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齢5歳の魔術師

やっと本編。

 時刻は夕刻。街の外へ続く門が閉じられるのを知らせる鐘の音が先ほど窓の外から聞こえた。

 そろそろ日が落ちてきて、本を読むのは辛くなってしまう。そんなことを考えながら、リーシアは足の上に広げていた厚い本を閉じた。……そんな時。


「ただいま、リーシャ。いい子にしてたかい?」

 扉を開けて自室に入ってきた青年が、ベッドの上に腰かけたリーシアの姿に笑みをこぼす。その声に、リーシアもふわふわと揺れるはちみつ色の髪を揺らして顏を上げ、栗色の目を細めて言葉を返した。

「おかえりなさい、アイルさん」








*****


 リーシアは今年で5歳。出身はハイリア大陸の東の端、ロウランド聖国テルジア領である。国1番といってもいい辺境の出身であるが、一応生まれはその領主、辺境伯・テルジア卿の嫡子であった。

 とはいえ、今現在リーシアが住んでいるのは、ロウランドから南に国1つ隔てて存在する、トワード王国のハリス市。リーシアは兄と2人で旅をしていた。


 テルジア領は大陸の中でも端に位置し、他国との流通がとかく悪い。辺境伯というだけあって、領の南にはかつては敵国であったイヴニス国が接しているが、険しい山を隔てており、奇襲を狙った戦時中ならいざしらず、イヴニス国が同盟国となって早100年。今となっては、テルジア卿の仮想敵は国境の森から時折迷い込む野生の熊程度のもの。


 かといって、産物といえば東の海から獲れる海産物以外は目立ったものがなく、さらに言えば、その海産物も聖都や他の主要都市との距離を考えれば、鮮度の問題で特産物にはなり得ない。

 塩の混じった土壌では作物も育たず、海産物のおかげで飢えはしないが、とかく貧乏な領地であった。もちろん、戦時中でもなければ、国からの軍資金などありもしない。






 リーシアとその兄アイルーベルトの父であるガリオ・テルジア卿は、剣の名手で人望もあり、領主としてはいい領主であったろうが、金の問題はそれだけで解決するものではない。

 流行病に倒れた妻の治療費もろくに用意できず、8年前に亡くしている。


 5歳のリーシアは、その後に娶った後妻の子供であった。若い領主が更に若かりし頃、聖都で見習い騎士として仕えていた時代に彼を見初めた公爵家の末娘。祖父が2代前の皇帝という由緒ある血筋の、紛うことなき大貴族である。


 しかしながら、大勢の兄姉に囲まれた末娘ということもあって、その身は政略結婚の駒としても、ほぼ役割がない。だったらば、と家格だけは高いガリオに、それも後妻として、大量の結納金を伴って嫁いできたのである。






 そうして生まれたのがリーシアと、その双子の弟。不吉と言われる揃い子、しかもリーシアが一切産声をあげなかったのと相まって、両親、特に母がそれを気味悪がった。

 揃い子が不吉と言われるのは迷信であり、今の世ではだからといって、片方を殺したりはしない。……普通であれば。しかし、リーシアの母はその気味の悪さから、リーシアを殺そうとしたのだった。


 ではなぜ、リーシアが今も生きているのか。凶行に走る母を止めたのは、当時8歳の兄・アイルーベルトだった。当時、既に並外れた剣の才能を開花させていたアイルーベルトは貴族として、辺境領主として、一生を終えることに不満を感じていた。重ねて言えば、いつまで経っても金のない暮らしに馴染まず、ことあるごとに散財を繰り返す後妻と折り合いも悪かった。






 後継ぎの地位を産まれたばかりの弟に譲り、自らは家を出て旅に出ることを条件に告げれば、彼の義母は簡単にリーシアをアイルーベルトに引き渡した。

 それに驚いたのは父親であるガリオであった。アイルーベルトは死んだ前妻の忘れ形見である。加えて、自分の剣の才を引き継いでおり、大変に可愛がっていた。もちろん反対しようとして、しかし、後妻の勢いに押し負けた。

