1-8 対抗心
「フェリィここは、頭、これが目、鼻、そしてお口だよ。」
「ワカッタ、オボッチャマ…!」
私に初めましてをしたあの日から2週間が過ぎた。
「アタマ…メ、」
あれから毎日、立つ練習や話す練習に励んでいる私は今、いつものフワフワの絨毯の上でお坊ちゃまと向かい合いながら座って、自分の身体の名前を実際に触れながら覚えていた。フサフサなのが頭で、丸いのが目、とんがっているのが鼻で、そして“おいしいもの”を食べる―あぁ、お腹空いたなぁ。
「ハナ…クウ!」
「え!?食べちゃダメだよ、フェリィ…!」
口と言いたかったのだが、“おいしい”という言葉を思い浮かべてしまい、ついつい食べ物を連想してしまった私。そんな言葉に、お坊ちゃまにすぐさまツッコミを入れられた。
「マチゲェタ…クチダ!」
えへへ、と照れ笑いを浮かべながらすぐに口と言い直すとお坊ちゃまは丸い目を細めてとても満足そうな表情を返してくれる。
「うんうん、フェリィはやっぱり天才だ…!」
「テンサイ…!」
“やはり、お坊ちゃまにも私の頭の良さが伝わってしまっていたかー。”と、とても上機嫌でそのぷにぷにとした小さい手に私の紅毛を大人しく撫でられる。たった2週間で音色だったものが言葉だと分かり、そしてそれを話せるようになるなんて我ながら天才である。
本当にこの2週間で私は様々な知識を手に入れたのだ。例えば私から、欠けていて地響きなような音が鳴っていたのは、“お腹が空いて”いたからであるという事も知ったし、良い匂いのする物体を取り込むことは“食べる”という行為だという事も学んだ。
「お坊ちゃま、妖精さんそろそろお昼ご飯の時間ですよ。」
本当に色々な知識が付いたのだなと、うんうんと頷いていると部屋の扉の開いた音がして、お坊ちゃまよりも低い私の大好きな声が部屋中に響いた。
「ショーン!」
そうだ、私は大きな勘違いをしていたのだ。先程まで話していたお坊ちゃまが、あの丸い奴が、お坊ちゃまであったのだ。そして、今ニコニコと笑いながら私に手を伸ばしてくれる大きな真っ黒な瞳の“お坊ちゃま”はお坊ちゃまではなく“ショーン”という名前であったのだ。
その事に気が付いたのは、恥ずかしながら最近の事なのだが、何がきっかけだったのかいまいち思い出せない。お坊ちゃまがひたすら呪文のように私に向かって“ボク、オボッチャマ。アレ、ショーン。”と言っていたのは覚えているのだが…。
「ダッコ…!」
「僕も!」
とにもかくにも、ショーンに向かってすぐさま手を地面につけて後ろへ振り返り“抱っこ”を求めると、お坊ちゃまも両手を広げて同じように抱っこを求めるのが目に入った。
ショーンは私の腋の下に両腕を通しそのまま「よいしょっと。」という掛け声と共に、私の身体を持ち上げる。彼が片手でそのまま私のお尻を手で支えてくれるので、私は安心してそのまま彼の首に腕を回してベタッと抱き着くような形になった。もう一方の手で背中を抱かれているのでポカポカと包まれているようでとても暖かい気持ちになる。
「ショーン、ショーン…。」
思わず名前を呼びながらぐりぐりと頭で肩を押すと、私の髪もフワフワと肌に当たる感覚がして、彼はこしょばゆいのか少し肩をすくめて笑った。
「あー!僕のフェリィなのに…!ショーン僕も!抱っこ!!」
「…お坊ちゃまは歩けるでしょう…。」
そんな私達の足元では、ただでさえ丸いお坊ちゃまが更に真ん丸に膨れながら「抱っこ!」と訴えかけていたが、相手にされないまま、いつの間にか食堂へとたどり着いていた。
「駄目!フェリィと一緒に抱っこしてくれないと入ったら駄目だからね!」
そして扉を開けようとした、ショーンの手がピタッと止まる。お坊ちゃまが仁王立ちで扉に寄りかかるように立ちふさがったのだ。
「…。」
なんで奴は歩けるのにわざわざ抱っこしてもらいたいのだろうか…。謎である。
ショーンはそんなお坊ちゃまを見てため息をつくと、その口を開いた。そして、お坊ちゃまと動かした口の動きは――、
「おう!お前ら遅いぞ~!早く入ってこい。」
「うわっ?」
内側から乱暴に扉が開かれ、現れた大男こと“モジャモジャ”の大声によってお坊ちゃまに届くことはなかった。
