1-4 楽しいお茶会
私達の母国であるララペリ王国は、周辺国と比べると小国であるが、周りを海で囲まれた島国の為めったに他国が侵略を目論み戦争を仕掛けてくることもなく、春夏秋冬で色とりどりにその色を変えていく美しい国だ。
そんな王国の一貴族であるのが、このハミルトン家である。
「お坊ちゃまこのハミルトン家の特徴は覚えていらっしゃいますか。」
お菓子やジュースの美味しさに舌鼓をうつのも良いがそろそろ本題へ入らなければならない、と話題を投げかけた後にようやく私は手を付けていなかったジュースを一口飲んだ。
なんだこの味は!柑橘系特融のフレッシュさと蜂蜜のこってりとした甘さが混ざりあい、氷にはユリの香りか何かを混ぜたのかほんのりとそれらの味を調和してくれている。悔しいが、本当に素晴らしく美味しいではないか…。
「…-ョン!」
あまりの美味しさについついもう一口飲んでしまう。…美味しい。
「ショーンってば!!聞いてる!?」
「…はい、お坊ちゃま聞いておりましたとも。」
えぇ、決してジュースの美味しさに集中して話を聞いていなかっただなんてそんなことするわけがないじゃないですか。
「絶対、嘘だぁ…。」
私が話を聞いていなかった事を分かっていたお坊ちゃまはぷくぅっと丸い顔を膨らませて拗ねている。余談ですが、私はこのお坊ちゃまの仕草がとても可愛らしくて好きです。
「申し訳ございません、お坊ちゃまジュースが美味しすぎて意識が飛んでおりました。」
ここまでバレてしまっていたら仕方がないので自分の非を認めるしかない。私は両手を上げ降参のポーズをとった。そうすると拗ねていたお坊ちゃまはチラッとこちらへ視線を向け、仕方がないなぁと呟くと、
「僕はこの由緒ある貴族のハミルトン家の長男!テオドール・ハミルトンなんだよ…!この家のことについて知らないわけじゃないか…!」
と私とは決して顔を合わせずタコのように口をとんがらせて言い切ったのだ。
「そうでございますね、お坊ちゃま。お坊ちゃまはこの由緒あるハミルトン家のお子様でございます。しかし、私はこの家に仕えている身でございます故まだまだ知らない事ばかりなのです…。是非、お坊ちゃまにこの家について説明して頂きたいと思いまして。」
そう白白しく言った私の眼をやっと見たお坊ちゃまはやれやれ仕方がないなぁと言いたげな顔である。
「もう、ショーン!しかたがないなぁ…。僕が教えてあげよう。」
すぐに思っていることが顔と口に出てしまうお坊ちゃまは単純だ。
「ララぺリ王国の侯爵家である僕のハミルトン家は、王都の近くに領地があるんだよね。それで、王都の皆や、領地の皆、後国中の他の同盟貴族の領土や砦とかで皆を守っているんだ!」
スラスラと言えたことに自慢げにふふんと笑った後、私がお坊ちゃまのお皿にスコーンを載せていたことに気づくとバクっとそのスコーンを口に入れニコニコと頬張っている。
「お坊ちゃま。ハミルトン家は王家、いえこの国家を守る騎士の力を持ったお家ということですね。」
「ふごっ!」
そうだと言いたいのだろうが、口に食べ物を入れながら話すことは下品であると注意する。しょぼんと萎れながらスコーンを頬張る姿も可愛らしい。
「では、何故ハミルトン家が騎士の家として力を持ち、ここまで大きな貴族になったかはご存知でしょうか。」
「…魔法が強いから?」
今度は、ちゃんと口の中の物を飲み込んでからお話するお坊ちゃま。
「残念ながら、それでは丸ではなく三角です。この国の者達は私を含め殆どの者が魔力を持っています。魔法は決して珍しいものではないのですよ、お坊ちゃま。」
この言葉はお坊ちゃまの目をきちんと見て伝えなければならない。
「でも、僕、魔法一個も出来ないよ…?」
お坊ちゃまの魔力量はハミルトン家や他の貴族の者達、しいてはこの国でも珍しくとても少なく、殆ど持っていないからだ。これはお坊ちゃまが第一子にも関わらず一人別館で住まわれている一つの理由でもあった。
5歳の子供にこの先を伝えるのは残酷かもしれない。しかし、この家の長男としていずれこの事実を知らなければならないのだ。私は一呼吸ついてまたお坊ちゃまの目を見ていった。
「お坊ちゃまが魔法を使えないのはそもそも魔力を殆ど持っていない為です。しかし代々ハミルトン家には特徴的で大きな魔力量を持つものが多くまたその魔力は戦闘や防御魔法に適正がある者が他の貴族に比べて多いのです。その魔力は他人へ分けることで分けられた者もその力の一片を使用者の魔力が尽きるまで使うことが出来るのです。これが、この家が代々続いてきた大きな理由であります。」
しかし私の言葉にお坊ちゃまも私から目をそらすことはない。
「…それが、ハミルトン家が持っている力だというなら、僕だけお父様達と暮らせないのは嫌われているわけじゃないって事だよね!よかったぁ。」
そして、5歳の小さな子供がフッと目元の力を抜いて言った言葉に私は自分が残酷な事を言ってしまったのだという事を改めて思い知った。
この屋敷の隣には比べ物にならない程の大きな城があり、両親や自分よりも年下の弟や妹たちがいるのにも限らず、そこにはこの小さな主はいないのだ。主の世界はこのお屋敷の中とこのバラ園の中で出会うもの達だけなのだ。
