1-1 初めてのご飯
ふわふわ、ぽかぽか。
温かな空間で私はふわふわとその空間に溶けて漂っていた。
全てが温かなその空間に香ばしいいい匂いが漂ってくるとぐぅっという低い音を私が奏でた。あまりいい音じゃない…。するとぽかぽかと温かさに包まれているにも限らず、私の中から急激に何かが抜け落ちていく感覚があり、物足りないという感情が私の中をいっぱいに埋め尽くしてしまう。そうして溶けて漂っていた意識は小さく塊となって形となり、私の視界はぼやぁっと世界を変えた。
「…。」
目の前には壁だろうか白いひらひらとしている布が一面に広がっている。
光に反射して色を変えるその景色に物足りなさを忘れしばらく眺めているとボフッという音と共に私の右側が少し落ちて跳ねた。
「フェリィ!!目が覚めたんだね!良かった!!」
このフワフワの丸い奴は、また“フェリィ”と力強く優しい音色を奏でながら私をそれは嬉しそうな顔をして包み込んだ。暖かい…。と私も思わず目を瞑りその小さな丸い奴を包み返そうとしたが、
「ウ…??」
おかしい。私の視界に写ったそいつを抱き返そうとした私の一部は丸い奴と同じような小ささで、同じようなのだ。なんだ、これは。私は無限に溶けて漂い大きく広がれるのではなかったのか。
「ウゥウ…!?ウゥ!」
「フェリィ…!!僕も大好きだよ!!」
何故だ、どうしてだという困惑で奴を力いっぱい掴んでしまった。しかしなんだ、私から奏でる音は“フェリィ”や“お坊ちゃま”みたいな綺麗な音でさえないでないか。どういう事なんだ。ふわふわでもポカポカでもないなら私はいったいなんなんだ。困惑と混乱でいっぱいの私にしかしポカポカと温かい丸い奴は何故か感動した様子でギュウギュウと抱きしめてくる。く、苦しい…!!
「フェリィ~…!!」
いやぁ!スリスリしてくるな、苦しい…!!温かいを超えて苦しさを感じさせる奴を掴むのをやめ押しのけようともがく。
「ウゥ~!ウッ…ぐぅううう」
「…。」
“ウ”以外の音が出た!!とパッと押しのけようともがく事を忘れ、奴に向かって自慢げに私は笑ったのだが、奴は何故か急に静かになってしまい音が消えた。何故だ、解せぬ。
「ぐううぅうう…。」
静かな空間に鳴り響く私のもう一つの音。確かに“フェリィ”程良い音ではないがそんなに丸い目を更に丸くさせる必要はないじゃないか…。奴の眼の中に写っている丸い不機嫌そうな物体と私も同じ気持ちである。解せない。
「…。」
奴はまだ黙っている。
「…ぐうぅ…。ぐぉ…。」
「…。」
私の“ぐぅ”という地面を揺らすような音だけが鳴り響き続ける。
確かにいい音色ではないかもしれないが目の前の丸い奴は出せない音ではないのか…?
そう解釈をした私が少し自慢げに感じてしまった音色を聞くたびに目の前の奴はそのまん丸い目をぱちくりとさせる。正直にいうとあまりいい音色ではないと思うのだが、もしかして奴にとってはいい音なのだろうか。聞きほれているから黙っているのだろうか。疑問が私を埋め尽くすとまた急激に私の中から何かが抜けているかのような物足りなさが大きくなっていった。
「ウゥ…ウゥぐうぅぅウ…!」
あぁ、これはポカポカが足りないんだ。
温かさを再度奴を抱きしめようと手を伸ばし奴に触れた瞬間、トントンと壁を叩くような音が聞こえ奴はビクッっと跳ねあがった。なんだ、どうした吃驚したじゃないか。不審げに奴を見つめている丸い奴が奴の瞳に写っている。この丸い奴とは仲良くなれそうだが、よく見ると目の前のやつとは少し異なっているのではないか。
「お、怒られる…!」
急にわたわたと世話しなくなった奴から瞳の中の丸い奴が消えた。どこへ行ってしまったのかと短時間で次々と私から溢れてくる疑問に、私の視界も傾いていく。頭が首から落ちるのではないかというぐらい頭をかしげていたところ、壁から
「お坊ちゃま~?」
と低い音色が聞こえた。固い奴か、良い音色だ…。
「ぐうう!」
ふっと音色に集中しようとした瞬間また私から音色が奏でられる。折角の“お坊ちゃま”が台無しである。そうガッカリする暇もなく「失礼します…。」という音と共に壁が開いたと思うと固そうなやつが良い匂いをさせるものを持ちながら登場した。“お坊ちゃま”は魔法使いだったのか…!?
