどの魔術師にとっては、そうかもしれない。
「どういう対処をするか決まっていないのに、魔道具を注文できるはずないでしょう」
「では、今から注文するのかな?」
「いえ。実際に目にして、再確認しましたが、魔道具は必要ありません」
「では、魔石は?」
「それは使います。……説明の必要が?」
「……いや、任せるよ」
一般的とは言い難いが、少し考えれば、魔道具なしで魔石の使い道など1つしかないのだ。
あまりにも、な魔石の出来に、気が立っているリーシアに、そんな面倒を見る余裕はない。
「魔石は言われた通りに集めよう。空の魔石でよければ、1週間もあれば、埋めつくせるよ」
「では、これの対処はそのあとに」
リーシアはドラゴンをちらりと見ると、すぐに興味がなくなったように目線を逸らす。
「他に、何か準備はいるかい?」
「要りません。あぁ、日に1度はここへ来ますよ。魔石の面倒を見なければ」
「魔石の、面倒?」
ラウゼルの言葉に、リーシアはため息をついて、周囲を一瞥する。
「ユーリさん、傍に来てもらえますか?」
「え? あ、あぁ」
突然、名指しされたジュリアスは驚いた声を発したものの、素直にリーシアの傍に寄る。
「これからしばらく、貴方に私の命を預けます」
「へ!?」
「……守れますか?」
リーシアの言葉にジュリアスは大きく目を見開いて、しかし、力強く頷いた。
それを確認して、次の瞬間、リーシアの周囲から風が巻き起こった。
ぶわり、と巻き起こったそれは、その場所に敷き詰められた木桶を撫でるように、端から端まで吹き抜ける。
それは、わずか一瞬の出来事。
「っ……」
「リーシャ!?」
力が抜けたように崩れ落ちたリーシアが床にぶつかる前に、その体を抱きとめて、ジュリアスが声をかける。
ジュリアスの腕の中で浅く息を繰り返しているリーシアに、ジュリアスは目を見開く。
彼には、人の持つ魔力量を推し量るセンスは弱いが、今のリーシアの様子は、魔術師なら一度は経験したことのある状態だった。
「お前、魔力が!」
「……大丈夫です。すぐに、立てる程度には回復するので」
「っ! 俺のを!」
リーシアのやせ我慢にジュリアスが首を振って、リーシアを強く腕に力を込める。
触れた場所から、ジュリアスの魔力が流れ込んでくるのを感じて、リーシアはほ、と息をついた。
普通は、それほど簡単に魔力の受け渡しなどできないのだが、リーシアと2人で魔力操作を練習したジュリアスは、それが普通のことであると認識している。
魔力を受け渡される側のリーシアも、人並み外れた魔力操作の技術を持つので、ジュリアスから流れ込む魔力を上手く自分の中に還元していった。
「懐かしいです」
「制御を習っているときは、ずっとこうして練習したな」
頷きながら、リーシアは自分の足元を確かめて、しっかりと立ち上がる。
「何を、したんだ?」
ジュリアスに尋ねられて、リーシアは無言で木桶を指さす。
「魔石……?」
「ユーリさんの得意分野ではないでしょうから説明すると。中途半端にしか魔力が込められていなかった魔石たちに、満タンまで魔力を充填しました」
「お前、それ……! 今の風が吹いた範囲は、端から端までだったぞ!?」
並外れた魔力量を誇るジュリアスは、力技が通用する転移術は身に着けることができたが、繊細な技術を必要とする魔石充填の才能はない。
それでも、魔石は日常生活で身近にあるものであるので、どのくらいの大きさに、どの程度の魔力が込められているかは、なんとなく知っているつもりであった。
広大な空間に並べられた、無数の木桶の中の、無数の魔石。
もちろん、予め、そこそこの魔力が込められていたはずではあるが、それを満たすことになる魔力とは。
考えて、ぞっとする。
実際に、リーシアは。
そう易々と魔力を使い切ることなどないジュリアスですら、遠く及ばない、想像もつかない量の魔力量を誇るリーシアが。
命を預けると言ってジュリアスを傍に呼び、実際に、魔力欠乏で崩れ落ちたのだ。
すました顔で今は隣にしっかりと立っているリーシアが、たった今、一瞬で行ったことの大きさに、信じられない気持ちでリーシアを見る。