 常々居り合いの悪かった、しかも血のつながらない子。しかし、領主の嫡男であるそれ。


 金のこともあり立場の弱いガリオを押しとどめ、その日のうちに名前も決めぬままの娘と一緒に、アイルーベルトを屋敷から追いだしたのであった。

 アイルーベルトは産まれたばかりの子供を抱いて、齢8の体で家を飛び出した。

 ……そして、5年が経過した。


 リーシアが泣かなかったのは、何も双子の呪いではない。ただ、前世の記憶を持って生まれたからに過ぎなかった。その所為で気味悪がられて殺されそうになっているのだと、確かに理解しながら、それでも、何もしらない赤子のフリをする気はなかった。

 そうして、名前を授けてくれた兄と共に、これまで生きてきたのである。






*****


「明日は朝から旅路なのに、1日中、本を読んでいたの? 疲れていない?」

「読書では疲れませんよ。アイルさんこそ、今日くらい仕事は休めばよかったのに」

「最初はそのつもりだったんだけどね、さんざんお世話になったマーキオ夫人が急ぎで薬草が欲しいって困っていたから……」


 この街へやってきて3週間になろうか。アイルーベルトは相変わらず人がよい。だから、3週間という短期間で、長い旅路の前日にも拘わらず、薬草を摘んできてやる羽目になるような人付き合いができてしまうのだ。

 とはいえ、その人の良さがあるからこそ、その真逆をいくリーシアというお荷物を抱えながら旅ができているのだということも分かっている。

 リーシアは内心で苦笑しながら、食事にしようと告げたのだった。






「今日は、ランドダックのから揚げらしいよ」

 ごつい装備を取り外し、丁寧に床に置いたアイルーベルトが、剣と薄刃のナイフだけを腰に差してリーシアに手を伸ばす。

「昨日、アイルさんが持ち帰ったものですか?」

「うん、そう。一晩、タレに漬けてあったんだって、楽しみだね」

 笑顔でリーシアの手を握る青年は、この5年で有名な冒険者となっていた。






 家を飛び出して、国を出ることを目的にひたすら南下を続けたアイルーベルトは、しかし、国境の山の中で3日と経たずに力つきた。

 赤子に与えるべき母乳もなく、ひたすらに目に付く薬草で作った薬湯で命を繋げさせ、自分は剣で狩った獲物を食べて旅をしていたが、そんな生活では自分はともかく、リーシアがもつはずがなかった。そこで初めて、アイルーベルトは妹の泣き声を聞いた。


 腕の中で力付きそうになる妹に絶望しかけたとき、2人を拾ったのは山に暮らす、元冒険者の世捨て人だった。

 男はグリンと名乗り、アイルーベルトの無謀をきつく叱った。しかしその後で、2人に救いの手を差し伸べた。治癒魔法でリーシアの体調を治し、食事を与え、しばらくの間、共に過ごすことを提案した。

 それから約2年、老衰で死ぬまで、アイルーベルトに冒険者としてのいろはを叩き込んだ。






 グリンの塒を旅立ち、無事に山を下りたアイルーベルトは、途中の街で冒険者として登録しながら金を稼ぎ、わずか2カ月と経たずに隣国の王都へ辿り着いた。

 それから約3年。子連れの冒険者として、また若くして優秀な剣の遣い手として、アイルーベルトは13という年齢ながら、一人前の冒険者の1人として数えられるようになっていたのである。







「よぉ、リーシャ。朝ぶりだな。また1日籠ってたのか?」

 2人が塒にしている宿の1階はダイナーとなっている。とはいえ、冒険者が多く出入りするのもあって、場末の酒場のような雰囲気がただよい、治安が良さそうとはいえない。

 リーシアとアイルーベルトが姿を現すと、カウンターの奥から恰幅のいい親父が声をかけた。グラバード。宿の主人である。


 2人がイヴニス国に入国してからは、その旅路はゆったりとしたものになった。1つの街で半年ほど留まったこともある。現在は、8カ月ほど前に入国したトワード王国で、王都を目指しているところであった。そしてまさに明日、3週間滞在したハリス市を旅立とうとしていた。


 冒険者仲間からは、家を買い、身を落ち着けたらどうかとすすめられてはいるが、冒険者という職業柄、常に身軽でいたい。なにより、アイルーベルトはまだまだ冒険したりないのである。


