ウシナッタコト コレカラノコト
配信後、クウコと少し会話をしてから、現実世界へと戻って来た。
クウコはクウコなりに悩んで精神的に疲れたのだと思う。
超高性能AI(?)も疲労するんだろう。
少し休むと言って、マイルーム内のベッドにもぞもぞと入って行くのを確認した後、ログアウトして今に至る。
ヘッドマウントディスプレイを外して直ぐの事、未完のスキルによって自分がどの部分を失ったのか、確かめる必要も無く気付く事が出来た。
「…………左目が、見えなくなってる」
現実世界はすでに深夜ではあるけれど、部屋はあらかじめ一番小さな補助灯を点けた状態だったから、左目が見えていない事は再確認するまでも無く確かな事だった。
「カナエちゃんの”これから”を奪っておいて、左目だけかよ…………」
もっと身体の機能を失えば良かったわけでは無い。
ただ、カナエちゃんの犠牲と比べたら、あまりにも差が在り過ぎる事に納得出来ないだけ。
彼女は何一つとして悪い事をしていないのに、記憶を消去されセレクトキャラクターへ戻されるペナルティーが重過ぎる。
けれど、それはもう済んだ事、済んでしまった事。
オレがカナエちゃんの”これから”を全て終わらせてしまった。
対する代償が、左目だけ。
「……なんなんだよ、このゲーム。おかしいだろ……こんなの。チートしたヤツだけに代償支払わせればそれで済む事なんじゃないのかよ」
オレはログアウト後いつもそうするように、片方だけの松葉杖とスマートフォンをポケットに入れ、同じ階に有る休憩室へと足を向けた。
自動販売機でパックのカフェオレを購入し、ベンチシートへと腰を下ろす。
ストローを挿し込み、一口飲みながら、プリンセスナイトオンラインのサイトから利用規約を読み込んだ。
「……こんな長い規約、誰も読まないっての」
上から下まで、隅から隅まで、注意書きも含めてオレは時間を掛けながら、ゆっくりと読み込んで行く。
その中にはマナが言っていた事も全て記載され、他にも知っておくべき事がいくつも存在していた。
もし、この利用規約の事実を先に知っていたのなら、プリンセスナイトオンラインをプレイする事は無かっただろう。
”死亡”する事は無くても”意思は無く生きているだけ”の状態に陥る事になる、それが最悪の結果として要約できる利用規約の結論だ。
「意思が無くて、生きているだけって…………ほとんど死んでるようなモノじゃないか」
果たして自分の意志が無い場合、それは”生きている”のか”生かされている”のかどちらが妥当な言葉になるのだろう。
でも、救済措置は取られている。
プリンセスナイトオンラインの終了。
それを以って失ったモノは元に戻るそうだ。
呆気無くサービス終了するのか、それとも何年も続いて行くのか分からない。
更に付け加えれば、逃げ道も絶たれた状況。
カナエちゃんと戦う直前にマナからアナウンスが入った時『七十二時間戦闘リザルトが無い場合、徐々に身体の機能を失って行く』と言っていたが、これもまた利用規約に記載されていた。
退会処理した場合も同様だと詳細に記載されている事から、プリンセスナイトオンラインが終わりを迎えない限り、もうこのゲームから逃げる事は不可能と言う事になる。
ただ、何も最初からこれ程理不尽な設定で無く、あくまでも不正行為が発覚した場合の対処として遂行される仕様だったらしい。
すでに不正行為は行われている事から、今更知った所でどうにもならないけれど、ただ普通に楽しんでいるユーザーに取っては、とんでもなく傍迷惑な事であって、簡単には受け入れ難い事実だろう。
「きっとこれから……ユーザー同士のいざこざが増えるだろうな…………」
不正行為をしたユーザーの追跡であったり、互いの信頼関係が崩れたり、疑心暗鬼から他者を傷付けたり、そしてより強いプリンセスキャラの奪い合いも起こるだろう。
プリンセスキャラであるカナエちゃんがそうしたように、ユーザー側が操るプリンセスナイトにおいても、バトルへ介入する事や特別クエストを設定出来る事になっていたのだから。
「ある程度、対策のような事を考えておく必要があるか……」
まぁ、オレ達はレアリティ1だから、クウコをプリンセスキャラとして考えるユーザーはほぼいないと思っていい。
なので、ユーザー側から襲撃を受ける事はほぼゼロだろう。
ただし、カナエちゃんのようにセレクトキャラクターへ戻りたくないと考えるプリンセスキャラクターの襲撃は考えておくべきだ。
レアリティ1なんて格好の餌食になるだろうから。
そうなる前に未完のスキルを完全に覚える必要がある。
その為に単独戦線を繰り返してレベルアップさせる必要があるのだけれど、戦線中に介入される可能性もあるわけで。
「…………あぁ、ちくしょー、無駄に良く出来上がってるシステムだよな」
それからクウコの事もある。
配信後、マイルーム戻ってから少し会話をした。
