1-2 わたしという存在
「ごちそうさまでした!」
元気な声が部屋中に響き渡る。丸い奴は黄色い液体以外の良い匂いの物体もパクパクと吸い込むように体内にいれたようでとても満足気で私も嬉しくなった。
「さぁ坊ちゃま!!お食事も終えたことですし、私と剣術の訓練に行きますよ!」
奴がパクパクと体内へそれらを入れ込んでいた間私はただぼうっとしていたわけではなく、“お坊ちゃま”に抱かれながら奴の一挙一動を見逃さず観察していたのだが、先ほどチラッと自分の視界に入った私の丸い奴と似たぷにぷにとした肌色を見た限り、私はどうやら彼と同じ小さな生物であるという結論に達していた。
「え、嫌だ!!フェリィと一緒に遊びたい!」
それなら私が目指すことは一つである。
「駄目ですよ!妖精さんはまだ元気ではないのですから!お坊ちゃまと遊んで死んでしまったらどうするんですか…!それに、ご主人様や奥様にも内緒にしているのですし…。」
「ウ、ウイウ…ウィウィウウゥ…。」
奴の動きや音色、一挙一動全てを真似すればいいんだ。幸いこの短時間で私も「オイシイ」という音色を奏でることが出来た。これはつまり私も奴のように色々な音色を奏でられるという事であろう。
「フェリィ死んじゃうのは嫌だ…!!」
「ウィ…。」
「それならば、尚更妖精さんにはたくさん寝て、食べて貰って早く元気になってもらわなければいけませんね。」
ちょっと待って欲しい。一つの音と次の音との間隔が早すぎてとても難しいではないか。
「うん…。」
「ウゥ…。」
お、この音は上手く真似出来たのではないだろうか。上手く発音出来たことに喜んでいるとギュッと私を掴まれ、
「フェリィ、早く元気になっていっぱい遊ぼうね…!」
そう言った、繋がった先にある奴の真ん丸の眼は青く透明な液体の膜が張られていて、光が当たりキラキラと綺麗だった。瞳の中にいるもう一人の丸い奴は目の前の奴が心配そうな顔をしているのに対しニコニコと笑っているようだった。やはりもう一人の丸い奴と私はとても気が合う。
「さぁ、妖精さんベッドへと戻りましょうね。」
そんな上機嫌の私を“お坊ちゃま”はそう言うが否や急に地面へと降ろし、丸い奴と同じ目線になるとあろうことかパッと私から離れてしまった。
「ウァ…!?」
急に支えを失った私は二人と同じように地面の上でバランスをとることが出来ずに倒れそうになってしまう。
「危ないフェリィ!」
そこに丸い奴が飛び込んできて…、
「ッ!!」「む、無理…!!」
結局モフッと地面へと横たわっていた。
「うーん、これは立つ練習からですかねぇ。」
大きな影を作り見下ろす“お坊ちゃま”をキッと睨みつける。なんてことをするんだ。
「ショーン!!」
丸い奴も強い音色を発しているところをみるに怒っているらしいが、私は二人のように地面の上に一人で立つことも出来なかったという事実を思い出しショックを受けていた。
「ごめんなさい、お坊ちゃま、妖精さん。」
そんな私の心情等お構いなく、そう言った“お坊ちゃま”は、私を掬い上げるように持ち上げふわふわの上に降ろしその上にまたふわふわとした布を掛ける。
「おい!ショーン!ってうわぁ!」
いつの間にか起き上がっていた丸い奴は“お坊ちゃま”に向かって先ほどと変わらず怒っているが、
「はい、お坊ちゃまは剣術の訓練に行きましょうね!妖精さんはゆっくりと休んでてください。」
「おーろーせーーーー!!」
その“お坊ちゃま”にひょいと持ち上げられると二人は私が止める間もなく部屋からいなくなってしまった。
「…。」
私一人だけの静かになった空間。しかし、本当に私は何もすることが出来ず、その自分の非力さがとても悔しくて心がザワザワとして気が付けば透明な液体が溢れていた。私も丸い奴のように様々な音色を奏でたいし、動き回りたい!
「オイシイ…。」
ほんの少し前まで私を欠けたものを埋めていってくれるような感覚とこの“おいしい”という音が出せるようになったことに喜びを感じていたのに…。だけど、やっぱり一歩一歩でも丸い奴に近づけるようになりたい。
今、私が練習できるものといったら音色を奏でる練習ぐらいだ。どうせなら自分が心地よいと感じる音色を練習したいと
「ウゥッウウ…ゥ」
“お坊ちゃま”という音を言えるようになりたいと思ったがこれは難しいぞ。…早々に諦めた私は仕方がなく丸い奴の“フェリィ”という音色を練習することにした。
「ウィウィ…!」
お、これは出来るかもしれない。
「オイシイ…ウィウェ!」
初チャレンジで我ながら中々の音色を奏でた私は上機嫌でその後も上機嫌で練習していく。
「ウィウェ!ウィウェ!フィウィ…!!」
いやこれだと“フィリェ”って音になってしまってないだろうか…!?少し違うぞ。
「ウェウィ…フェウィ!」
そうこれだ!
「オイシイ…フェウィ、ウェリィ…。」
あと一歩、あと一歩だと思うのだが、
「フェリェ…。」
急に視界にモヤが掛かり段々と世界が真っ白になっていってしまう。
「フェ……ウィ。」
あと少しなのに…、強く大きくなっていく悔しい気持ちをあざ笑うかのように私が溶け出していく感覚がした。黄色い液体を飲むまでは大好きだった漂う感覚が気持ちが悪く、けれど溶け出す私を止めることは出来ずにそのまま私の視界は真っ白になってしまう。
「フェ……リ…。」
次にあの丸い私になったときは絶対今よりも成長してやる…。真っ白でポカポカと温かい空間で消えゆく意識の中私は強く誓った。