キオクノカタスミニ
「…………」
本当に間一髪だった。
未完のスキルを発動しなければ、確実にこの勝負、負けていた。
最高レアのカナエちゃんを相手にする事は分かっていたのに、スキルを発動せず戦っていたのだから、覚悟が出来ていなかったのはクウコだけでは無くオレも一緒だった。
「クウコ。今、回復してやるから」
持っていた回復アイテムを使用し、クウコのヒットポイントを回復する。
「ごめんな。オレもなんだかんだ言って、まだ迷っていたんだと思う」
「……カレンが悪いわけじゃないの。ちゃんと戦わないクウコが悪いだけなの」
「どうしても答えが見つからないんだろ?」
「……」
「ならそれでいいさ。なんでもかんでも、白黒ハッキリ付けなくちゃいけないってわけじゃないだろうしな。どっちも選べない、それがクウコの答えなんだよ」
「でも……」
「いいじゃないか、お互いに誰もがみんな平和に幸せに、そう思うんだろ? 嫌いじゃないよ、その考え」
現実は簡単な事では無いけれど、クウコの思いは個人的に言うと好きだ。
「全世界、他人に優しく自分に厳しく。そうあって欲しいものだよな」
でも、それでは前に進めない事がいくらだってある事は、充分理解しているつもり。
だから今は、答えをハッキリ出せているオレが何とかしなければいけない。
「クウコに取っては最善の答えじゃないだろうけれど、オレはやっぱりカナエちゃんを倒すよ。クウコと一緒にこのゲームをプレイする為に。全部、オレにまかせておけ。もうカナエちゃんには絶対手を出せないから」
オレはクウコの返事も聞かずに目の前に広がっている炎の壁を突っ切って、カナエちゃんと対峙する。
「……まさかあの状況でかわせるとは思いませんでした」
「ギリギリだったけどね。そのおかげで覚悟が出来たよ。オレさ、どこかで何か別の手段だったり、奇跡的な事が起こってこの状況が良くなるんじゃないかって思ってた……。でも、そんな都合の良い事なんて無かったんだな……最初っからさ」
「……その通りですよ。私はそう告げたはずです。どちらかが勝つ他無い、と」
「だから、カナエちゃんを倒して……オレが勝たせて貰うっ! 後戻りは出来ないっ、こっからは能力全開で行くからっ!」
”未完のスキル”。
さっきもコイツに頼ったから攻撃を回避出来た。
やっぱりオレにはスキルに頼らない手段なんて無かったんだ。
「カナエちゃん、さっきまでのオレだと思って相手をすると……痛い目を見るからなぁっ!」
未完のスキルを発動し、一気に間合いを詰める。
「…………う、そ」
「っおおおぉぉおおっ!」
魔法力を乗せた打ち上げ攻撃。
大きな爆発と共に、カナエちゃんを上空へと吹っ飛ばす。
「うっ、くっ! なんて速さ、なのっ!」
「まだまだぁっ!」
それを追うようにして、追撃の魔法弾がカナエちゃんを捉えた。
が、しかし、一メートルも無い間合いで魔法障壁を展開するカナエちゃん。
「もう一つおまけだぁぁぁあーっ!」
さらに追撃で放った魔法弾が魔法障壁へと直撃すると、分厚いガラスが砕けるように、ガラガラと障壁が崩れ落ちる。
「そんな……信じられない……」
さすが未完のスキル。
オレの魔法弾二発で、あの障壁を粉々に出来るのだから、コイツの身体能力向上の力は計り知れない。
「一気に行かせて貰うっ!」
「……そうは、行きませんっ! 私は、絶対に勝って……自分の運命を切り開くっ!」
魔法障壁がオレを取り囲むように何枚も展開され、その中へ向かっていくつもの魔法を撃ち込むカナエちゃん。
まさにオールレンジ攻撃。
反射された魔法を避けても別の障壁が跳ね返し、それを避けてもまた別の障壁が跳ね返す。
展開した障壁の位置も自由に動かす事が出来るらしい。
最高レアのキャラは揃ってこんな突出したスキルを持っているのだろうか。
そうだとしても、未完のスキルを発動した今であれば付いて行ける。
要は出来る限り避ける事無く、相殺してしまえばいいってだけの事。
「カレンさん、そのスキルを発動してしまっていいのですか?」
どうやらオレのステータスからスキルの特性を見て言った事なんだろう。
「クウコさんは知っているのですか?」
「知らない、だろうな。クウコは誰かのステータスを確認する事ってしないみたいだから」
「では、なぜ今になって使おうとしたんですか?」
「このままじゃとてもじゃないけれど、カナエちゃんには勝てそうにないって思ったからっ! って事と、さっきクウコがやられた時にハッキリと自覚したんだよっ! クウコがやられるのは見たく無いってさっ!」
「そうですか……」