した、と言うよりもしなければいけない雰囲気になった。
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「案外ポイント貰えたなー。これもスピード値へ全振りっと」
「……カレン」
「んー?」
クウコがマイルームの床へ視線を落としながら、ポツポツと告げて来る。
「クウコは……カナエに酷い事をしてしまったの……」
「……どうして?」
「何もせず黙っていただけなのに、カナエの隙を突いて……攻撃を当てたの」
最後の一撃の事か。
そのおかげでオレはカナエちゃんに勝てたんだよな。
「ああしてくれなかったら、オレたちは負けていたよ。だからオレは感謝している」
「……でも、カナエは絶対恨んでいるの。最初からちゃんと戦っていればまだ良かったはずなのに……卑怯な事をしてしまったの」
カナエちゃんがどう思ったのか、真実は分からない。
聞こうにも、そのカナエちゃんはもういないのだから。
だとしても。
「カナエちゃんはクウコの事を卑怯だなんて思っちゃいないよ」
「そんな事無いの……」
「そんな事あるさ。仮にクウコの事を恨んでいたら、最後の最後、あんなメッセージを残して行ったりしない」
カナエちゃんからのメッセージは、彼女の思いがちゃんと詰まっていた。
そう感じさせてくれるだけの内容だと、オレは受け取れている。
本当に恨んでいたら、あのようなメッセージは送って来ないし、仮に送って来たとしても、内容はもっと悪い事になっていたはずだ。
「それに、クウコが攻撃をしたって事は、自分で思うところがあったって事なんだろ?」
「……あの時、クウコは……セレクトキャラクターに戻りたく無いって思ったの。そんな自分勝手な思いしか無かったの」
「それでいいんだよ。カナエちゃんはさ、もし自分が残ったとしても、いつまでもずっと納得しないまま、オレと連携を組む事になっていたと思う」
「……それは何となくそう思うの」
「だから、今の状況が出来る限りの最善だったんだよ。まだ気持ちの整理がつかないだろうけどさ、カナエちゃんが残した最後の願いをオレ達は叶えて上げる必要がある。それがカナエちゃんにして上げられる唯一の事なんじゃないか?」
「……うん」
「きっとカナエちゃんは、こうして悩む事も考えてお願いをして来たんだよ。その願いを叶えて上げている事で、少しでもオレ達が悩まずに済むようにってさ」
「…………うん」
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一応、頷いてはいたから、オレの言いたい事は伝わったんだと思う。
どんなにカナエちゃんの願いを叶え続けたとしても、本人には伝わらないのだから納得出来ない思いの方が強いだろうけれど、それでも、オレ達に取って、カナエちゃんの最後の願いは救いとなっている。
あんないい子が消えなくちゃならないなんて……自分の目が見えない事よりも、カナエちゃんを消してしまった事の罪悪感が強くて、正直やり切れない思いでいっぱいだった。
「いくらなんでも、こんな仕様……やり過ぎだって……」
誰に言うでも無く悪態を付き、オレは自室へ戻る事にする。
確かに疲れた。
仮眠してから今後の事はじっくり考え……。
「いや、待てよ……。この利用規約、使えるんじゃないのか……? 病院の先生に見せて、そこから何かすらのアクションに次々と繋がって行けば……。運営をどうにか出来るかもしれない……」
子供のオレでは無く、大人が関与してくれたら、きっと……打開策が。
ちょっとだけ見えた希望を思いに少し見え辛いながらも自室へ辿り着くと、ヘッドマウントディスプレイのLEDがチカチカと規則正しく明滅している事に気付く。
「ん? 珍しいな。クウコがメッセージでも寄越したのか?」
LEDはメッセージ受信の合図だ。
交友関係がほとんど無いから相手はクウコくらいしか思い浮かばないのだけれど、こうしてメッセージをしてくる事はほぼ無かったから、少しばかり気持ちがざわついた。
「なんだろ……」
とりあえずメッセージを確認する為、スマートフォンでユーザーのログインサイトへとアクセスをして確認する事にした。
「あ、れ? セリカちゃんからだ……」
カリンさんのプリンセスキャラクターであるセリカちゃんからメッセージ?
なんだ?
利用規約について会話でもしようって事か?
『カレンさん。単刀直入にお話します。クウコさんが一人で共同戦線へ向かわれてしまいましたわ』
一瞬、頭の中が真っ白になり、言っている意味が理解出来ず思考が追い付かない。
「一人で……共同戦線……に行った?」
どうしてそんな無謀な事を?
一人でクエストに行くなって、ずっと前から決めていた事なのに。
「クウコっ」
考えている場合では無い。
とにかく今はログインして共同戦線から離脱させなければ。
最悪の事態……シャドウレイヤーが介入する前に。




