第74話 side キョウコ その7
これまで自分の攻撃が防がれることなどなかった。
絶対の自信があるそれが防がれる場合があるとすると、同じ力を持つ存在によるものだけだ。
自らと同じ勇者という存在の片鱗を感じたことに、恭子は心が震えるのを感じた。
恭子を狙い続けていた攻撃は、彼女が事務棟へ一撃を放った後から止まっている。
この隙にと、恭子は事務棟へ向かって駆けだす。
そして崩れ落ちた建物の瓦礫を足場に跳躍し、事務棟の壁をまるで動物のように飛び跳ね飛び跳ね、自らが作り出した三階部分の裂け目の中へと侵入する。
「さて、勇者はどこかしら」
きょろきょろと辺りを見渡す恭子。
直前までこの場で恭子に魔法攻撃を加えていた魔術士達がいたはずだが……彼らは先ほどの斬撃時にここからの避難が済んでいる。
そのため剣が届く手近な所には獲物はいない。
とはいえ多くの職員が攻撃に参加していたのだ。
斬撃からの緊急退避やその後の衝撃で建物が激しく揺れた事もあり、ひざを突いたり尻もちをついたりと、恭子の視界の先にはそんな沢山の魔術士達の姿が見える。
彼らも彼らで、まさか三階の高さのここに外側から侵入されるとは思わなかったため対応が後手に回っている。恭子の侵入に対してすぐにでも攻撃に移ることが出来る魔術士はいない。
「エンリ様、お下がりください」
ざわつく中、恭子の視線を遮るように屈強な男達が一人の女性の前を固める。
「あら、あの人が指揮官かしら」
辺りの魔術士は皆同じような服装をしている中、その女性だけが違ったデザインの服を身に着けている。
それに普通はしない方法で敵陣に侵入したのだ。そこが本陣でそこに指揮官がいても何らおかしくはない。
「あなた、大人しくなさい。そうすれば情状酌量の余地はあります」
魔術士部の長としての責任から、気丈にも投降を促すエンリ。
安全な後方からの説得では効果は無いと考えて、自身の前を固める職員の間から一歩進み出た。
「エンリ様、前に出られては危険です」
だがその意図はエンリの身を一番に案じる職員達には通じず、エンリは大きな体の後ろへと追いやられた。
「綺麗な人。
だけど……ワタシの嫌いなタイプだ。
まるでワタシを助けてくれなかった母のようで!」
恭子はぽつぽつ呟いていたかと思うと、カッと目を見開き、急に声を荒らげた。
「何を……、言っているの?」
話がかみ合わない。いや、自分の声が届いているのかも分からない。
今の言葉と表情と、そしてこれまでの驚異的な戦闘力も相まって、エンリは恭子に対して恐怖を感じてしまう。
「あなたに個人的な恨みはないですが、死んでもらいます!」
先程一瞬見せた取り乱した様ではなく、落ち着いた口調へと戻る恭子。
見る者に恐怖を与えるほど巨大な大剣グガランナを構え、狙いをエンリに定めた。
「させるか、小娘が!」
エンリの前を固めていた2名の職員が殺意を見せる恭子に向かって槍を構えて突進する。
「邪魔するなら、まずはあなた方からです」
突進してくる職員の隙間をするりと駆け抜ける恭子。
すれ違いざまに剣閃が走った。
恭子とすれ違った職員二人は、まるで直進しかしないロボットのようにヨロヨロと前に進むとぽっかりと開いた裂け目から落下していった。
「邪魔は消えたわ美人さん。覚悟はいい?」
ゆっくりとした歩みで獲物を狙う恭子。
普段であれば興味が無さそうに速やかに切り捨てる所だが今は違う。
「エンリ様、逃げてください!」
護衛のいなくなったエンリの身を案じるハイネ。
彼女は今、エンリとは崩れ落ちた床を挟んで逆側にいる。
