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第71話 side キョウコ その4

 大通りを歩く恭子は困っていた。


 今日の朝食は王都で食べる計画であった恭子。

 空腹感をごまかしながらファルナジーンへ向かっていたのだが、すんなり王都には入れず兵士には絡まれて……そのため朝食にありつけていなかった。


 邪魔を片付けて、ようやく朝食にしようというところ。

 だが恭子には、さて、どの店で何を食べようかな、という贅沢な悩みを持つことは出来なかったのだ。


 なぜなら……


 大通りを歩く恭子の目の前で、店という店は軒並みClosedの看板を出していく。

 先ほど大通りで地面をぶち割ったことも知れ渡っているのだろう。

 店側としては、抜き身の大剣を携えた物騒な少女が店に入ろうものなら一体何が起こるのか分からない。

 そんなため当然の対処だ。


 そういう訳で、恭子はいったいどこでおなかを満たせばよいのか、と困っていたのだ。


 と、そこに逃げ遅れた哀れな獲物、いや、屋台の露店があることに気づいた恭子。

 ここで何とかしなければこの後ご飯にありつけるか分からない、と、先ほどプンスコと戦った時の比ではないほどの速いスピードで屋台へと疾走した。


「あの」


「ひっ!」


 突如現れた少女に驚く露店の女店主。

 それなりに年齢を重ねたその女性は、現れたのが噂の少女であることをすぐに悟った。


「おばさま、こちらは食べ物のお店ですよね」


 恭子の目は移動式屋台の内側にそびえたつ一本の肉の柱にくぎ付けとなる。

 いくつもの肉が折り重なるよう刺さっているそれからは、香ばしくスパイシーな匂いが漂っている。


「あ、ああ、そうさ。羊肉をパンに挟んだものを売ってるよ。買っていくかい?」


 店主のおばさんは少女を刺激しないように、努めて平静に、言葉を選んで返答する。


「では一つお願いします!」


 間髪をいれず返事をする恭子。

 この匂いを前にして立ち去ることなんて出来るわけがない。

 今にもよだれが垂れ落ちそうだが、そこは女子として破廉恥な姿を見せるわけにはいかない。


 可愛らしい少女とその姿に似合わない大剣に内心おっかなびっくりしていたおばさんだが、おばさんもおばさんで、注文が入ればやることは一つだ。

 露店であるとはいえ料理人。

 お客を満足させることが彼女らの目的であり使命でもある。


 中央の棒に串刺しになっている大量の羊肉は周囲の加熱器具(オーブン)により回転しながら焼き上げられている。

 それらの外側をナイフでそぎ落とし、それを何種類かの野菜と共にパンに挟むと完成だ。

 持ち歩いて食べる際に手が汚れないようにと紙で包み、恭子へと手渡す。

 代金の銅貨5枚を受け取りミッションは完了だ。


「わあ、いい匂いです。それでは早速」


 待ちきれないといわんばかりにかぶりつく。


「ピリッとしたスパイスがお肉の味を引き立てて、さらに野菜と奏でるハーモニーが最高です!」


 目をキラキラさせながら羊肉サンドに口を付けていく恭子。

 王都についてからずっと見せていた仏頂面もしくは無表情とは異なり、その屈託のない笑顔は年相応の少女そのものであり、その様子におばちゃんの警戒感は霧散していった。


 ぺろりと平らげた恭子。

 今は指についてしまった汁を舌で舐めているところだ。

 お行儀とはいったい……。


「ほれ、手を拭きな」


 見かねたおばちゃんが手拭きを渡してくれる。


「ありがとうございます」


 汁でぬとぬとになった手で背後の大剣を握ると大変なことになる。

 その危機を乗り越えたことは幸運と言ってもいい。


「あの、おばさま。(わたくし)は勇者を探しているのですが、どこにいるのか知りませんか?」


「勇者ねぇ、噂には聞いたことがあるけど。パレードとかもなかったし……。

 そうだねぇ、お城に行ってみたらいいんじゃないかね。

 偉い人はお城にいるってのが相場だよ」


「なるほど、そう言われるとそうですね。

 ありがとうございました。行ってきます」


 恭子は御礼を言うと屋台を立ち去り、そして少し進んだ所で振り返るとブンブンと両手を振ってさよならの挨拶とした。

 もちろん振っている手に持った大剣が空気の音を奏でているのだが……。


 ・

 ・

 ・

 ・


 ファルナジーン王城は高台に建設されているが故に、日本の平城のように水で満たされた堀は存在しない。

 防衛を一手に担うのは王城を囲む魔法障壁。

 王城内そして、中心である王宮を守る防衛の要だ。


 ここはファルナジーン王城前。

 この王城前には王城内に通じる唯一の道である城門が鎮座している。


