馬車の中で
馬車の中。
ジュリアスの前にはラウゼルが、そしてその隣には、リーシアと初めましての青年が座っている。
そんな面々に囲まれて、口火を切ったのはラウゼルだった。
「さて、国を出る準備で大忙しだったから、そもそも何を手伝ってもらうのかすら、教えていないね。よくそれで、ユーリを伴う許可が出たものだ」
「私の鎖、にしたいらしいですからね。私1人で行かせて、コロッと寝返られたら困るのでしょう。同盟国とはいえ」
歯に衣着せない物言いに、ラウゼルは笑い、その隣の青年は顔をしかめた。
「あぁ、馬車にもぐりこむまで、紹介もできなかったからね。彼は私の側近で、騎士をしているゼヴィッド。ゼヴィでいいよ」
「リーシアです」
「彼には、基本、隠し事はしていないんだ。なんでも話していいよ」
ようするに、ラウゼルが持つ情報は、全て筒抜けということだ。リーシアは小さく頷く。
ちなみに、ゼヴィッドが顔をしかめているのは、リーシアが気に入らないからではない。ラウゼルの命の恩人だということも、正確に伝わっている。
しかしながら、どうにもリーシアの認識阻害が完璧すぎる所為で、リーシア相手にラウゼルを守り切れそうにない、という緊張感が、彼にそうさせていた。
「それで、手伝って欲しいことなんだけど、どのくらい予想がついてる?」
「例の流行り病に関わることだろう、くらいですね。薬が見つかって落ち着いたことになっていますが、実際はそんなものない……否、あっても多少症状をごまかせるもの。流行り病には元凶が存在して。それをどうにかするのに、大量の魔力か、或いは強力な魔術が必要。貴方が生き急いでいたのは、根絶されたように見えている流行り病が、実は全然そんなことはなく、今、僅かな休眠期間にあるから……といった感じでは?」
リーシアの言葉にジュリアスは目を見開き、ラウゼルは苦笑した。
「まったく、賢いね」
「原因はなんですか? 魔物? 地脈? 植物?」
「聖都の地下には、封印されたドラゴンがいてね。その封印が解けかかってる。例の流行り病は漏れ出た瘴気が原因なんだ。事情を知れる範囲の魔術師で、封印しなおしたんだけど、それも限界でね。あと数年で完全に封印が解けてしまう」
「へぇ」
なんとまぁ、ファンタジーだこと。
「ドラゴン……て、あの?!」
「ユーリさん、今になって驚いたんですか? それなりの重責背負ってる皇太子が、それ放っぽりだして、命かけてたんですよ? そりゃ、それなりのものが出てくるでしょう」
目を見開いたジュリアスに、何をいまさら、とリーシアが呟く。
「あ、いや、だが……」
「悪意がないだけ、魔族よりマシでしょう」
「……なんというか、リーシャには恐れるものがないのか」
「そうですねぇ……。特には」
考えた結果の答えに、ジュリアスは顔を手で覆った。……失礼な。
「心強いよ。……それよりも」
「はい?」
そんな様子に苦笑したラウゼルが切り出した。
「どうして、急に助けてくれるなんて言い出したんだい?」
「別に、気が変わったわけではありませんよ。元々どうでもよかったので」
どうでもよいからこそ、助けるも、助けないも、気分次第だった。
「これも、ちゃんといただきましたし」
リーシアは片手で魔術契約書を揺らす。リーシアにも狙いがあるとはいえ、関わると決めた以上は、くれるというなら貰っておきたい。
その様子に、ゼヴィッドがまた、顔色を悪くする。契約書が未だ白紙、というのも従者を不安にさせるのだろう。契約者名にはラウゼルが記名捺印済である。もちろん、魔術契約書に効力を持たせる正規の手段で。
報酬は後払いで好きなものを。どころか、誰に奪われてもおかしくない状態、というのも精神衛生上、非常によくなかった。
「リーシャ。返すか、そろそろ内容を決めたらどうだ?」
「何が起こるかわからないので、嫌です。今、別に、この方から貰いたいものは何もないので、今後、何かが起こった時に、それに対応するものを貰います。誰にも奪わせませんし、国の害になるようなことも書きませんよ」
リーシアが言って、手の中から契約書を消す。
「それは、幸いだが」
「国に命をかけられる人に、国に害があることを約束させたところで、死なれて終わりじゃないですか。何でも書けますが、何でも叶えられるわけではないのです。だから、そんなもので、私に取引を持ちかけるなんて、覚悟と言いながら、安く見積もられたものだと思っていたのです」
「……」
ジュリアスは顔を真っ青にしているが、ラウゼルは笑っている。
あの場で言っていい雰囲気ではなかったので、リーシアは飲み込んだが、あの取引は、リーシアにとって全く気分がいいものではなかった。
「まぁ……1つだけ、やってみたいことはあるんですが、さすがに悪趣味すぎるので」
リーシアはジュリアスをちらり、と見て口籠る。
「ユーリさんに嫌われそうなので、我慢します」
「はっ!? 俺に嫌われるほどって、お前、何する気なんだ! あ、言うなよ! そして、絶対に実行するな!」
ジュリアスが顔面蒼白のまま声を荒げたので、リーシアは声を出して笑った。
魔術契約が成立すると、その契約が果たされるまで、契約者はその証を身にまとうことになる。入れ墨か、アクセサリーか。ある程度の選択肢はあるが、契約が果たされるまで、それは体から外すことが絶対にできない。……ある程度、隠すことはできるが。
そして、その証は、見るものが見れば魔術契約の証であると、すぐに見抜ける。魔術契約で縛られた者は、その信用度がガクリと下がる。理由はもちろん、誰かに命を握られているからだ。その誰かのためなら、自分は裏切られるのではないか、と絶対に想像してしまう。
誰かに命を握られていることの証。それを、皇太子に、未来の皇帝に、つけてみたい。
そして、そのために、『魔術契約の証を隠さず一生身に着ける』契約を結びたい。
とはいえ、悪趣味であることの自覚はあるので、我慢をしているところであった。……現状は。
「これは、ごまかされてしまったかな」
「……いえ、良いですよ。ある程度、開示します。どうせ、聖都につくまでに、話さないといけないことでした」
苦笑したラウゼルにリーシアはため息をつく。
まったくもって、気乗りしていない様子が伝わって、ジュリアスはそわそわとリーシアを見つめる。
リーシアが一度目を瞑り……開く。
そこには、ある者は『王家の証』と、又ある者は『フェレス』と呼んだ、澄んだ青い瞳があった。
「まずは、貴方がどこまで調べているのか、教えてもらいます」
悪趣味な少女は好きですか(2回目)




