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第90話 エピローグ


 恭子襲撃事件の後、俺が退院してから数日が過ぎた。

 壊れた建物の復旧や採用試験の面接や俺の大臣任命やでいろいろ忙しくて、今日は久しぶりの休日である。

 人がいなくてベルーナと俺の二人で年がら年中勤務だったブラック職場だったけど、新規採用で人が増えてローテーションが可能になったため、これからはきちんと休みが取れるようになる。

 休日といえば、恭子襲撃事件の日は俺が敵国勇者を撃退した偉大な日として来年から祝日になるらしく、勇者の日と命名されるらしい。祝日が増えるのはいいことだ。


 そんなわけで、ベルーナと同じ日に休みが取れたため今日は約束どおりベルーナにケーキをご馳走することになっている。

 

 約束の時間に遅れないように待ち合わせ場所に向かっている所だったのだが……。


 ――ドドドドドドドドド


「きゃー、勇者ヒロよー! ステキー!」

「待ってーヒロー!」

「結婚してー!」


 なぜか黄色い声を上げるご婦人方に追いかけられているため、現在俺は猛ダッシュしている所だ。

 求婚されているじゃないか、いいチャンスだろ、とお思いかもしれない。

 確かに俺は未婚の彼女いない暦イコール年齢の大賢者、いやエレメンタルマスターではあるが……あのご婦人方、なんかすごい怖い。

 容姿についてはノーコメントだが、それ以上に俺を食い殺そうとしているような、そんな恐怖を本能的に感じる。

 恐怖を覚えるような相手とは結婚生活うまくいかないよ!


 なので必死に逃げているのだが、その逃走劇がさらに人々の目を引いて……俺を追いかける人数は増加の一途をたどっている。


「ヒロさん、こっちです、こっち!」


 あれはベルーナ!


 路地の隙間から手招きする緑髪のおさげの少女。

 俺の窮地を救うために光臨した女神だ!


 俺はその隙間に滑り込んだ。


 どどどどどと、大地を踏みしめる音が目の前を通り、そして次第に小さくなっていく。

 なんとかやり過ごせたようだ。


「助かったよベルーナ。ありがとう」


「いえいえ、もしやと思ってお迎えに上がりました」


「いやー、びっくりしたよ本当に。

 まさか芸能人みたいに追いかけられるなんて」


「いまやヒロさんは英雄ですからね。

 あの大国クレスタ帝国の勇者を退けたファルナジーンの英雄。

 そんな風に戦いの様子を格好良く編集した映像があちこちで流れています」


「映像!? 確か新聞の号外的な瓦版のようなものをばら撒いただけじゃなかったの!?」


「それは一番最初ですね。現在のトレンドはヒロさん大活躍の映像です」


「で、でもさ、恭子との戦闘映像って機密情報じゃないの?

 あと俺のプライバシー的なものは!」


 そもそも恭子との戦では俺の格好良いシーンなんかなかった気がするのだが……。

 魔法障壁を割られる俺。恭子の技を食らってぶっ飛ぶ俺。恭子に腹を踏まれて悶える俺。などなど。

 その格好悪いシーンこそが秘匿すべき機密情報であり、それにより俺のプライバシーを守る必要があると思うんだよ。


「国民への発表は広報部主導で行われていて、国威発揚のためここぞとばかりに実施されています。王様からのトップダウンなので、我々魔法障壁管理部も協力が必要です。

 映像のお話自体はヒロさんが入院中の時にありましたのでご存じなかったかもしれませんが……もちろんプライバシーや機密情報もあるため私も映像編集に参加しているので問題ありません。