「やっぱりここにいた…、って妖精さん目が覚めたんですね!!ダメじゃないですかお坊ちゃま!!3日間も彼女は眠っていたのですよ!目覚めたのであればいの一番にこの“意地悪な”ショーンめを呼んでくださいませんと…!!」
なにやら世話しない“お坊ちゃま”はドタドタとこちらへと足を進めたのに対し丸い奴は視線を下に向けたまたビクッと跳ねていた。
「でも、フェリィは妖精さんだもん…、死なないもん…。あ、ショーンは意地悪じゃないよ…。」
「でもじゃありませんちょっと離れて下さい!」
もごもごとしていた奴を“お坊ちゃま”はペッと音が聞こえそうなぐらい鮮やかに私から引き離し、私の溶けも広がりもしない丸い奴と同じような掴めるものをギュッと強く掴んだ。丸い奴の握るそこはふわふわで柔らかかったが、“お坊ちゃま”の底はゴツゴツとしていて冷たくて大きく力強い。何故だか先ほどまでの沢山の疑問も消えてしまい、ぼうっと繋がれた部分を眺めていると「清癒術」と優しい音色が聞こえ、繋がれた部分から優しい温かな光が私と“お坊ちゃま”を包み込んだ。それはとても暖かくてポカポカとしていて私はまた溶けてプカプカと漂えるのではないかと嬉しく思ったのだが、そう思っている間にその光はあっという間に消えてしまった。
「ぐぅうううううぅ…。」
そうして天から地へと落とされたかのようにまた私の中から物凄い勢いで何かが抜け落ちていく。
物足りない。物足りないんだ。
「ふふふ大きなお腹の音ですね妖精さん。少し待ってくださいね。」
「うぅぁ…?」
私が物足りさに潰されそうになっているのをみた“お坊ちゃま”は何故かにこやかに笑って私との繋がりを解いてしまい良い匂いのする場所へ向かってしまった。その後を慌てて追うのは勿論丸い奴である。“お坊ちゃま”と比べると丸い奴の大きさは半分もないのではないだろうか。改めてみると“お坊ちゃま”の大きさが際立っている。
「ショーン!フェリィはご飯を食べられるの…??」
「何を言っているんですか、お坊ちゃま。お腹があんなに空腹を訴えているではありませんか。食べなければ死んでしまいますよ。」
「本当!?本当にフェリィはご飯を食べられるんだね…!!」
二人を眺めているとガラガラという音と共良い匂いをさせて戻ってきた。丸い奴はとても嬉しそうである。ムカっとした。
「フェリィ!一緒にご飯食べようっ!!」
ガシッと先ほどまで“お坊ちゃま”と繋がっていた私を握った奴。奴のそれはやはりモチモチと柔らかくそして温かくて,ムカッとした気持ちとは裏腹に少し安心してしまう。
「お坊ちゃま。妖精さんはまだ完全な食事は出来ませんよ。3日間も食べていなかったのですからまずはお腹に優しい食べ物で徐々にならしていかないと…。」
「ウゥ!?」
「あ!!ショーン!」
そんな奴に呆れた様子の“お坊ちゃま”は私をそっと持ち上げて良い匂いのするところへと足を進める。
「ショーンだけずるいぞ!僕も抱っこ!フェリィと一緒に抱っこ!!」
勿論その後には慌てた奴がピョンピョンと跳ねながらついてきているのだが、面白い。
「お坊ちゃま…、たった十歩程の距離で焼きもちを焼かないでください…。妖精さん下ろしますね。」
またゆっくりと降ろされると私の視界に良い匂いを発していた物体がいっぱいに広がっていた。黄色や茶色に緑に透けているものまで彩がとても鮮やかである。なんだこれは。
「フェリィが食べられそうなのあった…?」
唖然とする私にトンっという音がすると透けた液体から丸い奴が見えた。ハッとして顔を上げると良い匂いの物越しに正面に奴がいて、その先にはキラキラと光るものを持っているではないか。あれは一体なんだ…?
