1-3 お坊ちゃまのお屋敷
「ショーンのバカ――!フェリィともっとお話したかったのにぃー!」
私の肩に担がれている、先月5歳となったばかりの小さな私の主様。お坊ちゃまは、ポカポカと私の背中を叩き、私の視界にはバタバタと元気よく揺れる脚がみえていた。ほんの数日前までとは別人のように元気いっぱいのその様子に私は素直に喜んでいいのだろうか。
「我儘言ったら駄目ですよ、お坊ちゃま。妖精さんが元気になったら沢山遊んでいいですから。」
お坊ちゃまに年相応の元気を与えてくれた彼女がお坊ちゃまと一緒に元気いっぱいに遊べるようになるまでにはとても長い時間とサポートが必要だろうが、それは言うべきだろうか。先程目を覚ました彼女と改めて接して生まれた様々な感情は私の中を駆け巡っていた。
「本当!?絶対だからね…!!」
しかし、"元気になったら遊んでいい。"と言った私の一言でがばっと肩に手を置き海老反りになって目をキラキラとさせるお坊ちゃまに迷いはなくなる。お坊ちゃまが彼女を気に入っているのなら、尚更これは絶対言っておかなければならない。
「お坊ちゃま今日は剣術の訓練はおやすみにしてバラ園へ行っても良いでしょうか。」
そうと決まれば、早速作戦会議をしなければ…。今日は、奥様のお茶会の予定も入っていなかった筈だし、あの広いバラ園の中でお坊ちゃまとお話をしよう。
「え、ショーンお花がみたいの??いいけど…。」
「えぇ、私薔薇がみたいのです!さぁ、そうと決まれば早速向かいましょう!」
お坊ちゃまのお顔から、「お花好きだったっけ?」という困惑した感情がものすごく感じられるが、それは気にしてはならない。
小さな主に彼女について理解してもらうにはどれほどの時間が掛かるのだろうか。と手元の腕時計を見てみると時計の針は1時半を指していた。これは、おやつの時間を過ぎてしまうかもしれないと感じた私はお坊ちゃまを肩から降ろして、お菓子と飲み物を持ってバラ園に向かうことにした。
「お坊ちゃま、私はお菓子とお飲み物を持ってバラ園へ向かいますのでいつもの場所に先に行っていてもらえますか。」
「うん、分かった!先に行ってるね!」
「あ、こら!お坊ちゃま走ったら危ないですよっ!」
地に足を付けたお坊ちゃまは一瞬きょとんとした顔をしたが、私の言葉を聞いてニコッと笑ったかと思うとピョンピョンと床を跳ねるかのような軽い足取りで屋敷の中を走って外へと向かわれてしまった。勿論、私の注意など耳に入っていなかったようだ。これは後で改めて注意し直さなければ…。
食堂へたどり着き、扉を開けた私は静かな空間で問いかける。
「アラン、お坊ちゃまとバラ園で少しお話をするのでお菓子と飲み物を…。」
普段お坊ちゃまとお坊ちゃまの使用人、私とコックであるアラン、バラ園を管理している庭師のスティーブン親子の5人しか利用していないこの食堂は20人は座れるよう大きな机と花々が飾られておりとても落ち着く空間である。
…が、
「おい!アラン!またこんな所でサボっているのか!!」
いつまでも返事のない食堂の主に「またか。」と呆れつつ入ったキッチンの奥には何処から持って来たんだという長椅子でいびきをかきながら寝ている無償ひげの大男が案の定いた。近くで訴えても反応のない様子にイラっと来た私はアランの腹目掛け脚を振り落としそのまま踏みつける。ごふっと息を噴き出した音がしたが知るものか。
「ふごっ!!な、なんふぁ!?フライパンかぁ?」
「何が、フライパンだアラン…。早くお菓子と飲み物を用意してくれ…。」
踏みつける私の脚をガシッと強く掴みながらフライパンだのとふざけた事を言い出すこの同僚にもう何も話す気もなくなってしまうが、お菓子と飲み物は必要なので最低限の会話でこの場を切り上げる努力をしなければならない。あ、おい人の脚を揉むな、気持ちが悪い…!
