表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/90

第89話 文系おっさん(35)異世界でお城の魔法障壁を管理する


 忘れてはいけない、俺はキョウコを――


「あっ!」


 キョウコ!!


 ベルーナが生きていた事に我を忘れてしまい、まったくキョウコの存在が抜け落ちてしまっていたため、慌ててそちらを見るが……。

 俺の不安も杞憂に過ぎず、逃げる様子もなくそこにいることが確認できたのでほっと胸をなでおろした。


 危ない危ない。

 きちんと軍に引き渡すまでがお仕事です。


 いや、彼女を軍に引き渡した後も、牢までの道中と牢に反魔法力領域(アンチマナフィールド)を作り出す必要がある。

 まだまだお仕事は終わらないのだ。


 こちらに向かって軍の法務・諜報部の人が数名駆け寄ってくる。

 魔法障壁さんが事情を伝えてくれたんだろう。本当に頭が上がらない。


 さてさて、これで一安心だな。


 ――ぼふっ


 なんだっ!?

 辺りが煙にまみれて何も見えなくなったぞ。

 魔法か?

 でもそれは無いはずだ。俺の反魔法力領域(アンチマナフィールド)内で魔法の行使なんかできるはずがない。

 ということは、これは物理的な煙。


 ――ごほっごほっ


 喉が煙で。


「ごほっ、ヒロさん大丈夫ですか!」


 ベルーナの声はすれども姿は見えない。


「大丈夫だ。……っ!?」


 突如俺の体を引っ張ったような衝撃を受けた。

 まさか……。


 キョウコが逃げ出さないように念のためにと俺とキョウコを繋いでいたロープ。

 それを手繰り寄せてみるが途中で切れており……その先にキョウコの姿は無かった。


「キョウコ、どこだ!?」


 このクソ煙め!


 俺は腕をバタバタと振り回し、立ち込める煙を晴らそうとする。


 俺の頑張りはむなしく、煙は一陣の風によって吹き飛ばされた。

 辺りが見渡せるようになったものの、どこにもキョウコの姿は見当たらない。


 人混みに紛れたのか? それとも建物に入ったのか?

 気持ちばかりが焦る。


「まったく……世話を焼かせるんじゃないよ」


「ワタシに触るな!」


 キョウコの叫び声だ。どこからだ?


「ヒロさん、あそこです!」


 城壁の上を指差すベルーナ。

 そこには先ほどまで俺の横にいたキョウコと……もう一人。


「あ、あれは女アサシン!?」


 自称クレスタ帝国のアサシンで異世界転生初日に俺が初めて遭遇したこの世界の人。

 ミラーの街で俺はボコボコにされながらも逆転勝利で彼女を拘束したものの、そのまま放置したため彼女はミラーの魔法障壁管理兵に捕まってしまった。

 ミラー兵の奴らから御無体をうけるに違いないと思ったため、なんとか助け出そうとしたけど……その結果どうなったかは分からなかった。


 だけど無事に脱出したんだな。よかった。


 今朝見た夢では見事な水着姿(ふんどし)を披露していたけど、今は前に見たアサシンスーツを着用している。確か感度が100倍だったかになる代わりに身体能力が格段にあがるやつだ。


 だとしたら魔法が使えないはずの反魔法力領域(アンチマナフィールド)内からキョウコを奪い去ることが出来たのも納得がいく。


「触るなって言っている!」


「おーおー元気じゃないか。ほらじっとしな。手元が狂う」


 女アサシンが短刀でキョウコを縛っていたロープとベルトを切り裂く。


 俺の一張羅のベルトが……。


「一応お礼は言いますが」


「私は私の仕事をしただけだ。礼など言われる筋合いはないね」


 なんだ? 仲悪いのか?

 確かキョウコはこの世界の人たちが嫌いとだ言っていた気がするけど。


「それで。どうしてあなたがここにいるんですか?

