第77話 雲一つ無く晴れ渡った空の様に清々しい青色
エンリさんの魔法が発動し、キョウコに一瞬の隙を作る。
その一瞬が命運を分けることになった。
間に合う!
俺がエンリさんにこの勢いのまま体当たりしてエンリさんを剣の軌道から逸らせばいい。
そうすればエンリさんは助かる!
俺は切られるけど。
って、背中にファルナが引っ付いたままだった!
俺が切られるのはいいとしてファルナが切られてしまうのはダメだ。
体当たりじゃだめだ。
別の何か、エンリさんもファルナも傷つけない何かを。
俺は脳をフル回転する。
まるでコマ送りのように当たりの様子がゆっくりと流れていく。
とはいえ、俺の体の動きもスローモーションだ。
このゆっくり動く時の中で自由に動き回ったりすることは出来ない。
思考だけが加速していく。
体当たりでは反動でその場に残る俺とファルナは切られてしまうだろう。
だったら、この勢いを利用してすれ違いざまに一緒に倒れ込めばいい。
いや、それじゃあその後地面とエンリさんが接触して負傷してしまう。
もう時間がない。
俺の体はエンリさんとキョウコの間に入っていた。
このタイミングなら何とかなる!
俺の手がエンリさんに触れた。
よし、このままエンリさんを押し倒す。
俺は両手でエンリさんを包み込み、その勢いでエンリさんの体を後方へと押し倒した。
無論このままではエンリさんが床に激突してしまうので、その衝撃を和らげなくてはいけない。
一番いいのは俺の背中で地面を受けることなんだが、俺の背中にはファルナがくっ付いていて、そうするとファルナが潰れてしまう。
エンリさんが痛くないように、ファルナが潰れないように。
俺のスーパー頭脳が回答を導き出した結果、俺は肩と右腕とで床を滑ることとなった。
ちらりと見た恭子の顔。
目は血走っていて笑みを浮かべていた。
まじで怖い。
俺と床との摩擦係数は0ではない。
摩擦で勢いは殺され、俺の体が停止する。
ここで!
ここで格好良く起き上がるんだ!
なぜか腕に痛みが来ない。今がチャンスだ!
俺は痛みの来ない右腕に恐れながらも、ぐっと力をこめて半身を起こし、エンリさんを抱き留めて無事に救った事をアピールする。
「あ、ありがとうございます勇者……」
エンリさんの声が聞こえる。
不安と安堵が入り混じった弱々しい声だ。
一瞬の事で理解が追いついていないのかもしれない。
本当はここでエンリさんに声をかけて安心させてあげたい。
もう大丈夫ですよ、俺が来ましたから、と。
それに今は間近でそのお顔を拝見する滅多と無いチャンスでもあるのだ。
しかしだ。
一瞬見たキョウコの顔が……それが俺をそうさせなかった。
まだ窮地を脱したわけではない。彼女がすぐそこにいるのだ。
血に濡れた巨大な剣を手に持って。
「ファルナ!」
俺は一言だけ発した。
キョウコを排除しなくてはならない。
俺とファルナは深層意識でつながっているらしい。
きっと俺の意図を組んでくれるはずだ。
「任せるのじゃ」
俺の背中から心強い返事が返ってくる。
そして瞬間、キョウコの真横に透明な物理魔法障壁を展開させると。
「ぐうっ!」
堅い魔法障壁がキョウコを突き飛ばし、キョウコは自らが作った裂け目から事務棟の外へと吹っ飛んで行った。
ふうっ、これで一安心だ。
サンキューファルナ。
脳内でお礼を言っておく。
よしここからはカッコつけタイムだ。
つり橋効果でエンリさんの好感度は爆上げに違いない。
持てる最高の笑顔を作って!
「もう大丈夫ですよ、エンリしゃん」
か、噛んだ!
大事なところでセリフを噛んでしまった!
バカバカバカ俺のバカ。
ちょっとセリフを頭の中で用意しただけなのに噛むなんておバカ!