それにも関わらず、彼は、自分一人だけが家族と共に暮らせない理由を「嫌われていたわけじゃなくて良かった。」と笑顔で言い切った。私が思っているよりもずっと私の主様は大きく強い心を持っているのだとこの時初めて私は知ることになる。
それならばと休憩を入れずに私は本題へ話を向ける。
「お坊ちゃまは、このまま妖精さんと共に暮らしたいですか。」
「?フェリィと暮らせないなんてそんなこと絶対あり得ないよ、ショーン。」
“暮らしたいか。”という言葉一つで真顔になり首を傾げるお坊ちゃま。妖精さんと出会ってまだ1週間も経っていないのにも関わらずもう、お坊ちゃまの世界には彼女がいるのだろうことを改めて知った。お坊ちゃまの小さな世界に新しい出会いがあった事、その出会いを大切にしているという事に嬉しく思う。だからこそ私はまたお坊ちゃまの青い透き通った目を見つめる。
「それならば…、お坊ちゃまは彼女のことを知り、彼女を守っていく責任があります。」
今度こそ、お坊ちゃまはその丸い目をまた大きく見開きぱちぱちと瞬きをした。
「フェリィは、元気になれないの…?」
そうして瞳を潤ませて呟いたその小さな姿に、私はそっとハンカチ差し出しスコーンを皿の上に乗せる。
「そうではありません。お坊ちゃま。しかし、彼女は恐らく膨大な魔力量をその身体の内に持っています。その魔力はハミルトン家の者とは違うものですが、恐らく何か特別な力を持っている様なのです。」
「え!フェリィは魔力をいっぱい持ってるの!?凄い…!そしたら魔法覚えたらいっぱい使えるね!!流石僕のフェリィだ!」
ひゅっと涙は引っ込み目をキラキラとさせて自慢げに笑うお坊ちゃま。表情がコロコロと変わるその姿も大変愛らしい。
「えぇ、そうです。しかしその力を求めてこれから先、沢山の悪い奴らが妖精さんをお坊ちゃまから奪おうとしてくるかもしれないのです。だからこそ―、」
「大丈夫!フェリィは僕が守るから…!!」
“だからこそ、お坊ちゃまは妖精さんを守る力をつけなければいけません。”と言いたかった言葉はしかし、お坊ちゃまに遮られてしまったが、彼の輝く瞳を見る限り大丈夫であろう。
「えぇ、ショーンと一緒に妖精さんを悪い奴らから守りましょうね…!」
彼女が膨大な魔力をため込む“魔力タンク”であることは小さな彼には流石に言えることが出来ないが、きっと彼ならその事実を知ったとしても彼女を守ろうとする筈である。それに魔力タンクである彼女と暮らしていく内にお坊ちゃまの魔力の流れが変わっていき魔法が使えるぐらいの魔力量を持てるようになるかもしれない可能性もあるのだ。
あ、忘れていた。
「あ、あとお坊ちゃま。妖精さんは今自分で立つことも話すことも出来ません。私も妖精さんをサポートしていきますが、お坊ちゃまにも勿論協力してもらいますからね!」
まずは、妖精さんに頑張ってもらわないといけない。
「うん!早くフェリィといっぱいお話して、お絵描きとかご本読んだり、一緒に剣で遊んだりここでお茶会とかしたいもん!!」
「では、妖精さんに頑張って貰わなきゃいけませんね!」
「うん…!いや、僕も頑張るよ!」
そんな同じ年代の妖精さんと早く遊びたいのか、お坊ちゃまはとても張り切っている様子でこうすればいいんじゃないか、ああすればいいんじゃないかと次々にアイデアを私に訴えかけてきた。
こうして、私とお坊ちゃまの楽しいお茶会は続いたのだった。
その日の晩、私はお坊ちゃまを寝かしつけた後、食堂で髭もじゃアランと共に少しお酒を飲み、寝る前に妖精さんの様子を見に行こうと屋敷の中を歩いていた。
彼女を初めて見た時、全身に張り巡らされた赤い魔力線と変色した身体をみて虐待をされていた可哀想な子供だと一瞬で察していた。
しかし、3日後に起きた彼女と実際に接してみてそれは違ったのだと、恐らく虐待よりも酷い状態、そもそも人間として扱われていなかったのではないかと感じたのだ。彼女自身自分が何者か分かっていないようであったし、話すことも歩く事も出来ない。テーブルマナーも一つも知らない様子で、何よりもコーンスープを飲んだ彼女の肌がほんのりと色づき、彼女の体内から溢れ、流れてきた甘い魔力はとても魅力的でそして懐かしい魔力の香りだったのだ。
彼女が彼の魔力タンクとして扱われていた等想像したくもないが、その可能性も私はこれから視野に入れていかなければならないのだ。
「ショーンではないか、ごきげんよう。」
そう疑ったのがいけなかったのだろうか。
「旦那様…?何故ここに。」
「なに、久しぶりに息子の様子でもみようと思ったのだが、お前酒臭いな、飲んでたのかぁ。」
今までお坊ちゃまの誕生日の日にしかこのお屋敷の中に等現れなかった旦那様が、昔のような冗談交じりの親しみやすい口調でそこにいたのだ。
「え、えぇ。少々…。」
酒を飲んでいたと元主である旦那様にバレたのは少し恥ずかしく思わす目を逸らしてしまう。
「怒っているわけではないよ、ショーン。しかし、お酒は程々にな。」
そう笑って頭をポンポンと優しく頭を叩きながらお休みといって私を通りすぎて行った旦那様からは、昼間私に流れたあの甘い魔力の香りがした。
「あぁ…、なんてことだ。」
先程一瞬考えていた、考えたくもなかった可能性が、私をあざ笑うかのように現実に叩きつける。
私の小さな主のフェリィは、彼女は、旦那様の魔力タンクだったのだ。
ごめんなさい~昨日分更新間に合わず日を跨いでしまいました…!
おやすみなさい!