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無駄

作者: チグ

俺は独り、病院の個室でベッドに横たわっていた。あとどれぐらいこの体は足掻くのだろうか。もういいだろ、休みなって。脳がそう体の各器官に言うのだが誰一人言うことは聞かない。我ながら馬鹿な体を持ったものだ。そう考えるとふと笑みがこぼれる


俺が癌だと宣告されたのは半年前だった。ステージIVで、しかも末期癌らしい。不思議と嫌な気持ちはなかった。むしろ何かをやり遂げたような達成感があった。ごくごく普通の家庭に産まれ、普通に働き、普通に結婚し、普通に子供や孫が産まれ、普通に定年退職をした。そんな普通な人生だ。しかし俺はその普通の生活をするためにどれほど努力しただろう。嫌な事もたくさんあった。でも逃げなかった。努力したのだ。必ずどこかで見返りがくると信じて。その見返りが来たのかは今でも分からない。来たのかも知れないしまだ来てないのかもしれない。もしかしたら来ないと決まっていたのかもしれない。誰にも分からない。だからこそもうどうでもいいのだ。人生を全うした。その事実さえあればそれで満足だ。


もう残りも短いだろうからと、俺は自分の人生をそんな風に振り返っていた。そうしていくと必然と俺の人生には切っても離せない友人の事が頭に浮かんだ


てっちゃんは学生時代からの友人で何をするにしても一緒だった。てっちゃんは俺の事を同い年なのに兄ちゃんと呼ぶような変な奴だった。俺はこいつと人生を楽しく過ごしていくんだ。そう思っていた。なのにあいつは25の歳でこの世を去った。自殺だった。遺書には人生に疲れ切った1人の悲しい男の人生が記されてあった。そこに俺の名前は無かった。悲しさなんかよりも裏切られた気持ちだった。てめえ何勝手に死んでんだよ。この気持ちだけは今も変わらない。人生から逃げたてっちゃんの事がどれほど嫌いになっただろうか。逃げるのは負けだ。そう心に誓いながら人生を歩んできた。そんな人生ももう終わりなのかと思うと案外名残惜しさも感じるものだ。


数日後、俺は死んだ。あれだけ頑張った俺の人生はあっけなく病室の片隅で幕を閉じた。


あの世なんて本当にあるもんなんだな。そう思いながらどこかも分からない、あの世としか認識できない一本道を俺は歩いていた。するといつの間にか目の前に扉が姿を現した。俺は躊躇することなくその扉を開く。扉の先には


「兄ちゃん遅かったじゃねえか。こっちは死ぬほど楽しいぞ。あ、もう死んでるんだった」


と冗談交じりに顔に一切疲れを感じさせない明るい25ぐらいの男の姿があった。俺の顔はシワだらけで疲れ切っていた。

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