 あのシーンやこのシーン、そんなシーン目白押しです」


 ふんす、と鼻息荒く語るベルーナ。

 これはプライバシーの部分は期待できないぞ……。


「それにしてもここまでのフィーバーになるとは思いませんでしたが、ヒロさんの魅力が皆さんに理解されて私は感無量です!」


 そんな風にベルーナにべた褒めされると、なんだかムズかゆくなってくる。褒められて伸びる俺とべた褒めしてくれるベルーナは非常に相性が良いのだ。


 とはいえなぁ……。


「これからうかつに街中を歩けないぞ……」


 先ほどのように追いかけられるのはもちろん、何かを買ったときも俺が何を買ったかまでバレてしまう。

 大人としては色々必要なわけで、そんな時は路傍の石ころのような存在が望ましいのだ。


「ふふふ、そうだと思って用意してあります。じゃーん!」


 ベルーナがポシェットから何かを取り出し、それをドヤ顔で掲げる。


「それは……」


「はい。変装セットです。帽子とサングラスと、そして付け髭です」


 野球帽のようなキャップに、ヤクザさんがかけているようなサングラス、そして老人が蓄えているような白く長い付け髭。

 逆にこれを全部つけるほうが怪しいような気もするんだが……。


 だけどベルーナが、さあつけてくださいと、キラキラした目で見ているし、善意を無下にするわけにもいかない。

 俺は覚悟を決めて三点セットを身につけた。


 ・

 ・

 ・


 喫茶店を目指して大通りを歩く俺たち。

 さすがに三点セット姿の俺は元の顔情報のかけらもないため、俺の存在がばれることはなかった。

 姿自体は明らかに不審者であったが、横にベルーナがいるおかげで職質も行われない。

 一抹の不安はあったが、変装作戦は成功だ。

 今のうちに喫茶店まで向かうとしよう。


「おい、あれはもしかして女神ベルーナじゃないか?」


 前方から男性の声が聞こえてきた。

 確かにベルーナは女神だが、なんで君が知っているんだね。


「本当だ、女神ベルーナだ! サインをもらいに、いや、バブみを授けてもらおうぜ!」


 その男の連れが子供のようにはしゃぎだす。

 おいおい、バブみを授けるってなんだ?


 その答えを求めてベルーナを見るが、おびえた表情でぶんぶんと首を振っている。


 とりあえず……。


「ベルーナ、逃げるよ!」


 俺はベルーナの手を引いて男達の反対方向へと駆け出した。


「待てー、バブみを、俺にバブみをー」

「俺にもバブみをください。あのシーン感動しました! 待ってください女神ベルーナ!」


 んんん? あのシーンって何のことだ?

 映像か何かでベルーナを見て、それがバブみってこと?


 わけも分からず逃げ惑う俺たち。

 その最中、とある映像を目にする。


 それは街の広告塔に設置された大画面スクリーンに映し出されていた映像のワンシーン。

 俺が倒れてベルーナに膝枕されているシーンだ!


「ヒロさん、もしかしてあれですか!? あのヒロさんの寝顔も素敵なんですよシーンが原因ですか!?

 私は少ししか映っていませんが、ただ傷ついたヒロさんを介抱してるだけですよね!?」


「まってベルーナ、あの場面、俺覚えてないよ!

 合成でしょ!?」


 そんな大事な場面があれば忘れることなどあろうはずがない。


「合成なんてとんでもない。そんな事をしたらヒロさんの魅力が伝えきれません!

 あのシーンは恭子ちゃんが逃げた後、ヒロさんが倒れてしまった時の事です。覚えてらっしゃいませんか?」


 ぐぬぬ、それは俺の記憶にはない。

 がんばった俺への神からのごほうびだったかもしれないのに!


「待ってください女神ベルーナ!」


「バブみを、バブみをー!!」


「ベルーナですって?

 もしかして彼女なら勇者ヒロの居場所を知っているかもしれないわね」


「そうよ、将を射止めるにはまずは馬からよ。ベルーナさん、お待ちになって!」


 この騒ぎに、先ほどまで俺を追っていたご婦人方も合流してしまった。

 追いつかれたら阿鼻叫喚の地獄絵図が再現されてしまう。


「ヘイ、タクシー!」


 俺たちはそばにいた馬車に飛び乗った。


「出してくれ。行き先は――」


 ・

 ・

 ・

 ・


「まいどありー」


 代金を受け取って小気味よい返事を返す運転手。


 次の乗客を探すために去っていく馬車を見送った俺たち。

 もちろん近くに追っかけの姿は無い。

 無事に撒いた、いや、馬車のスピードで振り切ったわけだ。


「さあベルーナ入るぞ」


 俺はごくりとつばを飲む。

 これは俺の覚悟。


 馬車に乗っている間に俺がかぶっていた帽子をベルーナにかぶせてある。

 だけどこれだけではだめだ。

 ベルーナの溢れんばかりのバブみは帽子ごときでは隠しきれない。


 俺たちがやってきたのは高級ブティック街。

 俺とはまったく縁のないこの場所で、ベルーナの変装をしようというわけだ。


「いらっしゃいませー、何をお探しでしょうか」


 ゴージャスな装飾が施された扉をくぐると、すぐさまおしゃれに着飾った店員さんが迎えてくれた。


「この子におしゃれな服を頼む!」


「えっ!? 私の服、そんなにおしゃれじゃないんですか!?」


「ち、違う違う。おしゃれだし、おれはその服好きだよ!

