第72話 side キョウコ その5
20人ほどの銃兵が単発の発砲を行っただけであり、発砲による硝煙の量もしれている。風通しの良い場所でもあるため、発砲の、その一切の様子は兵士達の目に映っていた。
通常なら哀れにも国に敵対した少女は銃弾によりハチの巣となるはずであったのだが……。
ガルガドの号令と同時に恭子は自身の持つ大剣を石畳に突き刺し、その陰で銃弾をやり過ごしたのだ。
横幅の広い大剣を、まるで盾のように扱って。
「次弾装填」
冷静に次の行動を指示するガルガド。
初手の銃撃が防がれるのは想定の範囲内だ。
この程度で倒せるようでは勇者などとは呼ばれはしない。
「そんな間を与えるとでも?」
恭子は地面に刺していた大剣を手に取ると、その場に立ったまま軽い動作で横なぎに振りぬく。
そのアクションで剣から発生した衝撃波は、ガッチリと大楯でガードしていた盾兵もろとも銃兵を薙ぎ払った。
「ぐぬうう」
片膝をつき唸るガルガド。
間一髪、ガルガドの前には副官が大楯でガードに入ったが、衝撃を殺し切れず吹っ飛んでいった。
(剣で身を守るという事は攻撃自体は通じるという事。ならば後方からの狙撃なら)
恭子の後方百数十メートルには、時を告げる鐘を鳴らすための尖塔が建っている。
その尖塔には事前に狙撃兵を配置してある。
流石の勇者でも感知範囲外の、それも後方からの狙撃は防げないであろう。
ギンッ
だが、ガルガドの思惑は外れ、その狙撃は何かに防がれた。
「狙撃ですか、位置はそこですね」
どのように位置を割り出したのか。
恭子はチラリとその方向に視線をやると大剣を軽く振って衝撃波を飛ばし、その尖塔を切り落とした。
音を立てて尖塔の先端部分が崩れ落ちていく。
さすがに周囲に被害が出るだろう。
「その耳飾り、魔法具か」
「ええ、オートディフェンサー。
自動で遠距離攻撃から身を守ってくれます」
恭子の周りを六角形の小さな耳飾りがゆっくりと回転している。
今まで恭子の黒髪に隠れて目立たなかった耳飾り。
それが分離し、瞬時に後方からの狙撃を防いだのだ。
「便利なんですよ。可愛いですし」
浮遊するそれを手のひらで止め、恭子はその意匠を確かめる。
アクセサリーを眺める少女の姿は戦場とは似つかわしく無い。
(銃は効かぬか。直接剣を叩き込むしかない)
ガルガドは立ち上がると、倒れた兵士達の前へと進み出る。
「まだやるのですか?
勇者を連れてくるのなら命までは取りませんが」
「笑止。わしは軍人。命乞いなどせぬ。
それにわしとて守護の大楯などともてはやされておる身。
貴公、無傷で済むとは思うでないぞ」
「守護の大楯と言うと、防御には定評があるということですよね。
防御ならさて置き、あなたの攻撃が私に通じるのでしょうか」
「言うに事欠いてこのっ!
ガルガド将軍は魔族を打ち倒したこともあるこの国の英雄。
貴様の様な小娘がかなうはずがない!」
先程ガルガドを守って地に伏した副官だ。
上官を侮辱する発言に対して、自分の傷の具合も忘れて叫んだのだ。
「ダック!」
声を荒らげて副官の名を叫ぶガルガド。
「出過ぎた真似をいたしました……」
上官の偉大さを、このふてぶてしい小娘に教えてやりたい一心だったのだ。
だがその発言は逆に恭子に情報を与えることになる。
「魔族を、ですか。
見たことは無いのですが強いらしいですね。魔族。
私と比べてどれほどのものかは知りませんが」
少なくても一般の兵士、そこらの人間よりは強いのだろうという尺にははまったようだが、それでも勇者である自分とは尺度が違うと恭子は認識している。
「構えていない相手を切る趣味は無いのだか?」
すでに戦闘態勢のガルガド。
ガルガドの武器は片手剣。左手には小型の逆三角形をしたヒーターシールドを構えている。
対して恭子は、耳飾りを耳に着け戻した際に剣から手を離し、そのままでいる。
「ご自由にどうぞ。あまり肩ひじ張ると疲れますので」
「それならば、こちらは職務を遂行する!」
全身鎧までは行かないものの重装備をしているガルガドだが、それにしては素早い動きで間合いを詰める。
恭子の武器は大剣。
ガルガドの持つ片手剣とはリーチが違うが、懐に入りさえすれば勝てる道理だ。
「魔族を倒したというからどれほどのものかと思いましたが、そんな単純な攻撃で倒せるものなんですね、魔族」
恭子はようやく大剣を手に取ると、突進してくるガルガドに対して、これで十分だろうと雑に大剣を振り下ろす。
ガルガドは装備している小型の盾を構えると、その重い一撃の接触の瞬間、盾を斜めにして受け流し自身への攻撃の軌道を逸らした。
攻撃対象を失った大剣の切っ先が地面にめり込む。
その隙を狙ってガルガドは恭子の左半身に剣を突き込む。
だが恭子は、斜めに地面に刺さった状態の大剣の柄を軸に、体を横に回転させそれを避ける。
そして反時計回りに体を回転させる途中、柄を左手に持ち替えると、遠心力で勢いのついた体でまるで飛び蹴りのようにガルガドの左側面を狙った。
遠心力が付いているとはいえ、体重の軽い少女の蹴り。