「それにカナエちゃんだって自分の記憶が残るか残らないかの戦いをしている、ならばオレだって何かを掛けて戦わないといけないだろっ!」
「でも、そんな事に付き合う必要は無いと思います。私が勝手に挑んで来ているのだから」
「それでもだっ! 代償として釣り合うかは分からないけどなっ!」
以前使用しているから分かっている事だけれど、未完のスキルはスタミナ消費が激しい。
おかげで抗う事に多少の余裕が出来た今、時間を掛けるわけには行かない。
「分からない、分からないです。カレンさんは自分を犠牲にしてまで、どうして私に構うんですかっ?! 放っておけば良かったのに、何故、私との闘いを選んだんですかっ?!」
「クウコと一緒にたくさん悩んだよっ! 選んだのは消去法でいい結論なんて出なかったっ! カナエちゃんをシャドウレイヤーになんてさせられないって、それしか答えが無かったんだっ!」
「ならばそれで良かったじゃないですかっ……どうして、わざわざ」
「クウコが言ったんだ。『カナエちゃんは友達だから、あんな姿に変えたく無い』って」
それまで激しく魔法弾を放っていたカナエちゃんの動きがピタリと止まる。
「……そんなふうに言われたら、私、何も出来ないじゃないですか」
「カナエちゃんだって、オレ達を待っていたんだから悩んだ結果なんだろ? ならばお互いに掛けるモノを掛けて、全力でやるしかない。もうそれしか無いんだよ……」
カナエちゃんはここからだいぶ離れているクウコをジッと見る。
何を思っているのは分からない。
でも、カナエちゃんだってクウコの事を、少しでも友人だと思っているはずだ。
じゃなければ、最初からオレと対峙せず、クウコだけを狙えば直ぐに終わっていたのだから。
「クウコはさ、基本的に能天気な子だから、カナエちゃんから見ればそんなに悩んでいるように見えないかもしれない。でも、今だってどうしたらいいのか、迷っている。お互いが最善になる答えを求めて」
「……それは私も同じです。どうしたら良いのか分かりませんでした。本当はクウコさんと同じように今も、どうするべきなのか分かりません」
「じゃあ、どうしてオレ達の前に現れて宣戦布告をしたんだ?」
「二人に……終わらせて欲しかったんです……。他の誰でも無く、カレンさんとクウコさんに、私を消して欲しかった……。誰かの連携を解除して、自分が残る選択なんて……私には、出来ませんでした……」
「カナエちゃん……」
「どうしてこんな事になっちゃたんでしょうか……どうして、知り合い同士で戦わなくちゃ……」
その通りだ。
オレ達に共通する敵は、プリンセスキャラでも、ユーザー同士でも無かったはずなのに。
「終わらせて欲しい……それなのに、私の本心は消えたく無いと言う気持ちも、あります……。これで消えてしまったら、私は何の為に存在したのか……分からないですから……」
仮にオレ達が勝って、カナエちゃんが何もかも失いセレクトキャラクターに戻ったとする。
そうなった時、その時のカナエちゃんは今のカナエちゃんとは同一人物にはならないだろう。
人間が輪廻転生とやらを繰り返している説があるけれど、その理屈と同じだ。
オレが誰かの生まれ変わりだったとしても、記憶が無いのだから生まれ変わった人物とは全くの別人であるように。
「それならばやっぱり、全力で戦うしかない。その結果がどうなろうとも、恨みっこ無しで受け入れる事でしか……決着は付けられないんだよ……」
そんな解決方法しか言って上げられない自分自身に嫌気がさすけれど、譲れない事があるのだから割り切るしか無いだろう。
「カナエちゃん、消えたく無いなら本心に従ってオレに勝てっ! オレはクウコとこのゲームを続ける為に、カナエちゃんを倒すっ!」
一時止めていた未完のスキルを再発動する。
加減はしない。
してはならない。
持てる力を出し切ってぶつからなければ意味が無い。
「2倍能力向上っ!」
相変わらずこのスキルの使い方は良く分かっていない。
だからこそオレが知っているアニメやゲームの格闘場面をイメージするんだ。
絶対に負けないって強い意思を持って。
「……凄い、ですね。カレンさん達を選んだのは、今更ですが失敗だったかもしれません。でも、おかげで少し楽になりました。これなら負けた時に言い訳が出来ますから……」
「違うっ! 負ける事を考えるなっ! カナエちゃんは勝つ事を考えろっ! 負ける為に戦って勝ったとしても後悔ばかりする事になるっ! ならば勝って後悔しろっ! 同じ後悔する事になったとしても、全力で戦って得た事であれば、きっと少しは納得出来るだろうからっ!」
「…………そう、ですね。その通りです。失敗だ、なんて言った事、撤回します。二人を選んで良かった! 吹っ切れましたっ!」