「フェリィ…?」
「…。」
唖然としている私に目の前の奴は心配そうな顔を向ける。
「ダメ…?」
「ぐううぅうぅ…。」
心配そうな奴に答えるようにまた私から地面が揺れるような音が奏でられた。
「…。」
そう真ん丸な目を余計真ん丸にさせる必要はあるのか、好きな音ではなかったのか。喜んでいいのに…。そんな自慢げな私とは反対に奴の後ろにいた “お坊ちゃま”の表情がどんどん暗くなる。
「…お坊ちゃま。もしかして妖精さんはお食事の仕方が分からないのでは…。」
奴に近づき何やらコソコソと音を奏でる “お坊ちゃま”。
「やっぱり妖精さんだから、僕たちのご飯と違うものと食べていたってこと…?」
その音色に答えるように丸い奴の音色を響き渡る。私は音に集中した。
「いえ、そうではなく…。」
音を切り上げてこちらへ足をすすめる”お坊ちゃま”は、
「ショーン!?」
「失礼します!」
「ウゥ!?」
コソコソと小さな音だったそれがいつの間にか私にはっきり聞こえる音になったのと同時に、私を持ち上げ“お坊ちゃま”に包み込むようにして腰を下ろした。
「あぁ!!!ずるいぞショーン!!」
「…。」
そんな私達を見て不満げな様子な奴だが“お坊ちゃま”は奴に向かって音を返さないらしい。少し残念だがこの包まれる様なポカポカは安心する。
「はい、お口をあーんってしてください。」
「ン…!?」
そんな気持ちを邪魔するように“お坊ちゃま”は透明なものを私に触れさせたかと思うと私をこじ開けるようにして中の液体を私に流し込んだ。
私ではない冷たい液体なのに不思議と受け入れるかの様に私にその液体が流れていく。
「…ウ。」
「よかった…。」
透明な液体がなくなってしまい少しがっかりしていると“お坊ちゃま”から温かく優しい音色が聞こえた。ホッとする。
「フェリィ!コーンスープ!コーンスープが飲みやすくておいしいよ!!」
そんな私に向かってキラキラ光るもので黄色の液体を救って差し出してくる丸い奴。それもいい液体なのかと私はあーんっとそれを求めたのだが、
「こらっ!お坊ちゃまお下品ですよ!」
ピシャっと断ち切った“お坊ちゃま”の声でビクッとした奴はあろうことかその液体を引っ込めてしまったのだ。
「むむむ…。ショーンだけずるい…。僕もフェリィにあーんってしたい…。」
奴が持っていた黄色い液体はどこか…。
「お坊ちゃま…。」
「ウゥ…!」
あ、あった!!
黄色い液体が入った容器を見つけ出した私は嬉々とその容器を持ち上げて私に流し入れる。
「あ!こら妖精さんまで!!お下品ですよ…!!」
「フェリィ!美味しい?」
そしてその液体は私に衝撃をもたらした。その黄色い液体はとてもまろやかで優しい温かさと甘さを持っていたのだ…。な、なんだこれは!?
「ウゥ!!?ウァ~」
「美味しいでしょう~?」
今までポカポカの中に溶けだす事が一番の幸せだと思っていたがそれは間違っていたかもしれない。今この瞬間、甘さと温かさが私全身に広がり、欠けた私を修復していくかのように温かく埋め尽くしていくこの液体を私に流し入れることこそ一番の幸せだったのではないだろうか。そう幸福感で私の気持ちが溢れだしそうになったとき私のぷにぷにが少し薄桃色に色づき周りに甘い香りがブワッと漂い始めた。む、良い匂いだ落ち着く…。
「…!!」
その香りに驚いた様子の“お坊ちゃま”とニコニコと私と同じように黄色い液体を、キラキラするものを使いちょびちょびと流し入れている丸い奴…。
「コーンスープ美味しいね!フェリィー!」
そうか、この幸福感は、
「ウ…、ウイシイ…!」
“おいしい”という感情なのか。
「…!うん!美味しい!美味しいねフェリィ!!」
「!…そうですね、とても美味しいですね。」
「ウイ…オ、オイシイ…!オイシイ!」
“ウ”以外の音色が奏でられたという事と丸い奴も“お坊ちゃま”の発する音色も優しさが溢れて、そして“おいしい”という幸せな感情を同じように感じているという事実がより私にポカポカとした幸福感をもたらす。
後から思い出してみると、この疑問と驚きを沢山生みだし、食事の美味しさ幸福感を与えてくれた黄色い液体こと、「コーンスープ」を食したことが私の”フェリィ”として初めての食事の想い出だった。
フェリィ初めてのご飯です!コーンスープ美味しいですよね…!