そのまま受けても良いはずだが、ガルガドの盾はそれを正面から受けようとはせず、今度は上方に向けて勢いをいなす。
その行動は盾により足をすくわれ体勢を崩した恭子が地面に落下するところを狙いトドメをさすための物だ。
しかし攻撃のチャンスではあるが、恭子とガルガドの位置は、めり込んだ大剣を間に挟んでいる形であり、今のガルガドの位置からでは図らずも大剣が盾となっており恭子に一撃を加えることが出来ない。
そのため、最初の突進の勢いがまだ生きているガルガドはその勢いを利用して大剣の向こう側に回り込み、恭子への攻撃射線を通した。
空中で体勢を崩された恭子はそのまま背中から地面に落下するはずであった。
だがそうはならなかった、いや、彼女がそうしなかった。
盾で払われた足とは逆のもう片方の足でガルガドの盾を踏み抜くと、その勢いを利用し地面にめり込んだ大剣を引っこ抜き、空へと跳躍した。
恭子が狙うのはガルガドの頭部。
両手で大剣の柄を握ると、落下する位置エネルギーを加えてガルガドの頭部へと振り下ろす。
だが大技というのは逆に隙に成り得る。
空中であるならなおの事だ。
しかしながら、歴戦の勇士であるガルガドもこのタイミングで空中に一撃を放つことは出来なかった。
地面に倒れる予定の恭子へ攻撃する体勢だった所に予想しない盾への衝撃を受けた彼は、恭子の姿は追えているものの上空への攻撃動作に移れていないのだ。
また、どんなものでも切断するというバスターブレイダーの一撃に正面切って向かっていくのは大きなリスクが伴う。
そう判断したガルガドは恭子のこの一撃をしのぎ切り、そこに魔族をも粉砕した彼の最大の技、シールドバッシュを叩き込む算段を整える。
恭子の一撃を防ぐために盾は使えない。
この後の攻撃に利用するためだ。
そのためガルガドは片手剣での防御を選択する。
迫る大剣の一撃に対して、ガルガドは何とか右手の剣で受けることに成功する。
もちろん正面から受けては剣身がもたずに剣ごと真っ二つになってしまうめ、角度を付けた剣で何とかその軌道を逸らして一撃を回避することに成功した。
失敗すれば指の一、二本、いや利き腕ごと持っていかれるところであったが、そこは屈指の技巧を誇るガルガドの勝利と言えよう。
想像以上に強大な一撃に体勢を崩しながらも、大技後の隙を突き反撃の一撃を加えるため盾に力を込める。
ガルガドの盾が魔力を帯びた光を放ち、渾身の力で盾を敵に叩きつける技、シールドバッシュが放たれる。
ガルガドの剣の上を斜めに滑った恭子の大剣は、すべての位置エネルギーを使い果たし再び地面と接して無力化するはずだった。
だが恭子のその攻撃は、ただの一撃目に過ぎなかったのだ。
恭子は地面に着地するやいなや、握り手を持ち換え、崩れた体勢からシールドバッシュを放ったガルガドを下方から切り上げる。
腕の力だけではなく、体中のばねを使ったその切り上げに対してガルガドはシールドバッシュで撃退を狙うが……魔族をも打ち倒した無敵の盾は真っ二つに両断された。
瞬時に体を後ろにそらし回避を試みるが、盾を割っても止まらないその斬撃はガルガドの腹をえぐることになった。
どさりと人が倒れる音に続いて、宙を舞っていた二つの金属体が地面に落下した音が響いた。
「そ、そんな。将軍がやられるなんて……」
兵士たちは恭子の初手の斬撃で皆沈黙しており、ダックと呼ばれたこの副官も地面に伏したままかろうじて口を開いているに過ぎない。
地面に倒れ込んだガルガドはピクリとも動かない。
どれほどの傷を負ったのかはダックの位置から確認することは出来なかった。
「まあまあでしたが、稽古台にもなりませんでしたね」
恭子は倒れたガルガドを一瞥すると、城門に向かって歩き始めた。
折り重なるように倒れている兵士のすきまを、ぴょいぴょいと跳ねるように進んでいく恭子。
「ま、待て……、将軍の仇……」
ダックはよろよろとタワーシールドにもたれかかるようにして起き上がる。
「やめておけ、ダック……。お前が、敵う……相手ではない……」
「しょ、将軍! ご無事で!」
声の主にダックと恭子の視線が集まる。
「もはや……指も、動かせぬこの状態を……無事であると、言うのであればな……。
……ダックよ……そこの少女を止める手立ては……我々にはもうない……」
「そんな……」
「城門を、開けてやれ……」
「し、しかし……」
「仮に、城門を……開けなかったとしても……彼女なら、何ら問題なく……城壁ごと、城門を破壊し進むだろう……」
城門が破壊された場合、修復にはかなりの時間と労力、資金を要することになる。この騒動の後の事を考えれば、避けれるならば避けたい。
(わしに出来ることは、もうこれくらいだ。
後は勇者に……あの頼りなさそうな男に。
このような事態になるならば文官などにせず軍に入隊させて鍛えておくべきだったな。
この国のことを頼んだぞ……勇者ヒロ)
そして鉄壁の守りを誇る城門は内側から開くこととなった。
恭子は無言で一礼すると、開け放たれた城門へと進むのであった。