床の裂け目は助走して飛び越えることが出来るか出来ないかの大きさで崩れており、仮に飛び越えようと跳躍してもその隙に恭子から斬撃をもらってしまうに違いない。
魔法を使おうにも、この方向からでは誤ってエンリに当たってしまう可能性もある。
「大丈夫ですよハイネ。
私とて魔術士長、こんな事で屈するわけにはいきません」
「こら、お前たちそこでスッ転んでないでエンリ様を守って!」
裂け目の向こう側にいる魔術士達に発破をかける。
エンリに逃げる意志が無いのなら、せめてあの凶刃から守るための時間を稼がなければ。
「ふふ、覚悟は決まっているということですか。
母には似てませんね。だけど……そこが気に入らない!」
逃げようとしないエンリに対して苛立ちを見せる恭子。
「何を言っているのかは分かりませんが、我が国に侵攻し皆を傷つけた意味、身をもって思い知りなさい!」
すっと目を閉じ、周囲のマナを集めるエンリ。
「悠久の常しえたる静寂の棺よ」
「このワタシの前で呑気に詠唱するなんて、母と同じで頭はすっからかんね!」
一跳びで間合いを詰め、すました表情で詠唱を行っているエンリに向けて大剣を振り下ろす。
自分を馬鹿にしているのか、それとも本当に頭が足りないのか。どのみち一撃のもとに切り捨てるのだ。それが早くなっただけの事。
「たまえ!」
刃が迫る中、エンリの声が止まる。
(急に詠唱を終えた!?)
文脈の繋がらない詠唱に表情を変えた恭子。
「フリージングコフィン!」
瞬間、視界が覆われる程の吹雪が発生する。
前方に吹雪を発生させ対象を氷漬けにする大魔法だ。
普通は屋内で使うものではない。
だが、今、恭子の背後には空が見える。
発生した吹雪はただの吹雪ではない。魔法で編まれた超低温物質の嵐だ。対象を立ちどころに凍結させ、空気中の水分を巻き込んでまるで透明な棺に入ったかのようになる様から、残酷ながら美しい魔法の一つと言われている。
当然恭子もそのようになるはずだった。
だが、恭子は氷付けになるどころか、その吹雪を切り裂いてエンリへと肉薄した。
「残念でした。あの世で美人に生まれたことを後悔してね!」
口角を吊り上げ、目を血走らせ、その手に持った剣を振り下ろす。
もはや恭子とエンリの間に遮るものは何もない。
誰もがエンリが血まみれになって倒れる姿を想像した。
しかしながら、そうはならなかった。
恭子の剣撃がエンリを袈裟切りにする寸前で一人の男が割って入り、その凶刃からエンリを守ったのだ。
その男は銀髪の幼女を背負った長身の男。
「あ、ありがとうございます勇者……」
男は建物を貫通した裂け目を通じて四階から三階めがけて飛び込むと、エンリの体を押し倒すようにして剣閃から彼女を守ったのだ。
緊急であったためその方法しかとれず、突進した勢いのまま床を少しばかり滑ると体勢を起こした。
現在エンリは男に抱かれた状態である。
「ファルナ!」
「任せるのじゃ」
男の首に手を回して背中におぶさっている銀髪の幼女がそれに答える。
「ぐうっ!」
突如真横から現れた何か見えない物体に押され、恭子は事務棟から外に放り出された。
不意を突かれたとはいえこの程度で倒れる恭子ではない。
空中でくるくると回転しながら、三階という高さをものともせずに地面にと着地した。
「ふふ……ふふふ……」
俯いて不敵に笑い出す恭子。
その表情は誰からも見ることはできない。
「あっはっは、みつけた。やっとみつけた!
勇者だ。日本人だ!」
ぱっと顔を上げた恭子は空に向けてそう叫んだ。
これで恭子視点のサイドストーリーは終わりとなります。
次回はとうとうあの男視点の本編となります!