 誰かがうろちょろしているのは気づいていましたが」


「陛下の命令だからな。私だって小娘の御守りなんかしたくない」


「その小娘一人に手を焼いているのはどの国なんですかね。

 まあいいですわ、あなた方にさんざん貸した借りを一つだけ返してもらったことにしておきます」


 そんな二人がいる城壁の上に、数人の軍人がたどり着いたのが見て取れる。

 左右から彼女たちを挟み込むつもりのようだ。


「ほら、帰るぞ。長居は無用だ」


「あなたに言われなくても分かっています」


 ふんっと、女アサシンから顔をそむけるキョウコ。


「オジサマ、また来ますね」


 風になびいている黒髪をかき上げ、俺に向き直ると確かにそう言った。


「もう来なくていいから!」


 心底そう思う。誰に聞いても同意してくれることだろう。


「大丈夫ですって、今度はもっとうまくやりますから。まだお話もしてませんし」


 この様子じゃ全く懲りてない。

 絶対また来るよこの子……。


「いや、本当にもう来ないで……。

 そ、そうだ! 今度は俺が行くから!」


 俺は反射的にそう答えてしまっていた。


 おお、と、どよめきが周囲から起こった。

 さすが勇者だやられた分はやり返す気だ、とか、宣戦布告するとは勇ましい、とか聞こえる……。


 これは今更失言でした、と言って取り消せない雰囲気だ。

 政治屋の皆さんみたいにサラリと撤回するテクを磨きたい……。


 でもまあ結果オーライだろ。

 この提案が受け入れてもらえれば、少なくとも急にキョウコが襲ってくることは無くなるはずだ。


 逆にこうでも言っておかないと、ただ来るなと言っただけでは必ず彼女は来てしまうだろう。

 どうして彼女が俺に会いに来たのか、まだ本心を語っていなさそうだし。


 次にキョウコが来てしまった場合、例えキョウコ来襲に備えて準備していたとしても、今回の比じゃない被害が出るに違いない。

 被害というか、俺はもう勝てるイメージは湧かない。


 かたや、俺が出向けば少なくとも国に被害は出ない。

 もちろん親善大使として行くんだよ!?

 戦いに行くんじゃないからねっ! 


 さあ、返答はいかに!


「ふふふ、期待しておきますね」


 それは今まで見せたことのない表情だった。

 その柔らかな、はにかんだような、そんな表情を最後に、キョウコとアサシンは姿を消したのだった。


 不覚にもその表情を見た瞬間、今までのキョウコのイメージが全部塗り替えられてしまった。現金なものだ。


 ああ、世界がまぶしい。

 ていうか、暗い………。

 空も回ってるし…………。


 俺の意識はそこで途絶えた。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 目が覚めたらベッドの上だった。

 ベッドを囲むようにぎっしりと食べ物が置かれており、何かの儀式というか、神様へのお供えというか、そんな感じだった。

 看護士のお姉さんが部屋に入ってきたところで、ここが闇魔法結社ではなく病院、いや医療棟だと分かった。


 どうして俺が医療棟のベッドで寝ているのかというと、キョウコが逃げ去った後に俺は倒れ、すぐに医療棟に担ぎ込まれて入院し……それから数日間ずっと眠り続けていたらしい。


 俺の容態はというと、傷は大したこと無く、体を酷使しすぎたのか、慣れないマナの使いすぎかで寝っぱなしだったのだろうという事だった。

 傷のほうも寝てる間にポーションをキメてもらったようで……おかげで特に体に異常はない。


 看護士さんの話によると、医療棟には俺と同じく負傷した軍人さんや職員の皆さんが入院しているらしかったが、恭子の襲撃で多数の負傷者は出たものの、死者は一人もいなかったらしい。

 口ではゲームの世界だなんだのと言いながら、恭子も本当は分かっていたんだと思う。


 ポーションによって傷跡も残らず完治しており、ただ寝ていただけの俺。

 その俺が目を覚ましたことで入院させておく理由もなくなったため、晴れて俺は退院となり、お世話になりましたと伝えて来たところだ。


 さーて懐かしの魔法障壁管理部に帰るとするか。

 ……まあ俺が帰る所ってそこしかないんだけどね。

 早く帰ってベルーナをもふもふしよっと。


 医療棟を後にし魔法障壁管理部を目指す俺の目の前に長蛇の列が現れた。

 一体なんの行列だよ。並んでいるのはどうやら街の人達みたいだけど、王様に謁見とかあるのかな?