「えぇ。足りるだろうとは思っていましたが、ギリギリでしたね」
貴方が居てよかったです、とリーシアに微笑まれても、ジュリアスにはちっとも嬉しくもなんともなかった。
「明日からも、日に1回は充填しますが、さすがにここまで消耗することはもうないでしょう」
「……無茶は、しないでくれ……」
心の声を、絞り出す。彼女に何かあれば、自分で自分が許せない。
彼女がロウランドへ来るきっかけを作ったのは、間違いなく自分であると、分かっているから。
「この程度、私にとっては無茶ではありませんよ」
言いながら、リーシアがジュリアスの腕から抜け出す。それを、なんとも言えない表情で見送って、ジュリアスもため息をついた。
ラウゼルが国に帰り着いた3日後。
聖都の王城では、夜会が開かれていた。
ラウゼルの一時帰国と、表向きは視察のために来国したジュリアスを歓迎するためのものである。
とはいえ、ジュリアスは社交界デビュー前であるし、国の上層部はジュリアス来国の本当の理由を知っているため、形だけの簡易なものである。
当然、リーシアはそんなものに参加するわけもないので、1人、城内に与えられた部屋で寛いでいた。
「リーさまぁ。どうして、夜会のお食事、断っちゃったんですかぁ。お腹すきましたぁ」
リーシアがベッドに転がって読書をしている横で騒いでいるのは、相部屋のフォンシーである。
旅の道中、最小限の人間にしか存在を明かされていないリーシアは、他の選択肢もなく、ジュリアスやラウゼルと一緒に、1番警護の厚いテントで眠っていたわけであるが、さすがに城内で同じように、とはいかない。
とはいえ、表向きは存在しない人間に、部屋を与えるわけにもいかないので、建前上、ラウゼルが呼び寄せた国内の魔術師であるフォンシーに部屋を与え、それに相部屋する形でリーシアの部屋が整えられていた。
フォンシーは、平民からの叩き上げの魔術師であり、貴族ではない。正当に評価されていなかったところを、ラウゼルが個人的に引き立てた存在だ。
結果として、ラウゼルの子飼いのような扱いになっており、例のドラゴンのことも知っているため、リーシアのお守を押し付けるのにもちょうどよかった。
平民のため、侍女や護衛騎士を付ける必要もなく、リーシアの存在を隠し易かったということもある。
そんなものは必要ないだろうが、一応、リーシアの護衛はフォンシーに任されていた。
そんなフォンシーは、リーシアと引き合わされた直後、その魔力の大きさに脱兎のごとく逃げ出した経歴を持っており、様付けを譲らなかったので、なし崩しでリーシアもそれを許している。
「……」
す、と本から視線もあげず、リーシアが左手を差し出した。
「はい」
その手に、フォンシーが今まで握りしめていた魔石がのせられる。
「……はい。あと、あれ」
フォンシ―が充填した魔石をチェックし、問題ないのを認めて、ひら、と壁際の木桶を指さした。
「ななな! まだ!? まだやるんですー!? リーさま、ひとりでできるじゃないですかぁ! それに、私はお腹ぺこぺこなんですぅ!!」
「……」
フォンシ―が騒ぐのを無視して、リーシアは読書に戻る。
そんなリーシアの姿に、フォンシ―はぐすぐすと鼻を啜りながら、木桶に向かい合うのだった。
「……リーシャ、食事がまだと聞いたから運んできた」
「えぇ、貴方も満足に食べられなかったでしょうから、ご一緒しますか?」
夜も更け、夜会が終わったらしいジュリアスが、アルマンを伴って部屋に現れた。
食事が乗ったワゴンを押してきたと思われる従者は、すでに追い払い済のようだ。
「待っていたのか?」
「そういう訳でもありませんけど。読書がいい感じだったので」
リーシアはそう言うと、本を片付けて、テーブルへ向かう。
「貴女はどうしますか?」
「食べますぅぅぅぅ」
リーシアの言葉にバッ、と身を起こしたフォンシーが、「フォンシーは殿下が呼んでいる」というジュリアスの言葉に崩れ落ちたのは、その3秒後のことだった。