「は、はい、あの、起こしていただけるとありがたいのですが……」
エンリさんの顔が赤くなっている。
こんな大事な場面で噛んでしまった男を見てしまったのだ。
自分の事のように恥ずかしさを感じてくれているのだ、それが顔を赤らめている原因だよきっと!
でも、なんか吸い込まれそう。
薄い青色の口紅とその白い肌、それに映える頬の赤さ。
「あの、勇者?」
うわっ、見とれてた!
すみませんすみません。
俺は慌てて腕の中のエンリさんを起こそうとする。
パキリ、と何かが割れる音がした。
音の方向に視線をやる。
俺の足がエンリさんのスカートを踏んでしまっていた。
でもなんで音が?
と思ったところで、スカートに細かい無数のヒビが入っていき……布のはずのスカートは粉々に砕け散ってしまった。
これはきっと先程の氷系魔法の影響でスカートが凍り付いて、今の衝撃で一気に割れてしまったのだ。
そうだ。そうに違いない。
俺は冷静にそう考察するが、冷静ではないのだ。
俺の目の前には透き通る様に白い肌の御御足と、雲一つ無く晴れ渡った空の様に清々しい青色の下着が……。
「なんじゃ?」
「うわあっ、びっくりした!」
俺の背中からファルナが顔を出したのだ。
今日一番の驚きだぞファルナ。
「ふむ。それじゃあ武器は隠せんぞ」
ファルナの視線はエンリさんの露出した御御足に向けられている。
「だめ、ファルナ、見ちゃだめ!」
俺は慌ててファルナの目を覆った。
「ゆ、勇者……。それは一体どういう意味ですか?」
ぷるぷると震えているエンリさん。
し、しまったー!
対応を間違えた!
これは子供に見せてはいけないものを子供が見てしまった時にするアクションだー!
エンリさんは両手で下着を隠しているが、指の隙間からは立派な青色が見えている。
「ち、違うんです、エンリさんの下着姿を衆人から隠そうと思ってですね!」
ああもうこの語彙力。これじゃ名誉挽回なんか出来ないよ。
せっかく爆上げだった好感度もダダ下がりだ。
マイナスに突入した感もあるぞ。
と、とにかく隠さないと。
俺はイケメンのように上着を脱ぎ、エンリさんの手元にかけてあげる。
実はスカートが砕け散ったのは前だけで、後ろはそのまま残っているのだ。
だから俺とファルナ以外には彼女の下着の色が何色かは知られてはいない。
つまりはセーフだ。
「ありがとうございます勇者。
あと今の事は忘れてください。必ず」
顔はまだ赤いがかなりご立腹の様子で、有無を言わさぬ威圧感。
「わ、分かりました。エンリさんの下着が青色だったことは必ず忘れます!」
そして美人さんからの威圧に気おされてしまった俺。
ん?
ぷるぷると肩を震わせてエンリさんがこちらを睨んでいる。
って、しまった。
もしかして口に出てた!?
下着の色を暴露しちゃった!?
「あっはっは、みつけた。やっとみつけた!
勇者だ。日本人だ!」
うわぁ、びっくりした!
急に建物の外から声が聞こえたのだ。
辺りに一気に緊張感が戻る。
そうだ、俺達はまだ戦闘中だったのだ。
意識をパンもろから戻さないと……。
あの澄み渡るような空の色から……。
い、いだだだだだ、右腕痛い!
今頃痛みが来やがった。
「オジサン出てきなよ。
出てこないならこのぼろ城ごとぶったぎるよ!
とと……人前ではしたなかったですね」
おじさん?
誰の事だよ。あのおっかない子に指名されるかわいそうな中年の方は。
ん? なんだ? みんながこちらを見てるぞ。
エンリさん?
もしかして……俺の事なの!?
遠くでハイネの姿を見つけた。
うんうん、と彼女もうなずいている。
え゛、なんで俺がお呼びなの?
……そういえば……彼女は勇者を探していたんだっけ……。
俺が勇者だってバレたって事!?
どこで!?
そういえばエンリさんが……俺の事勇者だって言った気がする……。
「ほらほら、早くしないとみんな死んでしまいますよ?」
外から催促の声が聞こえる。
これはもう出ていかざるを得ない状況だ……。