 ずらりと並ぶ人の列を横目に魔法障壁管理部を目指すと……どこまでも途切れない長蛇の列は魔法障壁管理部がある地下への入口の先へと続いていた。


「ちょっとすみません、通りますよ」


 俺はその列の横を通って地下へと向かう。

 その途中、ほらあの人が勇者よ、とか聞こえて来るし、これから頼むぜ、とか言いながらバンバンと背中を叩かれた。

 

 一体何が起こっているんだ?


 訳も分からずもみくちゃにされながらも何とか地下へとたどり着いた俺。

 ようやく列の先頭が見えて来て……その先には机が置かれており、俺が求めてやまないベルーナの姿があった。


「ベルーナただいま。一体これは?」


「ヒロさん! 退院おめでとうございます!」


 俺を見た瞬間、ぱぁっと笑顔になるベルーナ。

 うんうん、ベルーナは笑顔が可愛いなぁ。


「あのですねヒロさん、こちらの皆さんは民間からの採用希望者です」


「採用希望者!? この列全部!?」


「その通りです。

 ファルナジーンの勇者ヒロ、帝国の勇者を撃退せり!

 ヒロさんが倒れた後、国を挙げて大々的に宣伝が行われました。

 そしたら採用希望者が続出したので、採用試験を行っているのです。

 もちろん民間だけではなく、城内でも魔法障壁管理部への異動希望者が続出です!」


 おぉ……俺が寝ていた間になんかすごいことになってるな。

 あの閑古鳥が鳴いていた魔法障壁管理部に民間からの採用、それに内部からの異動か。


「ハイネさんもうちへの異動希望を出したらしいのですが、都合により却下されたと言っていました」


 ほうほう、あのハイネがうちに来たいとな。

 俺がナイスガイ勇者だっていうのがとうとう分かってもらえたようだな。


 ハイネが来れないのは残念だけど、城の職員は雇われだから異動希望が通るも通らないも人事部の権限なので仕方がない。


「次の機会にも希望を出してくれるといいな」


「そうですね。でも残念ながら、しばらくは次の機会は訪れないと思いますよ」


「どういうこと?」


「人事のお話ですが、先の襲撃の功績でエンリ様が魔術士部の大臣に就任することが決まりました。

 そしてハイネさんは実績を買われて若くして魔術士長に抜擢されたのです」


 おお、エンリさんは魔術士長から大臣に昇任か!

 今回エンリさんも前線で頑張ったもんね。あの澄み渡るような青色、忘れませんよ。


 にしても、ハイネが魔術士長か。

 確か年齢はベルーナより一つ上なだけで……若いのに凄いな!

 でもまあハイネは同僚からも一目置かれていたようだし、若いけど相当実力もあるようだったからな。これからの伸びしろもまだまだあるだろうし!


 なんにせよ、二人ともおめでとう!


「ふっふっふー、みんな大出世だなと思ってるでしょう。

 もちろんヒロさんも大出世です」


「え、俺も!?」


「なんと、ヒロさんも魔法障壁管理部の大臣に就任です。

 同時に貴族の称号もあたえられます。おめでとうございます!」


「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇー!?」


 変な声でた。

 俺が大臣で貴族だって、平民の俺が? なんかの間違いだろ。


「特別に勇者将軍なる地位を与えて軍の最高司令官に任命する話もあったらしいのですが、さすがにヒロさんが軍人ではなかったのでそこまではやらなかったようですよ」


 勇者将軍……。

 響きは格好いいが、軍人は勘弁いただきたい。


「というわけで、ヒロさんの肩書きは、ファルナジーン王国勇者(魔法障壁管理大臣(魔法障壁管理部長兼務))となりまーす!」


 このベルーナの笑顔。

 まるで自分の事のように喜んでくれていて、これは本当の話なんだなと素直に納得できる。

 肩書長すぎるけど……。


「なお私はなんの活躍もしていませんので身分的な変更はありませんが、ファルナ様に能力をお認めいただけたので、魔法障壁操作権限者から魔法障壁管理者になります」


 おお、ベルーナが魔法障壁管理者に!

