第75話 彼女と閃光と白い布
皆様、俺の事を覚えているだろうか。
ずっと女子高校生の話が続いたのでこの物語の主人公の事をお忘れではないだろうか。
そう俺の名前は大阪ヒロ。
35歳の若さで雷に撃たれて異世界転生したこの物語の主人公。
勇者としての能力を見込まれてこのファルナジーン王国に雇われることになった俺は、部下のベルーナと共に数々の難題を持ち前の頭脳を持って解決していった。
その長身と甘いマスクから、ベルーナはもちろん職場の女性たちを虜にする罪深い男だ。
そして今日もまた、このスーパー勇者の俺に虜になった女性達に囲まれる一日が始まる。
……このような話を夢見て転生した俺のお話だ。
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殺風景な部屋だ。
それはそうだ、仕事部屋だからだ。
学校の教室程の広さの部屋にいくつかの机が並んでいる。
いつもであればそこに座っている職員たちはこの部屋にはいない。
ただ、飲みかけのコーヒーカップが置かれたままだ。
俺の目の前で銀色の髪の毛をした幼女がふわふわと空中に浮かんでいる。
精霊ファルナだ。この国を守護する大精霊……らしい。
つまりこの部屋にいるのは俺とファルナだけだ。
「どうしてこんなことになったんだよ……」
俺は今事務棟四階の一室にいる。
魔術士部が侵入者を撃退するサポートをするためだ。
この事務棟から魔術士部の職員が侵入者を迎撃するにあたり120%の力を発揮できるよう、新たに魔法力充填領域を作成し、維持しているのだ。
このマナセグメントは領域統制中核機をコアとはしておらず、その代わりにファルナをコアとして形作っている。
そして今、マナセグメント内に満たされたマナを利用し、普段は使うことが出来ないような大魔法が侵入者へと打ち込まれている。
相手は女の子一人だ。
下手したら死んでしまうほどの魔法が打ち込まれている。
あの子の服装は学生服。そして年の頃は高校生に違いない。
彼女と対峙した兵士からの情報によると、彼女の名前はキリハラキョウコ。
勇者であり大切断を操るバスターブレイダーだという事だ。
そして……この俺を探している。
何か困っていることがあるのかもしれない。
日本人に違いない彼女がこの異世界で困っているのであれば、助けてあげたい。
……あわよくば、そこから始まる恋もあるかもしれない。
だけど魔術士長のエンリさんは俺と彼女が接触するのを良しとしなかったのだ。
俺の純粋な下心が透けて見えたのだろうか。
危険であるという理由で俺の申し出は却下されてしまった。
ベルーナなら許可してくれただろうか。
今俺の隣にベルーナはいない。
俺はベルーナを魔法障壁管理部の事務室に待機させている。
表向きは後方支援だが、ベルーナの身を案じての事だ。
剣一本で地面に裂け目を作るような相手だ。そんな危険なことにベルーナを巻き込むわけには行かない。
私も一緒に行きます、と食い下がったが、俺の説得によりしぶしぶ待機することに納得した。
あぁ、こんな殺伐とした場所とは早くおさらばして、ベルーナの笑顔が見たい……。
「なにをためらっておるんじゃ、今更」
ポツリと漏らした俺の言葉にファルナが反応する。
「だってファルナ、女の子なんだよ?」
あれが美形の男であれば俺も全力を持って抹殺しようと思う。
強さとイケメンを兼ね備えた男など、全人類の半分の敵である。
しかしながら侵入者は可愛い女子。逆に全人類半分の宝である。
それだけ美少女と言うものは尊いのだ。
とにかく、あの可愛い女の子を寄ってたかっていじめるような、そんな事に乗り気ではないのだ。
「ばかもん、お主は何を見ておったのじゃ。
あやつは地面を割り、多くの兵士達をものともせずこの城内に侵攻してきたのじゃ。
お主たちの中で一番強かったんじゃろ? あのヒゲ」
見た目から油断するなと叱られる俺。
そのとおりだ。
魔法障壁の映像装置を通して彼女の様子は伝わっている。
映像には音声は入っていないものの、城門前で将軍を一瞬にして倒したことや、剣を振っただけで塔が二つに切断された様子は衝撃的だった。
そんな存在を倒すには、可愛そうなどと生ぬるい事は言ってられない。
ましてや捕縛するともなるとさらに力が求められる。
すでに将軍が倒れた今、余剰の力などあるはずもなく、皆が全力を持って打ち倒すほかに方法はない。
「それに、お主が直接手を下すわけではない。
あくまでサポートに過ぎん。深く考えるでない」
うーん、そこが問題なのではなくってね、精霊さんゆえのドライさなのか。
俺が直接彼女を傷つけるかどうかじゃなくて、彼女が傷つくという事が問題なんだけど……。
まあファルナが言う事も一理ある。
軍人ではない雇われ職員である俺が、あの黒髪の少女の目の前に立って流血沙汰を起こすことなんかあろうはずがない。
そう、俺は非戦闘員! のはず。
それに俺は雇われている身。
国が一丸となって動いている中、その方針に逆らう事など出来ない。
上が黒と言えば黒、白と言えば白なのだ。
何にせよ今この瞬間も危険な思いをして彼女の前に立っている魔術士部の人たちの事を思うと、邪魔立てなど出来るはずがない。
そうは言っても、歯車の一つの下っ端だとしても、何か出来ることはあるはずだ。
それだけは心に留めて置いて、そのチャンスを逃がさないようにはしようと思う。
「そうだな。今は集中するか」
俺の役目はマナセグメントの維持と緊急時の対処だ。
緊急時の対処とは魔法障壁による防衛だ。
いつ何時緊急時が訪れるのかは分からないため、映像から目を離してはならない。
心が乱れていては、いざというときに出遅れてしまう。
俺は椅子に座ったまま目の前の映像に集中する。
映像は魔法障壁の各所から取得しているもので、俺の目の前には10以上の画面が空中に映し出されている。
映像の中の女の子、キョウコの動きを余すことなく追うためだ。
ん? なんだ? 彼女の前で対峙してる職員が攻撃を止めたぞ?
とたん、いくつかの画面から目を突くような眩い光が放射された。
「まぶしっ、目がー目がー」
画面を見るときは部屋を明るくして遠くから見てね、のアナウンスくらい出してくれよ!
体が痙攣して病院送りになったらどうするんだ。
しかし俺は画面から目を離してはいけない。
大佐のように取り乱してはいけないのだ。
チカチカする目を凝らしながら画面に注力する。
「ぶっ、パンチラ!」
俺は目を疑った。
光が見せた幻想なのか?
目をこすってみるが、間違いない。
キョウコがバック転していて、その動きに合わせて白いものが見えたり見えなかったり!
周囲の映像を映し出している画面の一つが俺の意思と連動して、彼女をズームで映し出す。
「あ、違う、だめ、だめ、もどってストップ!」
これはやばい。
どう考えてもやばい。30代のおっさんが10代の女の子の下着映像を狙う図。
ズームアウト、ズームアウト!