 じゃなくて、こうなんていうか高貴な感じのやつ!

 あの映像を見る限り、バブみがベルーナにはあるんだ。

 映像の中の服と今着ているおしゃれな服(・・・・・・)はよく似ている。

 つまりバブみ認識されてしまう。

 それを打ち消すにはなんかこう高貴な感じの服しかない!」


「あら、訳有りね? ご協力いたしますよ?」


「俺はおしゃれには疎いから、彼女を別人のようにコーディネートして欲しい。間違っても、グラサンと付け髭の不審者にならないようにお願いします」


「ちょ、ちょっと待ってくださいヒロさん。おしゃれうんぬんよりも、私はそんなお金持ってませんよ」


「大丈夫、俺が出す。そう、プレゼントだ」


「ですってお嬢様。ここは提案に乗りましょう」


 上客を得たりと店員さんは商売モードだ。

 そしてベルーナはというと、プレゼントという言葉に反応してすごく嬉しそうな表情を浮かべている。

 今にもぴょんぴょんと飛び跳ねそうな感じだ。


 うん、そうだ、これでいいんだ。

 俺は大臣になって貴族になってきっと給料は上がるはずだ。それこそ今の何倍にも。

 だけどね、実はあてがわれた家はぼろぼろで、その修復はしないといけないので今借金まみれ。その後は執事とか雇ったりしないといけないらしいので、借金がさらに増えることが予想される。

 だけど涙を呑むんだヒロよ、あのベルーナの笑顔に勝るものはないぞ。


 などと俺自身の経済状況を嘆くこと数分。

 何も考えることなくぼーっとしてること十数分。

 そして、女の子の服選びって時間がかかるんだなーと思い始めてからどれだけ時間がたったのかは覚えていない。


「どうですかヒロさん?」


 うつらうつらして危うくガクッと崩れ落ちる、そんな辺りでベルーナの声が聞こえてきた。


「お、おお……」


 目の前に現れたのは、ベルーナ?


 こまかな装飾が施された紫色のそのドレスは、胸元から伸びる帯状の2枚の布が首元で交差している特長的な形状であり、首から肩にかけては肌が露出している。スカート部分はいつものローブと似て足首まである長いものだが、太もも辺りからスリットが入っており、そこから生足がチラチラと見えている。


 まるで映画のワンシーンかと見間違うほどだ。


「こんなドレス着たのは初めてです」


 そう言うと、くるんと一回転するベルーナ。


「ぶぶーっ!」


 背中! 背中が丸見え!

 ドレスの後ろは腰の辺りから脇の辺りまでVの字型に開けており、そこに目が奪われてしまう。


「あの……ヒロさん? その、似合いませんか?」


 い、いかん。けしからん姿に吹き出してしまったことがベルーナに不安感を与えてしまったぞ。

 ベルーナは許しを請う子猫のようにこちらを見上げている。


 気づかなかったが、髪形も変わっている。

 いつものおさげは解かれ、一つのお団子へと生まれ変わっている。そのお団子の周りを編みこまれた髪がぐるりと一周している。

 手には花飾りがあしらわれた、麦わら帽子の様な円形の帽子を持っており、ベルーナの変装を完璧なものにするのだろう。


「ちょ、ちょっと高貴すぎてまぶしすぎて俺には耐えられない。すごく似合ってて可愛いんだけど、その姿で街に出ると逆に目を引いてしまうというか、こんな可愛い姿を俺以外に見せるのは嫌というか……」


 そんな俺の感想を聞いてベルーナは、にへらとだらしのない表情を浮かべて……まぶしくて可愛い、高貴で美人、などとつぶやきながら俺の言葉を反芻しているようだった。


 とはいえ、さっき言ったようにその姿で外に出ることはこの俺が許しません。

 映画の撮影さながらにリテイクを出し、再びお色直しが始まった。


「お嬢様、こちらの下着はいかがでしょう」

「こ、これってスケスケですよ!?」

「あら殿方を悩殺するにはこれくらいアピールしませんと」


 なんか声を聞いているだけで鼻血が出そうだ。


 ・

 ・

 ・


「ありがとうございましたぁ」


 店員さんのいい声に送り出される俺たち。

 現金の持ち合わせはなかったのでツケにしてもらった。


 財布の中にお金がなくなる事態になると今日の最重要目的であるケーキ代を支払うことが出来ずにミッションインポッシブルになってしまうので、助かった。


 けど、女性用の服ってお高いのね!


