1話
「ここは、どこだ……」
私が目が覚めたそこは、見知らぬ部屋だった。いや、部屋と呼んでいいのかすら怪しい。
かつての私の宮殿を思えば、そこは物置のような空間であった。
壁には服がかけられており、それなりに整頓された室内は、給仕の休憩室を彷彿とさせた。
けたたましく存在をアピールする四角い箱に触れて音を止めると、伸びをしてみる。
想像していた以上に間の抜けた声が響いて、私は自身が随分情けない生き物に転生したのだと知った。
私に仕えた給仕達、四天王と呼ばれた各地のしもべ達。そして私にかしずく民。
そのどれをも捨て、私は違う世界へと旅立ったのだ。
各地を制圧し、忌々しい勇者達を粉砕し、見事地上を我が物にしてみせた。
それから百年ほど経ち、私は確信したのだ。どう考えても退屈だ、と。
そうして普段は四天王達ですら寄りつかない、エルフの泉へと、私は足を踏み入れた。
そこは禁足地である。何人たりとも立ち入ってはならない場所。
実を言うと、私も訪れたことはなかった。周辺を制圧してその土地一帯を掌握してはいたが、
これらを手中に収めた頃は勇者達との戦闘が激化していたので、
貴重な時間を割いて、危険を冒してまで立ち入る理由がなかったのだ。
「ふむ。これを着ろ、ということか」
身体を起こして、粗末な寝間着を脱ぐ。かけられていた服に袖を通す。
姿見まで移動し、前に立つ。
そこには冴えない顔をした、どこにでもいる村人のような顔をした者がいた。
エルフの泉で出会ったのは、泉の大妖精であった。
フェアリエルと名乗ったその妖精は、退屈を憂う私の気持ちを察してくれた。
そして、この世界に未練がないのならば、私を遠い異世界の住人として
転生させることができる、彼女はそう言ったのだ。
私は、不思議なほど落ち着いた気持ちでそれを望んだ。
「ふむ。性別は指定しなかったしな」
鏡の中にいる男は襟を正しながら、納得したようにそう言った。
顔の作りのわりには随分と不遜な面構えである。
私、女だったんだけどな。
まぁよい。
心機一転、”ニホン”とやらの”冴えない男子高校生”とやらを楽しむとしよう。