「うわぁ、お坊ちゃま大丈夫ですか。」
因みにお坊ちゃまはいきなり開かれた扉にバランスを崩し、開け放たれた食堂の入口で尻もちをついていた。食堂の床は大理石で出来ていてとても固いので痛そうである…、というか痛い。大男はお坊ちゃまを私のように抱っこしてお坊ちゃまの表情を伺っているが、お坊ちゃまは唇を噛みしめて下を向きプルプルと震えているだけである。
「…アラン、後でじっくりとお話があります。」
いつもの優しい音色よりもワントーン下がった声がして、私を抱く手に少し力が入ったのが伝わってくる。恐る恐るショーンの顔色を伺ってみると案の定とても怖い顔をしていたのでパッと顔を逸らして見なかったことにした。
そんな険悪な雰囲気の中、お坊ちゃま、私、ショーンが横並びになって大きな食卓につくと、次々と大男が料理を運んでくる。
「今日のランチメニューは、みんな大好きハンバーグと、山芋サラダにコーンスープだ。デザートは後のお楽しみだ…!」
「コーンスプッ!!」
なんと、私の大好きな黄色い液体こと、コーンスープがあるというではないか…!早く、早く食べたいと思う私の目の前に現れたのは、サラダだった…。
「……。」
酷い…!好きな食べ物から食べたっていいじゃないか…!
ジトっと大男の方を睨むが、大男はニヤニヤとこちらを笑ってみているだけだ。
仕方なく、両脇の二人のナイフやフォークの使い方を盗み見ながら、必死に真似してサラダを口に入れる。
「ウン…?」
シャキッとした食感にしかし、滑り気があるその不思議な食感とフレッシュなソースの美味しさに思わず無我夢中に食べ、いつの間にかお皿は空っぽになってしまっていた。
「美味しかったか、嬢ちゃん?」
髭もじゃ大男のその言葉にコクコクと首を上下に振って答える。
「オイシカッタ…!!」
そして、美味しいという言葉で大男はそれまでのニヤニヤとした表情から、自慢げな表情に変わり笑った。
「お坊ちゃまもショーン坊も美味しかったでしょう?まだまだ美味しい料理作ってますから、沢山食べて許して下さいねー。」
そう声を掛けた大男の言葉にハッとなって両脇を見ると、唇を噛みしめていたお坊ちゃまもとても怖い顔をしていたショーンもいつの間にか“仕方がないな”とでも言っているかのような満足気な表情に変わっていた。そして、美味しいデザートまでしっかりと食べて“ごちそうさまでした。”と食後の挨拶をする頃には、三人とも更にニコニコと満足気な笑顔がその空間に広がっていたのだ。
「ウゥー…、シュゴイ…。」
食事を終え、午後の剣術の訓練へ向かってしまった二人。置いて行かれた歩けない私は、食堂に残りこの長い食卓と椅子に手を付けながら、つかまり立ちから机伝いに歩く練習を行っていた。
「ウアッ!?」
バランスを崩したり、力が続かなかったりするとすぐに固い床に思いっきりこけてしまう。先程この床の痛さが分かると言ったのは私が毎日ここで特訓していて身をもって経験したものなのだ…。
もう一回チャレンジだと立ち上がると“くぅー…。”と気の抜けるような音が静かな食堂に響いた。
「ぐぅ…。」
その後すぐに先程の音の元であるキッチンの方から“ぐぅ。”やら、“ぐおおおぉ。”等、地響きのような音がしているが気にしてはいけない。
「げへへ、フライパンちゃぁん…ぐおぉ…。」
気にしては、負けなのだ…。
料理をしている時以外の大男は、ニヤニヤと人を馬鹿にしているか、寝ているかのどちらかで私の目からみても大丈夫なのだろうかと思うこともあるが、彼の料理は確かに魔法がかけられている。
どんなに怒っていても、悲しんでいても彼の料理を食べるとみんな笑顔になれる。とても素晴らしい魔法なのだ。
「シュゴイ…シュゴイナ…。」
そんな素敵な料理を作り出す彼はやっぱり凄いのだろう。
お坊ちゃまに早く追いつきたいという思いと、凄い人達にも負けたくないという思いが日に日に膨らみ続ける私は、その日も、すっかり聞きなれた大男のいびき声と寝言をBGMに立ち、歩き、こけ続けたのだった。
日を跨いでしまいました…!深夜更新すいません…!