天才の余裕
暖かい日差しの中で、広い芝生の庭に2人して座る。
「本当に、大丈夫か……?」
ジュリアスはリーシアの手を握りしめて、その瞳を見返す。栗色の瞳が笑顔を形づくる。
「あら、私を信用して頼んでもらったと思っていました」
「否、お前を疑っているわけではなく……」
「私に怪我をさせてしまうことを怖がっているのですよね」
「……」
にっこりとジュリアスの言葉を先回りしたリーシアに、二の句が告げずに閉口する。
「大丈夫ですよ。あまり、自分から言う言葉ではありませんが……、私、天才なので」
リーシアの言葉にジュリアスが目をぱちくりとさせる。
「天才、か」
「えぇ。私、努力って、あまりしないので」
努力をしない。だからこそ、リーシアが身に着けている力は、全て、その才能故のものだった。前世では、勉学面でしか発揮されなかったが、今生で、魔力という新しい力を手に入れて、その力によって発現する超常現象が、超常現象のくせに、いろいろな理屈の上に成り立ち、いろいろな柵があることを理解して。
……理解すれば、リーシアの頭脳でそれを使いこなすのは簡単だった。
リーシアの言葉に覚悟を決めたように頷いて、ジュリアスがリーシアの手を握らない方の手で、ピアスを外した。……まずは、片耳。
「……!?」
ジュリアスは目をぱちくりとさせる。まるで、なにも起こらなかった。
遥か昔の記憶にある、腹の底から湧き上がる熱も、世界がまるで回転しているかのような眩暈も、感情が抑えきれず叫びたくなるような衝動も。何も感じない。
「俺の魔力は……?」
まさか、封じている間に、本当に消えてなくなってしまったのだろうか。ジュリアスがそう、不安を口にしたとき、リーシアがくすり、と笑った。
「拍子抜けするほどでした? ふふ。ユーリさん、これ、見てください」
リーシアが言いながら手を揺らす。ジュリアスがそれに視線を落とすと、先ほどと変わらない、繋がれたままの手がある。
「ユーリさん、こっちの手も触って?」
「あ、あぁ……っ!?」
リーシアに差し出された手を握って、ジュリアスがばっ、とその手を離した。
「あら、そんなに冷たかったですか?」
「い、いや。普通に人肌だ……。が、だとしたら、この右手は……?」
握ったままの手は、ぽかぽかと暖かい。それは、肌が触れ合ったことや、ジュリアスの緊張による熱だけでは決してない。今まで自覚のなかったそれを意識したとたん、ぶわり、と体が熱くなった。
「落ち着いて。温かいだけでしょう? 湯あみをしているような、或いは、こうして日向ぼっこをしているような」
「あぁ……」
リーシアの言葉を噛みしめる。その言葉を、ちゃんと理解する。焦らずに、その熱は、受け入れていいものなのだと、認識する。
「そう。その調子」
リーシアがジュリアスに微笑みかける。
「これが、俺の、魔力……?」
「そう。決して怖いものではないでしょう? 温かくて、柔らかくて、貴方を守るベールのようなもの」
「あ、あぁ……。これを、俺は、暴走させていたのか……?」
この温かいもので人を傷つけ、それを恐れて、もう何年間も封印してきたのだろうか。
「そう。もちろん、湯あみもお湯が熱すぎれば火傷するし、長く入りすぎては湯あたりもする。ちょうどいい温度と、時間を見極める。それが、制御です」
「……ちょうどいい、温度」
「火傷しないように、適度に魔力を循環させて、熱を覚ます。熱に浮かされそうになったら、熱い紅茶に息を吹きかけて冷ますように、魔力を放出する。……今は、私がそれを助けて、適度な温度を保っています」
「お前の負担になっていないか!?」
ジュリアスのはっ、とした声に、リーシアがくすくすと笑う。
「この程度では、どうとも。まだ、片耳についていますし」
「……どうすれば、俺自身で制御できる?」
「焦らないで。まずは、魔力を理解すること。決して怖いものではないと。自分の中に、それがあることを認めること。受け入れること。……制御はそのあとです」
「う、うむ」
頷いたジュリアスにリーシアがよろしい、と頷く。
「では、少しだけ、操ってみましょう。……そうですね。例えば、ここがとっても寒い場所で、私の体がすっかり冷え切っているとしましょう」
「な!? ……う、うん。例えだな」
「はい。例えです。それで、凍えそうな私を、ユーリさんは助けようと手を握ってくれました」
ジュリアスはその言葉に釣られるように、リーシアとつないだ手を見つめる。もしも、この手が冷え切っていて、リーシアが苦しんでいるとしたら。そう、想像する。
「ユーリさん、私を助けてみてください。自分の熱を私に移そうとして。私を暖めたいと思ってくれますか?」
「もちろん!!」
思いのほか大きな声が出て、ジュリアスは気恥ずかしそうに咳払いする。
「では、やってみて?」
ジュリアスは、もう片方の手もつかって、リーシアの手を包み込む。冷たいその手が温まるように。自分の熱が伝わればよい、そう願って。
「っ!?」
ぶわり、と自分の中にあった熱が、ジュリアスに応えるように、リーシアに流れ込んだ。
ダメだ、と、咄嗟に手を離そうとする。が、それは失敗に終わった。5歳児にはあり得ない力でリーシアが、ジュリアスを握った手を掴んで離さない。
「はい、うまくできましたね」
「リーシャ!? お前、大丈夫なのか!?」
「大丈夫、とは?」
「俺の中の温かいもの……魔力、だよな。それが、すごい勢いでお前に流れ込んで。俺の想像以上のスピードで……」
乳母を傷つけたときのことでも思い出したのだろうか。リーシアは喉をならす。
「ユーリさん。また、私を信用しませんでしたね。言ったでしょう? 私、天才なので。私の目の届く範囲で、ユーリさんを暴走させることは、絶対にしませんよ。貴方の魔力くらい、制御しきってみせます。貴方の代わりに、必ず」
今度はリーシアが両手でジュリアスの手を包み込む。
「リーシャ……」
「はい。今日は魔力の受け入れと少しばかりの放出を練習しました。これ以上は湯あたりするので、おしまいにしましょう」
「分かった」
リーシャの言葉に素直に頷いて、ジュリアスはピアスをつけなおす。
それと同時にあっさりと離されてしまったリーシアの手をつい、目で追ってしまう。
「ユーリさん、疲れた時にはティータイム、ですよね!」
「あぁ。図書館に持ち込んでいるものより、随分と種類もあるぞ。まだお前に出したことのないお茶を準備させよう」
「ありがとうございます!」
ジュリアスの言葉に目を輝かせてリーシアが微笑む。先ほどまでの包み込むような温かい笑顔ではなく、年相応の少女の笑顔。
早く部屋に戻りましょう、と急かすリーシアを、ジュリアスは眩しいものを見るように目を細めて見つめた。