さっきの倍は優に超える魔法障壁がオレを包囲する。
これが、最高レアの本領ってヤツか。
「絶対に負けねぇっ!」
「私は勝って、私の未来を掴み取りますっ!」
迷いの無い攻撃は苛烈を極めた。
障壁の中にはいくつもの魔法弾が反射し、オレを的確に捉えて来る。
未完のスキルを使って能力を向上していなければ、三秒も持たないだろう。
これでサポートタイプって言うんだから、心底侮れないスキルだよ。
「くっ!」
避けて、相殺して、打ち払って、障壁を破壊して。
合間を縫ってカナエちゃん自身へと魔法弾を放つ。
それでも尚、オレの攻撃は届かない。
さすがに放った魔法を途中で操作出来るような事は未完のスキルでは不可能で、直線的に飛んで行くオレの魔法は速度が増していても読み易い。
比べてカナエちゃんの魔法は非常に読み辛く、避けているだけでも奇跡的だと思えるくらいだ。
けれど、このままではオレのスタミナが持たない。
至近距離で攻撃をヒットする為に……何とかしなければいけない。
「それなら単純に能力を向上すればいいだけの事っ!」
前に使った時、能力向上2倍とか3倍とか適当にやっていたけれど、あれはあれで上手く行っていた。
いったいどこまで上げられるかは分からない。
上げた分だけ自分の代償が大きくなるのかもしれない。
だとしても。
「3倍能力向上っ!」
可能な力を使って、オレはカナエちゃんに勝つ。
配信時に得て振り分けた速度のステータス値のおかげで、オレのスピードは更に速度を上げる。
その速度はカナエちゃんの繰り出す魔法弾の速度を十分超える程に。
「私の魔法ではもう捉え切れないっ!」
「ちょっと痛いだろうけど我慢してくれよっ!」
今の間合いであれば、行けるっ、と確信した矢先、オレの攻撃は寸前の所で防御されてしまった。
「この距離で魔法障壁?!」
「私の奥の手です。一度だけあらゆる攻撃を無効にする絶対防御。……私の勝ち、ですね」
ダメだ、状況が悪い、どう頑張っても避けられないっ!
ここまで、か……。
諦め掛けた次の瞬間の事だった。
ズドン、と大きな音を立て、カナエちゃんの横から魔法弾が炸裂する。
「カナエっ! クウコがいる事を忘れているのっ!」
「しまったっ、カレンさんにばかり気を取られ」
クウコの魔法は絶好のタイミングで入った。
ダメージは相変わらず低いけれど、それでもカナエちゃんが攻撃を放つ動作を確実に遅れさせる一撃。
「貰ったぁっ!」
正直、やっぱり女の子を殴るってのは気が引ける。
このゲームはには感覚も仕様としてあるから、きっと、カナエちゃんも痛みを感じるだろう。
けれど、負けるわけには行かない。
オレもカナエちゃんも全力で戦っているんだ。
だからこそ、加減なんてしてはダメだ。
「全力全開っ!」
ゼロ距離からの魔法弾。
カナエちゃんを吹っ飛ばすには充分の威力が乗っている。
でも、まだだ。
この一撃だけでは、最高レアを倒すには至らない。
更に追撃の魔法弾を放ちながら、必殺の一撃を与える為に魔力を溜める。
オレが放てる現時点での最強魔法。
「マジカル…………アターァァァアアック!」
魔法の光線は確実にカナエちゃんを捉え、直撃したと同時に大きな爆発を起こす。
「…………はぁ、ふぅ。どうやら、終わったよう、だな」
感触はあった。
魔法障壁の展開も間に合わなかったのだろう。
出せるだけの魔力を込めた必殺の一撃は、文字通りにカナエちゃんのヒットポイントを全て削り取った。
「けほっ…………ここ、まで……のよう、ですね。カレンさん、クウコさん、私の我儘で……ご迷惑をお掛けしました……」
「カナエっ! 今、回復するから待っているのっ」
オレもクウコもカナエちゃんの場所まで走り寄る。
「いえ、必要はありません。時間が無いので、最後に……いつか、別の私と出会ったとしても、今日までの私を覚えていてくれませんか? 私が実在した事を、どうか……忘れず、記憶の片隅に……」
「カナエっ、ごめん、ごめんなさいなのっ!」
「気に、しないでください。これで良かったんですよ」
「クウコは……」
「泣かないでください」
クウコの頬をゆっくり撫でながら、苦しそうに言葉を繋げて行く。
「やっぱりクウコさんはカレンさんと一緒にいる事がお似合いですから。これで、良かったんです……けほっ」
「カナエっ」
「本当に、ありがとう……」
カナエちゃんは泣き笑いのような複雑な表情をオレ達へ向けて、呆気無いくらい簡単に目の前から消えてしまった。
もう、オレ達の知っている彼女とは会えないのに、最後のお別れすら伝える余裕も無く。