 すでに入口を硬く閉ざした城門。

 その前を重武装の兵士達が固めている。

 鎧兜を身に着け、さらに身長ほどもある長方形の盾、タワーシールドを持つ重武装の兵士達。


 その兵士達の中にいる一回り体格の大きなゴツイ男。


「将軍、現れました」


「うむ」


 将軍と呼ばれたその男の名前はガルガド=ミドナトス。

 守護の大盾と呼ばれるファルナジーンの英雄だ。


 46歳である年を重ねた風貌と顎及び口回りの髭は、ガルガドの重厚な雰囲気をさらに増している。

 兜を被っているため外側からは判別がつかないが、彼の髭はもみあげと一体化しており、白髪の混じった頭髪との境目がどこであるのかは分からない。

 その武骨な容姿はいかにも武人であり、ファルナジーン国民に人気がある。


 そのガルガドの視線の先には、見ようによっては軍服に見えないこともない風変りな服装の少女が歩いていた。


 大きな剣をまるで箒のように軽々と片手で持ったまま、少女は兵士達が守る城門へと向かって歩いて行く。


「そこで止まられよ、キョウコ殿。

 ここはファルナジーン王城。許可なく入ることはできぬ」


 ガルガドは現れた少女、恭子に対して言葉を放つ。


 その言葉に、恭子は歩みを止める。

 会話を行うにはやや遠い距離だ。


「あなたがこの国の勇者ですか?」


「いや違う。わしはガルガド。この国の将軍だ」


「そうですか。強そうに見えますのに。残念です」


 ガルガドへの興味をなくした恭子は無造作に手に持っていた大剣を正面へと向ける。


「貴殿の目的は伝え聞いておる。この国の勇者に会いたいのだとか」


 その恭子の動作には目もくれずにガルガドは話を続ける。


「話が早いですね。会わせていただけますか?」


「貴殿はクレスタ帝国の勇者なのだろう?

 此度の事、すなわち我が国兵士への暴行、城壁及び大通りの破壊……。

 これは、クレスタ帝国の宣戦布告と受け取ってよいのですかな?」


「だとしたら……どうなのですか?」


 二人の間に緊張が走る。


「…………」


 無言で視線を交わす恭子とガルガド。


 だが、しばらくの間をおいて先に口を開いたのは恭子だった。


「いいえ、今日の事は成り行きで、帝国とは関係ありません。

 後々小言を言われるのもめんどくさいので、出来れば荒事にはしていただきたくないのですが」


「貴様! これだけの事をしておいて!」


 ガルガドはすっと手を上げて部下を制す。


「私用であるのならばお引き取り願えませんかな。

 我が国としても帝国とは事を荒立てたく無いのでな」


「将軍!」


 ガルガドの発言は、素直に帰るのであれば今日の事は罪に問わないと言う意味だ。

 そのことに納得がいかない兵士。


「もう一度言いますが、(わたくし)は勇者に会いに来ただけなのです。

 ここを通してもらえないのなら、ここに呼んでいただいてもいいのですが?」


「何故そうまでして勇者に会おうとするのかお教えいただけませんか。

 それによっては検討も可能かと」


「会ってお話したいだけです」


「そんな大きな剣を持ったままですかな?」


「これは護身用です。

 見ての通り(わたくし)はか弱い女の子。

 この危険な世界で武器も持たずにいれば、たちまち襲われ凌辱されるでしょう。

 そうでなくてもあなた方兵士達が(わたくし)に襲いかかってくるというのに」


「武装解除する意思は無いと?」


「ええ、残念ですが」


(さすがの勇者も素手ではなんともならないという事か。だからこそ、その剣さえあればどうとでもなるというのが問題なのだ)


 きっぱりと要求を突っぱねる恭子の裏の意図を探るガルガド。


 一本の剣さえあれば一国をも滅ぼすことが出来る。

 勇者の戦闘を直接見たわけではないので推測に過ぎなかった彼の考えは、恭子の言葉によって裏付けられた形となった。


「そのような条件では貴殿の要望は飲めませんな。

 それに勇者は王城にはおりません。お引き取り願おう」


「…………もう一度言いますが、通してはいただけませんか?」


 恭子の声のトーンが一段下がる。


「それは出来かねる。

 貴殿がどうしてもここを通るというのなら、我々は全力でそれを阻止することになる」


「…………」


 口をつぐむ恭子。

 無言の恭子に、退く意志は無いと判断するガルガド。


「構え」


 前列の兵士が構えるタワーシールドの隙間から、後列の銃兵がマスケット銃を構える。


「ってーい!」


 ガルガドの号令により銃声が響く。

 それとほぼ同時に弾が金属と接触する音が聞こえた。


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