 ツケにしてもらった代わりに今後贔屓にすることと、勇者の訪れた店ということで宣伝に協力することになった。

 広報部を通してないけど、まあいいだろ。


 俺の目の前では普段の姿とは違って見慣れないズボン姿のベルーナがくりんくりんと回転している。


 さすがはブティック店員さんの見立てだ。

 

 カーキー色のズボンに始まり、可愛い丸ボタンのついた灰色のパーカー。そして紺色のキャップ。

 大人しめの色で統一されたお忍びボーイッシュコーディネートだ。


 髪型はお団子のままにしているため、おさげからベルーナのヒントを得ようとすることは出来ない。


 だけど赤色眼鏡は健在で、俺と同業者なら見落とすわけがない。

 俺でなきゃ見逃しちゃうね、ってやつだ。


 しかしだ、同業者にバレてしまうとしても眼鏡を外すなどと言う愚行は俺が許しはしないのだよ。


「ヒロさんからのプレゼント、一生大切にしますね!」


 俺の方に向き直り、笑顔でそう伝えてくるベルーナ。


「あはは、さすがに一生は着れないんじゃないかな」


「勇者ヒロから授かった服です。家宝にしますよ。なーんて、冗談ですよ」


 普段冗談を言わないベルーナだが、それだけ気分が舞い上がってるのだろう。

 俺はお金を出しただけなので、そこまで喜んでもらうとなんか申し訳ない気持ちになる。


 だけどこれで二人ともお忍びモードだ。

 だれも阻むものはいない!


「さあ喫茶店に行こう」


「はい! ケーキが私たちを待ってます!」


 ――ヴぃーむ、ヴぃーむ


 そんなレッツゴー雰囲気をぶち破るかのように、聞きなれた機械音が耳に入ってきた。

 この音は、俺の持ってる通信機器からだ。


「ヒロさん!」


「うん、何かあったに違いない」


『ヒロ、そしてべるうなよ』


 通信機器を通してファルナの声が聞こえてきた。


「どうしたファルナ、何かあったのか?」


『それがじゃな、どうやらどこかの大臣が、王を騙ったマナライン通信にだまされて大切な情報を渡してしまったらしいのじゃ。おかげで今、大臣部の領域統制中核機(マナボックス)が外から攻撃を受けていてな』


 どこの誰だよ、フィッシングメールに引っかかった間抜けな大臣は……。


 俺の頭の中にとある大臣が浮かんでくる。一度マナボックスの回収に行ったときに小言を言われたあの大臣だ。

 ぜったいあの大臣だろう。この処理に追われる秘書さんの姿も浮かんでくる。


『休みのところすまんが、二人とも戻ってきて欲しいのじゃ』


 ぐぬぬ、今大事な用事の真っ最中なのに!

 おのれどこかの大臣。許すまじ!


「ヒロさん、戻りましょう!

 せっかく二人一緒の休みが取れたのに残念ですが、ケーキはまた今度でも食べれます」


「ベルーナ……」


 誰よりも今日を楽しみにしていたベルーナがそう言うのだ。

 上司の俺がしっかりしないでどうする!


「そうだな、戻ろう!」


「はい、私たちはファルナジーン魔法障壁管理部です!

 どんな相手の進入も許すことはありません!」


 たたた、と駆け出したベルーナの後姿を見て、俺はふと空を見上げた。


 青い空だ。

 地球となんら変わりない。


 その空の下には沢山の人が住んでいて、笑ったり喜んだりと幸せな日常を過ごしている。

 俺は、いや俺達は、地味ながらもみんなが安心して暮らせるようにとこの仕事をしているのだ。

 

 ヒロさん早く早く、行きますよ。とベルーナが手を振っている。


 俺の名前は大阪ヒロ。

 異世界でお城の魔法障壁を管理しています。


 

「文系おっさん(35)異世界でお城の魔法障壁を管理する」に最後までお付き合いいただきありがとうございます。


このお話は仕事に疲れている社会人の方に癒しを与えたい、という思いから見切り発車で開始して、初投稿からおよそ1年と3か月(途中で別の話を書いていましたが)で、何とか完結を迎えることができました。

全ての風呂敷は畳むことができませんでしたが、これを一つの区切りとして、この経験を次回作に活かしたいと思います。


再度となりますが、本作をここまでお読みいただき、そして応援いただき、誠にありがとうございました!

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