 リーシアが生まれなければ、目の前に敷かれたレールをただただ進み、辺境の地で一生を終えていただろう自分。他人に言わせれば、十分に幸せな選択肢だったかもしれない。それでも、自らの手でその運命を断ち切って旅に出たのだ。

 まだまだ世界を見たいという欲望は尽きそうになかった。幸い、リーシアも今の生活に何の不満も感じていないようで、それも、自らの背中を押しているように感じる。






 リーシアが今の自分の年になったとして、そんな彼女に、冒険者である自分との旅を続けさせることは、心苦しい。その時になって、自分が後ろ髪引かれることなく、どこかの土地に腰を押し付けるためにも、今はいろいろな世界を見たいのだ。


 アイルーベルトが街の外で稼いでいる間、リーシアは宿で留守番をしている。宿、特にギルドと特約を結んだ宿であれば、その営業に支障を来すような問題を起こせばギルドからの処分がある。そのため、家を借りるより、よっぽど安全ともいえる。

 そんなこんなで、リーシアはアイルーベルトを伴っていなければ食堂にさえ姿を現さない。1日宿にいようとも、朝ぶり、となってしまうのである。






「どうだ、リーシャ、美味いか?」

「えぇ、1日漬けこんであるだけあって、お肉も柔らかいですし、味が奥まで染み込んでいて、おいしいですよ」

「おぉ、そうか! ははっ、手間かけた甲斐があるってもんだな! よし、お前には特別にデザートもつけてやるよ!」

「ありがとうございます」

 近くの森でとれるフルーツの乗った皿を差し出され、リーシアが微笑む。

「いいってこった!」






 5歳児にしてみれば浮世離れした会話だが、3週間になる付き合いでは、今さら驚くこともない。もちろん、普段彼らと付き合いをしているアイルーベルトの人あたりがあってこそであろうが、おおむね、多くの客も皆、好意的にリーシアを見守っていた。






「おい、酒だ、酒もってこい!!」

 まだ早い時間であるにも関わらず、5人ほどの酔っ払いが店になだれ込んで来たのは、そんなときであった。

「おい、持ってっていいから上いけ」

「すいません」


 途端、グラバードが眼差しを鋭くし、アイルーベルトに小声を落とす。アイルーベルトも小さく頷いて、自分とリーシアの分の料理を持ち上げながら、リーシアを促す。それに頷いたリーシアが階段へ向かおうとしたところで。






「あぁ? ここはギルド員御用達の店じゃねーのかよ! ガキが来るところじゃねーぞ!」

 気付かれた。

 そしてその言葉に、宿の全員が判断する。余所者である。

 アイルーベルトの冒険者としての腕と、その妹の存在をしる街の人間からすれば、それに手を出すのは正気の沙汰ではないのだ。






「無視すんじゃねーよ!」

「リーシャ!」

 怒鳴られたものの、それに反応することなく階段に向かおうとしたリーシアを掴みあげるように男の手が伸び、

「ぐぁあああ!」

 野太い悲鳴と共に、男が床に倒れ込んだ。






「なんだっ!?」

「がぁっ!」

 緩んだ口からよだれを垂らしながらうめき声を上げる仲間に、他の仲間たちが酔いも醒めたように焦り出す。

 それを尻目に、サッと身をひるがえしたリーシアはスタスタと階段を上がっていってしまった。それを見送って、剣の柄にかけていた手を離しながら、アイルーベルトは息をついた。






 凄腕の冒険者アイルーベルトの妹、リーシアは凄腕の魔術師、特に幻術に関しては比肩するものの居ない達人であるということは、もはや街中では有名であった。

 詠唱破棄、代わりに僅かな指使いのみで魔術を発動させるリーシアの凄技により、幻痛に呻きをあげる男に心の中で合掌し、アイルーベルトは自らも階段を上った。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] > リーシアとその兄アイルーベルトの父であるガリオ・テルジア卿であった。 ・・・ > 扉を開けて自室に入ってきた青年が、 >「おかえりなさい、アイルさん」 扉を開けて入ってきたアイ…
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