 ベルーナの力は俺も認めるところだし、俺が来るまでは一人でこの魔法障壁管理部を背負っていたのだ。

 だから今回活躍が無かったとしてもベルーナには俺から名誉魔法障壁管理部職員の称号を与えたい。


「そして、エンリ様が大臣部に働きかけてくださったので、大臣部でも魔法障壁の重要性が知れ渡り、大規模な再編と予算増が決定しました。

 魔法障壁管理部は、内部での異動と新規採用を含めて100人規模の部署となります!」


 今まで二人だったのが、100人規模!?

 ちょっと展開についていけないぞ。


「というわけで現在採用試験中となります。

 さあ、ヒロさんこちらへ」


 そんな俺を捲し立てるようにベルーナに連れられたのは事務室。つまり祭壇の間だ。


「魔法障壁管理には精霊との相性が特に重要となります」


 部屋の中へと入る。

 この部屋は奥に長い部屋で、前方を事務室として使っている。

 そして後方には台座の様なものがあるのだが、今ならその使い道が分かる。


 あれは精霊を祀るための、そして精霊が顕現するためのものだ。


「おぉ、ヒロ! 復帰したのじゃな。お主も手伝うのじゃ」

 

 見覚えのある、黒ワンピース幼女がそこにいる。

 そう、この国でこの祭壇を使うのは一人だけ……精霊の数え方は一人であってるのか?

 まあそんな事は置いておいて、この祭壇を使うのは大精霊であるファルナだけだ。


「ファルナ様には一次試験の適正テストを行っていただいています」


 ――ぶっちゅー


 なるほど、祝福ね。

 それで適性を測るってことか。

 俺もベルーナも何度も祝福をかまされたからな。本当に。


「って、もしかして全員に祝福してるの!?

 女性はともかく、おっさんとかは!?」


 俺は魔術士部の男子の面々が幼女幼女と口走っていたことを思い出す。

 不純な動機で試験を受けに来る輩が現れるのではないだろうか。


「そこは大丈夫です。男性の方には別な方法で適正を測ります」


「うむ。べるうなが絵面がやばい、などと申すからのう。

 マナを袋の中に貯めてあるのじゃ。もちろん効果は同じじゃて。

 ほれ、ぼーっとしとらんで、お主もその袋で試験監督をするのじゃよ」


「適正テストをクリアしたら、人事部の行う2次試験へと進みます。

 その後面接がありますので、そこでもヒロさんの力を遺憾なく発揮していただきますよ!」


「お、おう。任せておけ」


 面接で俺の力を発揮ってどういうことだ……。

 後でカンペ頂戴ね。


「さあ、これから忙しくなりますよ。なんせ100人規模の部署ですからね!

 見事な手腕を期待していますよ、ヒロさん!」


 おー、とガッツポーズを決めているベルーナ。

 その後ろでファルナも真似をしている。


 試験中だぞ?

 こんなゆるゆるで大丈夫なのか?


「ま、いっか!」


 あの不遇だった魔法障壁管理部が人もお金もある部署になるなんて。

 何があるか、世の中分からないものだな。


 しみじみ思う。


 以前は冴えない35歳のおっさんだった俺。

 その彼女無し童貞賢者の俺が転生して持ち物はパン一切れだけ。

 そんなスタートから1ヶ月もたたないうちに英雄扱いされるだなんて。


 さすがは異世界転生だ!!


 夢と希望が満ち溢れた異世界!

 色々あったけど、異世界最高!


 次はファンクラブの創設と、念願のハーレムの結成だ!


 よーし、がんばるぞ!!

 俺の異世界ファンタジーはまだ始まったばかりだ!

 

ここまでで「無敵の魔法障壁編」及び本編が終了となります。

次話は最終話でエピローグとなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です! やったぜ、女アサシンさんが再登場! というか恭子ちゃん逃げちゃうのね?! なんだかんだでかなりの強敵でした。 ベルーナちゃんは相変わらず可愛くて大変良い。そして怒涛の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