1-6 楽しい朝
「お、嬢ちゃんお腹が空いたのか。ちょっと待ってな。」
私の“おいしい?”と聞いた言葉にすぐに大男はニヤニヤと笑いながらもその手にある良い匂いの物体を昨日のあの場所へ並べだした。
「オイシイ、オイシイ…!」
早く、それを私に入れたくてぺちぺちと私を包む温かい“お坊ちゃま”を叩く。
「うん…?」
するとギュッと“お坊ちゃま”の私の包む力が強くなり、私の頭上から低くて優しい音が鳴り響いた。
「おおったま…!」
すぐに私は“お坊ちゃま”の顔を見て挨拶をする。“お坊ちゃま”はきょとんとした顔をして私を見つめて、その口を開くが―。
「フェリィ!!今お坊ちゃまって言った!?ねぇ、ねぇ?言ったよね…!?」
“お坊ちゃま”と呼んだ音に何故か反応した丸い奴がずいっと私に迫って来た。違うお前じゃない。
「オオチャマ、オオッチャマ!」
「なぁにフェリィ?」
“お坊ちゃま”の顔を見て呼んでいるのに反応するのは何故か隣の奴で、大きな“お坊ちゃま”は何も音色を返してくれずに困ったような顔をするだけだ。どうして音を返してくれないんだと悲しくなって“お坊ちゃま”を掴む私の力が弱まる。
「ぶはっ!こりゃ、お嬢ちゃんもやし小僧の事とお坊ちゃまと勘違いしてるんじゃねぇか。」
そんな時にふいにブッと何かを噴き出した音と自身の身体を抑えながら音色を奏で始めた大男。なんだ“おいしい”の準備は出来たのか。と首を傾げると頭上の“お坊ちゃま”はじとりとした瞳でその大男の方を向いていた。
「…お坊ちゃまの前で汚い言葉を使わないで下さい。」
ワントーン低い音色が聞こえてきたが、大男はとても楽しそうに音色を奏で続ける。
「くくく…。だって昨日珍しく、あの堅物もやしが酒が飲みたいとかいっちょ前に言ったかと思ったら…。一杯でお坊ちゃまガ―、妖精サンガーとか酔って散々話聞かされて、朝飯食い来ないなぁと思ってたら、そのままその可愛い“妖精さん”を抱いて幸せそうな顔して寝ていたんだぜ?もうその時点でブフッ。」
「おい…。」
「挙句の果てに、お坊ちゃまと小僧間違えて認識されてるとか、もう耐えられん…!」
そこまで言った大男は「クク…!」と何かを堪えるような音色を奏でながら全身で震えている。
いつの間にか私の隣にいた筈の丸い奴がそいつの足元で、
「フェリィとショーンを馬鹿にするなぁー!」
と言いながらポカポカと大男を殴っていた。なんか良く分からないけど、頑張れ丸い奴!
「フェリィオオォーンオウゥー!」
私も丸い奴に近づく為に奴の真似をしなければいけないが、きっとまた地面の上でバランスもとることも出来ないだろうから大人しく、音色だけ真似することにすることにした。
ん…?
今私“フェリィ”って音色綺麗に奏でられなかった?
「フェリィ!?今フェリィって言った…?」
昨日ポカポカと布に包まれながら沢山練習したその音色を奏でられたのではないかとパッと丸い奴の顔を伺うと奴も青い眼を更に丸くしながらまた“フェリィ”と奏で返して来た。
「フェリィ…!フェリィフェリィ。」
やった!やった!やっぱり綺麗に聞こえる。
「フェリィ、凄いよフェリィ!!」
「フェリィ…!」
繰り返し口ずさみながら感動する私と丸い奴。
「妖精さん…っ!」
すると私達の感動をぶち壊すかの様に、急に私を包む“お坊ちゃま”はギュッと私を強く抱きしめて来た。
「ウゥッ…?」
抱きしめる強さに苦しいと上を見上げると“お坊ちゃま”の真っ黒な瞳と視界に入りそのまま近づいてきた彼の柔らかい温かさと私の上の方で感じた。そしてまた視界に戻ってきたその表情はとても優しい微笑みだった。
「うわっ!マジかよ…。」
「ショーン!僕も僕も…!!」
大男の静かに驚く音色が聞こえると、丸い奴もいつの間にか“お坊ちゃま”の中で一緒に包まれていた。そして“お坊ちゃま”は丸い奴の黒いふわふわに唇を落とす。さっき、私が“お坊ちゃま”から感じた柔らかい温かさはこれか。
そうして丸い奴は私と目を合わせるとキャッキャッと声を上げて笑っている。
「フェリィも…!」
今度は丸い奴が私に更に近づいてきてぷにっという感触がした。
「ウ…?」
あれ?なんかさっきと違うような…。首を傾げるが何が違うのか分からない。
「これでお揃いだね…!えへへ。」
けれど、少し赤くなった丸い奴が悪戯が成功したかのような笑顔で幸せそうな様子なので、私も幸せな気分である。
「私の天使が二人に増えた…。可愛すぎる…。」
「いや、いくらもやし小僧でもちょっとお兄さんドン引きよ…。」
「うるさいですよ。モジャサボり魔アラン。」
そんな私達の頭上では“お坊ちゃま”が百面相を繰り広げていたのだが私達二人が気づく事はなかった。
「フェリィ?おいしかった…?」
「フェリィ。オイシイ、オイシアッタ!」
その後も“お坊ちゃま”に包まれたまま、私が取り込んだ二度目の“おいしい”は、昨日の黄色い液体と茶色い丸いふわふわとした物体だった。口に入れるとやっぱり優しい温かさがあって、私は幸福感で包まれたのだった。