「フライパンより柔らかいな…。なんだよ、お前の脚かよ。お菓子はもう作ってるから適当にバスケットにでも入れて持っていけよ。飲み物は何がいいか。」
「長くなるので紅茶は駄目だ。」
フライパンじゃねーのかよとブツブツと文句を言いながらも、素早く柑橘系の果物と蜂蜜を使い色鮮やかな飲み物を作り上げていくアランの料理の腕は悔しいが一級品だ。
因みに今日のお菓子はレモンの皮を練りこんだレモンスコーンらしい。美味しそうである。
「アイス~形成術からのー、封術!ほれ!持ってけドロボー!!」
出来た飲み物に魔法で作ったハートや星形の氷を混ぜ、ユリの花のような透明な2つの容器でそれぞれジュースを包んだかと思うと、あろうことかそれをポイっと乱暴に私が持っていたバスケットの中に投げ入れる。折角のスコーンが割れてしまったらどうするんだ…。と内心憤慨しているが、コイツ相手に話していると時間が無駄になるだけなのでスコーンとジュースの礼だけを言い、やっと食堂を出た。
「…。」
ボフッと私が出た後すぐに音がしたのは今日は聞かなかったことにしよう…。後日だ後日…。
この屋敷の使用人はアランが格別悪い意味で特出しているが、基本的に本邸の使用人よりものんびりとしている。というのもお坊ちゃまが住まわれているこの2階建てのお屋敷は別館であり、それとは別に隣にご主人様達他の家族が住まわれている“どこのお城”だよって言いたくな本邸が聳え立っているのだ。何故第一子であるお坊ちゃまだけ別館に住まわれているのかというと話は長くなるのだが、それは今は私ではどうしようもない問題である。
とりあえずお坊ちゃまの館は隣に聳え立っている旦那様と奥様が住まわれている巨大な本館よりは小さくはあるが立派であると私自身、自負している。石造りの2階建てで一階には食堂や温泉施設、お坊ちゃまの為に作られた図書館にホールがあり、2階にはお坊ちゃまのお部屋や妖精さんが寝ていた部屋とは別に20室もゲストルームが完備されているのだ。口に出しては言えないがお城としかいえない趣味の悪い本館よりこの屋敷の方が断然素敵である。
屋敷の外へと出るとすぐ目の前には迷路のような―、ではなく本物の薔薇の迷路が広がっている。初めは普通の花が美しい庭だった気がするのだが、庭師の趣味かお坊ちゃまが迷路の本を読んでいたのが始まりだったか、いつの間にか広大な薔薇の迷路が作られていたのだ。
草木のアーチを通りその迷路の中に入っていくと様々な空間が道中に現れる。10㎡にも満たない小さな休憩所や普段お坊ちゃまが剣術や魔法の練習をしている大きなスペースまでこのバラ園の中には存在しているのだ。そんなバラ園の空間の中でも屋敷に近いその静かで太陽がキラキラと差し込む空間にお坊ちゃまはいた。白いガーデンテーブルとそれに合わせた2脚のチェアがあるだけのお坊ちゃまお気に入りのその空間は先日“妖精さん”を見つけた場所でもある。
「ショーン!遅いー待った!」
私を見つけたお坊ちゃまは丸い顔を更に膨らませて怒っている。
「申し訳ありません、お坊ちゃま。その代わり素敵なお菓子と飲み物を持って参りましたので許してくださいな。」
そのお顔が可愛らしくて、思わず笑みを漏らしてしまいながら、スコーンとジュースをテーブルの上に並べ私も着席した。
「お花のジュースだ!」
お坊ちゃまはユリの形をしたキラキラと光る黄色いジュースに目をキラキラと輝かせながら感動していた。
「さぁ食べながらお話をしましょうか。」
さて、何から話せば良いのだろうか。どうしたら分かりやすく説明出来るか考えつつスコーンを頬張る。 あぁ、優しい甘さに交じるレモンのフレッシュさがなんとも言えずとても美味しい…。
ついついお菓子のジュースの美味しさに意識が向いてしまいながらも、お坊ちゃまと私の”妖精さん”と一緒に暮らす為の楽しいお茶会は始まったのだった。
全然時間が進んでなくてごめんなさい…!次回こそ作戦会議です…!
2018/09/06 見直してみるとあまりにも誤字脱字が多かったので少々修正しています…。大分ましになったかなと思いますが、まだ文面的におかしいところがあるかも…。修正前のこのお話を折角読んで下さった方読みづらかったですよね、すいません。